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第五十四話 接僧ミソジ⑬

「この、四角いのが……?」

 無機質で、この世の物とは思えない質感をしている物体から、生命の鼓動を感じることに大き過ぎる違和感を感じつつ、ハヤカは息を飲んだ。


【現実ゲーム化現象】が起こっているのであろう、タロウ達は装備を纏っている。


「肉体は、捨ててしまったのでね、こんな姿で失礼するよ」

 ホンゴウと名乗ったその物体は、話す度にその立方体をゆっくり不規則に回転させる。


「あなたが、この現象を起こしているのですか?」

 ハルイチは単刀直入に聞いた。


「あぁ、すべては私が造り出したものだ。 まずは、この【ゲーム】に参加してくれてありがとう、礼を言う」


「参加って、そうせざるを得なかっただけでしょ!? そうなるように仕向けたんでしょ!? どれだけの無関係な人が巻き込まれて被害を受けたと思ってるんですか!」

 タロウが怒りを露にする。


 突然のタロウの怒りに、周りは驚き一斉に彼を見る。

 少しの沈黙が流れ、ホンゴウが声を発した。


「そう……、そうだな……、我々の私的な目的に巻き込んでしまって申し訳ない」

 ホンゴウは、回転のスピードを落とし、回転方向を反対に変える。 感情が立方体の動きとシンクロしているのであろうか。


 今まさにホンゴウに飛びかからんとする勢いのタロウに、それを静止するようにGMが優しく彼の肩に手をかけた。


「親友よ、まさか……、いや、今はあの人から答えを聞く方が先決じゃないかな~」


 そう言って二度、三度肩を軽く叩いた。

「あ、あぁ、そうだねぇ~、………ありがと」

 タロウは深呼吸をすると、再度ホンゴウを見る。


「結論から言うと、私だけでは【現実ゲーム化現象】を利用して現実の病気を治すことは出来ない」

 ホンゴウは、回転する動きを止めて言葉を放った。


「無機物はある程度干渉出来るようになった、例えば壁に穴を空けたり、バラバラになった金属を元に戻したり。 しかし、残念ながら生命体については、そこまで思い通りに干渉出来ていないのが現実だ」

 そう言うとまた、ゆっくり回転を始める。


「職業の能力を与える時に、頭痛と発熱を起こしたり、これはまったく意図していない副産物だったが……、一部の人間には人を超える何かが【現実】に発現した、君達の中にも心当たりがあるのでは?」


 ハルイチとハヤカは、それを聞いて自分の手を見た。


「そういえば、二年ほど前だったか、不治の病を治そうと試みた事があったが、病の症状と進行を一時的に止めることが精一杯だった。 今であっても結果は大差ないだろう、止めておける時間が伸びるだけで根本的な解決にはならない」


 カリノは目を閉じてうつむき加減で、話を聞いている。


「それでも、教えてください! 方法があるんですよね?」

 ハルイチは早口で捲し立てる。


「なぜ、そう思う?」

 ホンゴウは感情を感じさせない声を発する。


「あなたは、最初に()()()()()、と言った、それはつまり他の誰かの助けがあれば可能性がある、と言うことではないですか?」

 逆に今度はゆっくり、確認するようにハルイチはホンゴウに問いかけた。


「……そうだな」

 ホンゴウは少し間を空けて呟いた。


「私が実験を繰り返していたのはこの【ゲーム】が始まる前の事だ、その時と今とで大きく異なる事象が一つだけある」


「俺達の存在ですね」

 ハルイチは答えた。


「そうだ、この【ゲーム】の主人公とそのなかまたちの存在だ、ここまでゲームを進行させてくれたおかげで、想定外のたくさんのデータが得られた、それを活用すると一つだけ、君の言うところの可能性がある」


「最初から言わなかったのは、その可能性にかなりのリスクがあるから?」

 今まで黙って聞いていたGMが尋ねる。


「そうだ、目的を達成させるには、メインストーリーをクリアできる推奨レベル以上のはるかに高いレベルがないと命の危険がある、少し試させてもらおうか…」


「ちょっと、この流れは嫌な予感しかしないんだけど~」

 そう言うとGMは、その場から距離を取るために後方へ飛び退いた。


 一つだった白い正立方体が、いつの間にか無数に増えていた。ホンゴウと名乗る立方体を中心に、不規則な大きさの物が円を描くように並んで宙に浮かんでいた。


 その内のとりわけ大きな一つが形を変え始める。


 ものの数秒で、白い立方体だったものが巨大なドラゴンに変わった。


 背中には、鉤爪の付いた大きな翼が二枚、空を隠すように広がっている。 頭には螺旋状に天に伸びた角がこめかみの辺りから二本。 身体は、陰すら存在させないほどに白く、見る者の立体感を喪わせる。 そこに、真っ赤に輝く紅い眼が二つ、こちらを睨んでいる。 長い尾がゆっくり左右に揺れる度に風圧が襲いかかり、踏ん張っていないと、よろけてしまいそうだ。


「レベルはかなり高く設定してある。 こいつを倒せるくらいでないと君達が救いたいものを救うことは叶わないと思いなさい」


 そのホンゴウの台詞が終わらないうちに、耳に甲高い金属音が響いた。


「んじゃあ、とっとと終わらせてハルイチ君のお父さんを助けに行きますか~」

 タロウが、いつの間にか、宙高く浮かんでいる白いドラゴンの背中に立っていた。


 右手には、いつものひのきの棒ではなく、呪いの魔神剣が握られていた。


 そして、シュルシュルと風を切る音がしたと思えば、地面に何かが突き刺さった。


 白いドラゴンの、右の角だ。


 根元から綺麗に斬られている。


「ほら、俺達のターンだ~!! 【どんどんいこうぜ】!!」

 タロウが、竜の背から叫ぶと、ハルイチとハヤカが息つく暇なく動き出した。


「へ!? え!? 嘘!?」


 今まで感情なく話していた、ホンゴウが驚きを含んだ言葉が出た。


 そこに、もう屈強な白いドラゴンは存在していなかった。

 タロウが叫ぶや否や、一瞬で光の粒子と化して消えてしまったのだ。


「嘘でしょ……?」

 GMも驚きのあまり、手に持っていた二本の剣を落としてしまった。


「ねぇ、おやっさん、今の見えタ?」

 ジローも呆気にとられてタチバナに聞く。


「いや、何も…」


 タロウが最初に飛び出すと、ドラゴンの角を斬り飛ばして、その背に乗る。 ハルイチがタロウの号令と共に、すごい勢いで飛び、ドラゴンの至近距離から【ルモエイスゴ】と思われる火炎魔法を放つと、その巨大な胴体に大穴を開けた。 ハルイチの背後よりハヤカが飛び出すと、身を捻らせて勢い良く回転させた戦斧でドラゴンの首を撥ね飛ばしてしまった。


 それだけの事。 それだけの事を、まさに眼にも止まらぬ早業で実行したのだ。


 タロウたちは、#k@*yをたおした!


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