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第五十五話 接僧ミソジ⑭

 高嶺は、病院の処置室のベッドに寝かされていた。

「この歳で鼻血が止まらなくてベッドに寝かされるとか、恥ずかしいんですけど……」


 鼻血が原因で保健室で休まされていた、小学生の頃を思い出しながら、呟いた。


「脳も、血液も異常ないし、病気の類じゃなさそうだから、心配しないでくださいね、たぶんあれかなぁ……疲れ? 働きすぎじゃないですか?」


 年配の白衣を着た男性が、軽い感じでそう言うと、モニターに向かって背を向けた。


 検診の途中で、更に追加で検査を受けるはめになってしまった。

 おかげで、長い順番待ちをしていたほとんどの検査を、最優先で行ってもらえたのは幸運だったのか何なのか。


「もう大丈夫なんで、残りの検査も受けて帰ってくださいねー」

 医者にそう促されると、高嶺は処置室を出た。


「あら、もう大丈夫なの?」


 聞き覚えのある声がした。


 先程の上品な感じがする老婦人だ。


「はい、過労とか何とか言われましたけど……、もしかして、ここで待っていてくれたんですか?」


 鼻血が止まらなくなり、困った高嶺を処置室まで連れていってくれたのが、この老婦人だった。


「そりゃ、ねぇ、私の飴が原因で死なれちゃ困るもの」


 冗談ぽく言うと、老婦人は笑った。


「いやぁ、そんなぁ、あの飴、ほんと死ぬほど美味しかったですよ」

 高嶺も珍しく冗談で返す。


「少し、止まって」

 急に老婦人が、高嶺の胸の前に手を差し出して、動きを制した。


「ど、どうしたんですか?」

 廊下の角の辺りで二人は立ち止まった。 老婦人に促されるまま、高嶺はゆっくり頭だけ角から通路側に出した。


 何かの業者だろうか。全身白い防護服を着て、顔にはガスマスクのようなものを装着している人物が、見える限り三人立っていた。


「消毒作業の業者さんですかね?」

 高嶺は、頭をすっと引っ込めると老婦人に向かって言った。


「だと、いいんだけどね……、嫌な予感しかしないのよねぇ……、歳のせいか、こういうのだけ敏感になっちゃって」

 そう言うと、どこからか取り出した例の飴を、自分の口に器用に投げ入れた。


 身長は、それぞれ一七〇センチは優に越えている。 体つきから恐らく男性だろう。


「業者にしては、持ち物が少なすぎるのよねぇ~」


 三人の内、小さな金属製の箱を手に下げているのが一人、それ以外は手ぶらだ。 近くに道具を置いている形跡もない。


 その金属製の箱を持っていた人物が、おもむろに箱を開けると中から小さなガラスで出来た試験管のようなものを取り出した。


「もう! 嫌だわぁ! 嫌な予感全開だわ!」

 老婦人はそう言うと、物凄い速さで、その男たちの前に飛び出した。


「え? あ、ちょっと!?」

 高嶺は、老婦人のあまりの動きの速さに驚き、語彙力が激しく低下した。


「な、なんだ? このババァ!?」

 ガスマスクの男たちも、老婦人が突然、眼前に現れて動揺が隠せないでいた。


 手ぶらの内の一人が、取り押さえようと老婦人に掴みかかる。


 しかし、老婦人は器用にその手を躱すと、高速で回転しながら飛び上がり、強烈な回し蹴りを、そのガスマスクの顔面に喰らわせた。


 大の大人が、数メートル先の壁に綺麗な放物線を描いて激突した。 老婦人の素早さと対象的に、スローモーションがかかったようにゆっくりと壁にめり込んでいった。


 そして、力なく地面に落ちて、倒れ込んだ。

 顔のガスマスクは砕けて外れてしまっていた。 中の人物は、無精髭を生やしたヤンキー風の若い男だった、白目を剥いて完全に気を失っている。


 老婦人は着地すると、そのまま深く屈み、バネが伸びるが如く、勢い良くもう一人の手ぶらのガスマスクに向かって突進した。


 想定外の事態に加え、あまりの速さに対応できていない、無防備のガスマスクの鳩尾みぞおちに肘打ちを放った。


 完璧に技が決まると、何かを吐き出すような低い男の呻き声が聞こえ、静かにその場に崩れ落ちた。


「ちょ、なんだよ……、こんな話聞いてねぇよ……」

 試験管を持ったガスマスクは、後ずさりしながら逃げ道を探っている。


「教えてくれるかしら? ここで、何をしようとしていたのかを……」

 老婦人は、にこやかな笑顔を見せたまま、残ったガスマスクの胸ぐらを掴んだ。


「お、俺はただのバイトだ!! ここに来て、この中身をばらまくだけの簡単な仕事だって……、他に何も知らねぇよ!」


 話の途中で見切りをつけた老婦人は、顔面に右ストレートを一撃を決めるとガスマスクを気絶させてしまった。


 その時、高嶺の背後に、もう一人ガスマスクの男が現れた。

 気配に気づいた高嶺は、襲いかかろうとするその男に、思わずビンタを喰らわせた。


 先程の老婦人の回し蹴りばりに、四人目のガスマスクは身体を回転させながら吹き飛び、一人目と同じ壁に激突した。


「え? やだ、なんで?」

 華奢な高嶺の細腕からは、どう考えてもその威力は出せない。

 自分のしでかした事を理解出来ずに、張り倒した手のひらをボーッと眺めている。


「効果は抜群のようね」

 老婦人が、そう呟くと、突然景色が変わる。


「こ、これは? 【現実ゲーム化現象】!?」

 高嶺は病院にいたはずだったが、いつの間にか森の中に変わっていた。


「関係者を護衛しろって、こういうことか」

 老婦人の声が突然、ボイスチェンジャーにかかったような聞き覚えのある声に変わる。


「おじさんの予感は当たったってことだね、チェイサーがいよいよ本気出してきたってことか」

 顔を剥ぎ取る仕草をすると、小柄な老婦人の姿が、黒いローブを着た男に変化していった。


「あ、あなたは!?」

 高嶺の前に現れたのはGMゲームマスターだった。


「ここからは、自分の身は自分で護ってね、ちょっとあの人たちと合流しないといけないぽいから」

 そう言うとGMは、片手を何もない空間にかざし、黒い穴を空けた。


「え? ちょっと!? 私一人で? 山田さんたちと違って、私ただの一般人なんですけど……」


「大丈夫、さっきの飴はおじさん特製で、一時的に身体能力を激上げする効果があるから」


「あ…、さっきの……」

 高嶺は、先程のガスマスクを張り飛ばした件を思い出して、再度、手のひらを見つめた。


「もう感づかれたか」

 GMが、その空間の穴に入ろうとした途端、穴から黒い霧が飛び出してきた。 咄嗟に身を捻って、その物体を躱した。


 その霧は人の形をとると、再び彼に襲いかかった。


「というわけで、こいつの相手をしながら行かないといけないんで、後はよろしく!」

 二本の黒い剣で、その霧を捌きながら、両者は穴に飛び込んで消えてしまった。 穴もすぐに閉じてしまい、元の森林にもどった。


「………、ちょっと、どうやって病院に戻ればいいのよ」

 高嶺は、その場にへたりこんでしまった。


 ガスマスク達が倒れている病院の廊下に、白いコートを着た男が立っていた。 辺りを確認すると、どこかへと歩き出す。 その足元には、蓋の空いた試験管が一つ、転がっていた。





諸事情により、次回更新は10月予定となっておりまする。申し訳ございません。

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