第五十七話 接僧ミソジ⑯
アイエス総合病院感染症病棟一階───
「ここだ」
防護服を着込んだ灰ニは、難しい顔をしている。
「なるほど、発症した人達は二階に?」
同じく防護服を着込んだハルイチが尋ねる。
「あぁ、幸いな事にまだ発症者は出てないから無人だがな……、それより……」
難しい顔をした灰ニは、ハルイチの後ろを指差した。
「なんで、あの人は防護服を着ていないんだ?」
差された指の先に、普段と変わらないスーツ姿のタロウが付いてきている。
「あぁ、あの人の事は気にしないで」
ハルイチは、振り向きもしないで言った。
「いや、しかし、いつ感染するのかわから…」
そこまで言って灰ニは、言葉を止めた。
「まさか、お前の目的は………」
「はい」
「それがどういう事かわかってるのか?医者として許せるわけがないだろう!!」
「それしかないんだ!それしか……」
そう言ったハルイチの拳は強く握りしめられ小刻みに震えていた。
「あのー」
後ろにいたタロウが二人の間にひょっこり顔を出した。
「ハルイチ君のお父さんですよね?初めましてー、ヤマダタロウと申します。いつも息子さんにはお世話になっております」
名刺を出さんとする勢いで頭を下げた。
「あなたが一体何者なのかはわかりませんが、自分が何をしようとしているかわかってるんですか?」
「はいー、わかってますよー、この病院の人達を救うんです」
それまでにやけていた顔のタロウは、急に真顔になった。
「そして、あなた方にかかっている二十年前の呪いからも救うんです、ハルイチ君と共に」
二十年前の呪い───。その言葉を聞いた灰ニは、急に押し黙ると、うつむき振り返り、ゆっくり歩き出した。
「ここだ」
灰ニは、ある部屋の前で足を止め言った。
映画で出てくる核シェルターの扉のような、鉄製の巨大な扉が彼らを待ち受けていた。
心なしか、少し肌寒い。
灰ニが、カードをリーダーにかざすと何度も鉄のぶつかる音がして、ロックが外れる。今度はモーター音が聞こえてくると、その巨大な扉がゆっくり横に開いていった。
灰ニを先頭に、ハルイチ、タロウと中へ続く。
中は広く、ソファーにテーブル、テレビが数台置かれており、最新のゲーム機がつながれている。雑誌や書籍が詰め込まれた本棚が並び、無料のドリンクバーも完備されている。病院の中とは思えない仕様になっていた。
「急拵えだけどね、少しでも不安を感じさせないように揃えさせた」
中には七人隔離されていた。七十を超えたお爺さんから、五歳くらいの女の子までそれぞれ思い思いの方法で過ごしている様だ。
「この人達にはまだ……」
ハルイチは小声で灰ニに聞いた。
「あぁ、正確な事は言っていない、簡単な検査と言ってここで待機してもらっている」
灰ニは自分の格好を指差して言った。
「ただ、職員が全員こんな服を着ているから、何となく気付いている人もいるようだ」
灰ニはそう言うと、部屋の隅の方で、頭を抱えて座り込んでいる若い男性を見た。
「ねぇ、おかーさんまだ?」
タロウのズボンの裾を小さな五歳くらいの女の子が不安そうな表情で引っ張っている。
灰ニとハルイチは、咄嗟に二人を引き離そうとするが、歯を食い縛ったハルイチが灰二の腕をつかんで止めた。
「そーだねぇ、もう少しここでいい子にしてたら迎えに来てくれるよー」
タロウは、微笑みながらその女の子を優しく抱き上げた。
「おじさんがすぐに会えるようにしてあげるからね~、約束だ」
そう言って、女の子の頭をなでる。
すると女の子は、表情から不安が消えて明るさを取り戻すと、タロウに頬擦りした。
タロウは、女の子と手を振って別れると、灰ニの方へと歩み寄った。
一言二言会話を交わすと、二人は部屋から出ていった。
三十分ほどして、戻ってきたタロウが部屋の前で待機していたハルイチに無言で頷くと、ハルイチは耳に装着していた通信端末に触れた。
「準備出来ました!急いで!」
通信を受けたハヤカとホウジョウ、GM、タチバナとジロウ、そしてカリノは、あらかじめ決めていた集合場所に向かって走り出した。
数時間前、宝生クリニック───
「ゲームの中に、トーキョーアサシンに感染した人間を連れて入って欲しい───」
本郷は、作戦の中身を話し始める。
「メインストーリーの漆黒の森を攻略してくれ。ゲーム内に入ってくれれば、ウィルスについて、より精密な解析が出来るはずだ、なんたって私の領域だからな。そして、ボスを倒した後の浄化の泉のイベントで、その力を利用して特効薬、またはそれに類する手段を作成する、これが大まかな作戦内容だ」
「それって、さっき俺の言ってた案とほとんど同じじゃないですか?でも、ゲーム内のアイテムとかは現実に持ってこれないですよね?それだと、ゲーム内では確かに治療出来るかもしれないですけど、こっちに戻ってきたら……」
ハルイチが不安そうな表情で聞いた。
「確かに君の言うとおりだ。ゲーム内のアイテムはあくまでそこでしか存在できない、ケガやダメージもまた然り、【ゲーム】の中で大怪我をしたり、最悪死亡しても現実には影響しない、いや、影響させるところまで私の技術が進んでいないというべきか……」
「ただ……」
本郷を型どる白い球体がくるくると回りだした。
「一人だけ、それが可能な人間がいる」




