第六十話 接僧ミソジ⑲
「おい……」
ホウジョウが全力で走りながら言った。
「はい……」
ハルイチが全力で走りながら答えた。
「いつも、こんな感じなのか? あのお嬢ちゃんは」
「いえ……、いつもは俺達の後ろからついてくる感じで……、アイドルとは思えないくらい控え目な子なんですけど」
「え? あの娘アイドルなの!? そういえばどっかで見たことあるなぁって思ってたんだけど」
心なしかホウジョウのテンションが上がったような気がした。
「普通はそういうリアクションですよね………」
ハルイチは苦笑いをした。
本来、ゲームに出てくる森林を舞台としたダンジョンは、通れる場所が決まっており、迷路の様に複雑に入り組んでいる。目的地は見えているのに直線ではたどり着けず、時には遠回りをして進んでいく。この漆黒の森も例外ではなかった、はずだった。
「ってか、にいさんを担いだまんま、どこまで先に行ってしまったんだ?」
ハルイチとホウジョウの二人は、例の鈴が指し示した方角へ真っ直ぐ走り続けていた。
根深く生えていたであろう巨木の群れや、壁のような岩壁が、初めからそこに存在してなかったかのように消し去られており、まるでモーゼが大海を渡るが如く、森林という海を切り裂いて、真っ直ぐな一本道が出来上がっていた。
その明らかに力ずくで完成された道には、多数のモンスターであっただろう残骸が無惨に転がっていた。
「こ、これは……何が起きているんでしょうか?」
「聞くな、青年、この世には知らない方が良い事もあるのだ……」
ハルイチの頭の中には、片手でタロウを抱えながら髪を振り乱し鬼の形相で斧を振り回しているハヤカの姿が浮かんだ。秒速でその想像を掻き消すと、ホウジョウの言ったアドバイス通りに心を無にするよう努めた。
二人のかなり前方、ハヤカは全速力で駆けながら、鬼の形相で斧を振り回している。
どれだけ硬い岩だろうと、数の多い大木であろうと、モンスターであろうと、自分の邪魔をするものは容赦なく切り裂いた。
「早く!! もっと早く!! 急がないと!! 助けるんだ、私が!! 二人を!!」
───作戦開始前、アイエス中央病院付近。
「あの………、聞きたいことがあります」
ハヤカは、気付かれないようにタロウ達の輪から離れると、静かにタチバナに近寄り小声で聞いた。
ハヤカの真剣な表情を見たタチバナは、何かを察したのか、その大きな体で周りから見えにくくなるように彼女の姿を隠した。
「どうした? 嬢ちゃん、深刻な顔して」
いつもの豪快な声量が影をひそめ、どこか優しげな感情が乗った声でハヤカに答えた。
「この【ゲーム】の登場人物の正体が皆、タロウさんやハルイチ君の知り合いだったんです。これってあなた達の仕業ですよね? 誰がどうやって決めてるんですか?」
語気を少し強めて続ける。
「私の親友もいるんじゃないですか? 風間 大美って言うんですけど」
タチバナは、それを聞いて少しばかり頭を掻いて考えると、
「………それは俺が決めていない。それしか言えない。そういう約束だからな、すまねぇ」
と、力無く言った。
「………次のボスは四天王の紅一点なんですよね?」
「あぁ…」
ハヤカはタチバナの返事を聞くと、すぐに振り返り仲間達の所へと帰っていった。
タチバナはその姿を見送ると、黒いローブの仲間の一人を見つめて、深いため息をつきながら眉間を指で何度か掻いた。
現時刻、【ゲーム】内漆黒の森───
迷宮と呼べる代物ではなくなった一本道の森を駆け抜けること数分、ハヤカは開けた場所に出ていた。
「ここが、例の泉?」
散々邪魔をしてきた巨大な草木や岩がその身を潜め、暖色の花々に囲まれ、太陽の光が燦々と降り注ぐ大きな泉が現れた。
「綺麗な水………」
ハヤカは、光の加減で虹色に輝く泉の水があまりにも美しかったので、思わず肩に担いでいたタロウを地面に落としてしまった。
「ぐえ!」
カエルのような鳴き声をあげるタロウに気付き、慌てて助け起こそうとするハヤカ。
しかし、それを妨げるかのように何かが高速で向かってきた。
ハヤカは反射的に身をよじり直撃は免れた。それは彼女の鎧の右肩を掠めると凄い速さで、木の陰へと戻っていった。
「へぇ、やるじゃないか」
女性の声がした。
ハヤカは、足元に転がる石の中で手頃な一つを握りしめると、声のした方向に全力で投げた。
スキル【投てき】…適当なものを敵一体に投げつけ物理属性の小ダメージを与える。主に牽制に使用する。挑発効果有り。
火の出るような勢いで放たれた石は、流星の如く遮る木々を穿ちながら声の主に直撃した。
「ぐえ!」
先程のタロウによく似た悲鳴が遠くで響くと、人影がゆっくりこちらに近づいてきた。
「なんなんだよ、あんたは!? いったい何をした?」
上半身が人間の女性の姿、下半身は蛇の姿をしているモンスターが現れた。
右肩を左手で押さえており、そこから緑色の血液が溢れだしていた。
「何って……、石を投げた」
ハヤカは真顔で一言そう答えた。
「馬鹿な! ただの石ころでこの四天王ウェスドクが傷つけられるものか!!」
ウェスドクと名乗ったそのモンスターは紫の長い髪の毛を振り乱し怒りと困惑の表情を見せた。
「あなたが……ウェスドク……、あなたを倒せばタロウさんとあの娘が助かる……」
ハヤカは斧を構えるとゆっくりウェスドクに向かっていく。
「何をぶつぶつ言ってるんだ、まぐれが何度も起きると思うなよ! 私のとっておきの毒を食らい…」
ウェスドクが、台詞と共に攻撃動作に入るや否や、人間の部分と蛇の部分が綺麗に両断されてしまった。
「へ?」
まだ何が起こったのか、ウェスドク自身理解出来ていない。ただ、ゆっくり上半身がずり落ちていくのをスローモーションのように感じるだけであった。
刃先に滴る緑色の血液を振り払い、ゆっくりと二つに別れるウェスドクを、ハヤカは無表情で見つめて立っていた。




