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第五十六話 接僧ミソジ⑮

 慌ただしく、白衣を着た医者や看護師が走り回っている。

 その内、白い防護服を着込んだ人物もその集団に混ざり始め、どこからともなく用意された仕切り板で、広いロビーが瞬く間に区分けされてしまった。


「まだ、おうちにかえれないの?」

 小学校に上がる前くらいの女の子が、隣に座っている母親に聞いた。


「なんかね、病院の中で事故があったって、お片付けが終わるまでここで待っててねって先生が言ってたよ」

 娘に心配させないように、努めて明るく答える。


 大勢の患者は、病院内にとどまるように指示があった。 ただ、詳細は知らされず先程の母親が言ったような事故という形で説明されていた。


「おかあさん、木がいっぱい生えてるよー」

 女の子が何もない白い壁に向かって指を指す。


「え? なに? 何かのお遊戯?」

 母親は若干困惑しつつも、不安を抱かせないように女の子の遊びに付き合おうとした。


「あれは、なにかなぁー、動物がこっちに向かってくるよー、角の生えたウサギさんだー!」

 女の子が指を指した母親にとっては何もない空間から、白いウサギが飛び出してきた。 普通のウサギと違うのは額に鋭い角が生えていたことだ。


「ちょっと!!」


 その鋭い角が女の子に向けられていることを、本能で悟った母親が娘を庇おうと飛び出すが、白い小さな野生のモンスターの速度に対抗できるわけもなかった。


 鈍い音がした。


 まるで鈍器で何かを殴ったような。


 女の子は、無事だった。


 側には、何かの文字を吐き出しながら消え逝く白いウサギが倒れている。


 とっさのことで目を閉じてしまった母親は娘に聞いた。


「大丈夫? 何があったの?」


 娘は、満面の笑みで答える。


「んとねー、鎧を着たおじさんが木の棒でウサギさんを殴り飛ばしたの!!」


 母親は、すぐに辺りを見回すが、そんな奇抜な格好の人物はいなかった。


「疲れて幻覚でも見たのかしら……」

 そう言うと、娘の手を引いてその場から急いで離れていった。


 同時刻、アイエス総合病院一階大会議室前───


 白衣を着た男が、防護服を着た複数の職員に対しテキパキと指示を出していた。


「父さん!」


 後ろから不意に声をかけられた男は、驚いて声のする方を振り向く。


 そこには、見慣れた青年が立っていた。


「ハルイチ!! なぜここに!? 完全に外部と遮断した病院ここに一体どうやって入ってきたんだ!?」


「それは後で説明するから! それより本当にトーキョーアサシンなの?」


 いつもとは違う息子の剣幕に圧されて、父親である操真灰二はそれ以上追及せずに答えた。


「あぁ、検査結果からほぼ間違いないだろう、それに二十年前に同じ光景を目の当たりにしているからな……、あの時と同じだ……」


 そう言うと、うつ向いて目頭を抑える。


「……わかった。ここは俺達が何とかするから、教えて欲しいことがあるんだ」


 驚いてハルイチに何かを言いかけた灰二であったが、その表情を見て、何故か息子を信じる気持ちが湧き出した。


 何故なら、父親の目に映る息子の顔は、確かに大人の男の顔に変わっていたから。


 少し前、白い空間───


「やはり、彼らが強制的に干渉しているせいで、病院周辺の空間が不安定になっている」


 本郷が言った。


「現実とゲームの境目がなくなってきてるってこと?」


 GMが聞いた。


「そうだ、このままでは現実にモンスターが溢れ出して、シナリオの進行どころではなくなってしまう」


「で、俺達の出番ってことか」

 タチバナは、両の拳を何度もぶつけ合わせる。


「そうだ、準備が整うまでの時間を稼いで欲しい」


「猫の手も借りたいから、全員出撃で!あ、ヤマダタロウにも手伝ってもらおう、どうせ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 再び現時刻、アイエス総合病院───


「また、ここに来るとはな……」

 ホウジョウは、襲い来る過去のトラウマを必死に抑えながら駐車場に向かった。


「ホウジョウさん、大丈夫ですか?顔色が真っ青ですよ」

 隣にハヤカがいる。


 二人は病院外部からの妨害に備えて、周辺を見回っていた。


「あぁ、大丈夫だ…それより、あの黒いにいちゃんが言っていたガスマスクの連中が気になる、もしかしたら駐車場にやつらの移動手段が残されているかもしれん」


 駐車場は、満車だった。百台以上はあろう車を一台ずつ手分けして調べる。


「ちょっと!宝生さん!こっち来てください!」

 ハヤカは一台の黒塗りのワンボックスを見つけた。中には誰もいないようだ。


 後部シートに予備と思われるガスマスクが置いてある。


 ハヤカの声にすぐに駆けつけたホウジョウは、ドアを何とかこじ開けようとするが、びくともしない。


「私に任せてください」

 ハヤカがそう言うと、後部のスライドドアに手を掛けると力いっぱい引っ張った。


 すると、金属が引きちぎれるような音と焦げ臭い匂いと共にスライドドアが吹き飛んでいった。


「お!?おおおおお!?」

 ホウジョウは、文字通り目を丸くして立ち尽くしている。


「あ、ちょっと、やり過ぎちゃいましたかね……」

 そう言うとハヤカは、出入りしやすくなったワンボックスの中に入っていく。すぐに、ホウジョウも後を追って車内を調査した。


「これ、なんでしょ?」

 ハヤカは、床に落ちていた物を拾って見せた。


「鈴?か?」

 ホウジョウはそれを受け取ると、左右に軽く振ってみるが、何の音もしない。


 鈴の様に丸い形の中心にスリット状の穴が開いている。大きさはハヤカの掌に収まるくらいで、金属のような、土器のような、触ったことのない質感をしている。色は白く、時折光を受けて青白く、鈍く光った。


「それ以外、何もなさそうだな」

 ホウジョウとハヤカは、病院のエントランスの方へ向かうことにした。


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