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第五十三話 接僧ミソジ⑫

「そうま……、そういや君は操真って言ったか? お父さんの名前は!? どこの病院に勤めている!?」


ホウジョウは、いきなり立ち上がると、興奮のあまりハルイチの肩を両の手で掴んで前後に揺さぶった。


「ちょ、ちょっと…」

ハルイチは、ホウジョウの手を掴むと無理矢理に振りほどいた。


「あ、あぁ、すまない…」

ホウジョウは、落ち着きを取り戻した様子で頭をかきながら後退りした。


「父親の名前は、操真 灰二はいじです。 勤め先は…」


「アイエス総合病院か……、何てこった……」

ホウジョウは、ハルイチが答えるよりも先にそう言うと、顔を両手で覆った。


「父を、ご存知なんですか?」


ハルイチが、ホウジョウにそう聞くやいなや、地面が小刻みに揺れて轟音が響いた。


その場にいた全員がその音の発生源を見ると、タチバナが右の拳を地面に叩きつけていた。その威力たるや、中心より円形に地面が陥没し、ひび割れが放射状に走るほどであった。


「タチバナのおやっさん、落ちついテ」

ジローが、彼の右手にそっと触れるとタチバナは大きく深呼吸をした。


「【チェイサー(あいつら)】の仕業か……? このタイミングで偶然とは思えねぇ……、だとしたらこっちの騒ぎは陽動か?」

タチバナは、顎を手でさすった。


「あの…、トーキョー何とかって、そんなに危険なものなんですか?」

ハヤカが恐る恐る質問する。


「あぁ、トーキョーアサシンは二十年前に一度だけテロで使われた殺人ウィルスだ、その時は地下鉄だったんだが…」

ホウジョウは、頭を抱えながらも答える。


「あ、教科書に出てた気がします! あれだったんですね…、でも二十年も経ってたらワクチンとかもあるんじゃないんですか?」


「ワクチンどころか、治療法のチの字すら出来てないよ…」

ハルイチが答える。


「なんせ、二十年前にこの日本で発生して以来、痕跡がまったくなくなっちまったからな……、研究の仕様がなかったんだよ」

ホウジョウが続けた。


「そのテロの被害者達が運び込まれたのが、当時俺が勤めていたアイエス総合病院だ」

ホウジョウは声を絞り出すと、タチバナを見つめる。


「偶然でしょうか? その病院って二年前まで私が入院してたとこです……」

ハヤカはそう言うと胸の前辺りで、拳を握る。そして、その様子を見つめるカリノ。


「とにかく、行かなきゃ」

ハルイチが動き出すのをタロウが止める。


「今はあそこに近づかない方がいい、感染したら死ぬよ」

いつになく真剣な表情で続けた。


「多分、それが狙いなんだろう、ハルイチ君のお父さん達が人質で、()()()が助けに来るのを待ってるんだ、現実の殺人ウィルスという絶対的な罠を用意してね」


「もしトーキョーアサシンが奴らの仕業だとしたら、何でここで使わなかったんだ?」

タチバナは、タロウに聞いた。


「ここにいる皆は【ゲーム化現象】の中に逃げることが出来るから……、【ゲーム化現象(向こう)】だと現実のウィルスが確実に効くのか、敵も確証がないんだと思う」

タロウは、まるで別人のように自分の推理を流暢に答える。


「なら! メインストーリーを進めましょう! 確か次の目的地はあらゆるの穢れを清める浄化の泉なんですよね? だったら泉の力でトーキョーアサシンも治せるんじゃないですか?」

ハルイチは、珍しく興奮気味に話した。


「それは無理だよハルイチ君、だって【ゲーム】の中のアイテムや魔法は、あくまで【ゲーム】の中でしか存在しないんだから…、僕らの装備やアイテムもそうだろ?」

タロウは悔しそうな顔をして言った。普段冷静で知的なハルイチが、ここまで感情を露にして、しかも彼ならばそれが無理な事もすぐに解るような事を口に出した。その精神状態たるや、まだ年端もいかぬ青年にとって混乱の極みであろうことは、タロウには十分すぎるほど伝わってきた。だから、どうにかしてやりたい気持ちを含んで先の表情になったのだ。


タロウが慰めの言葉をかけようとした時、突如空間に黒い亀裂が入った。


「そこから離れろ!」

タチバナは腹に響く重低音でその場にいる者に指示を出した。


その亀裂から、黒い影が二体飛び出すと一体がタロウ目掛けて突っ込んで来る。

瞬間、鎧を身に纏って【ゲーム化】したタロウは、ひのきの棒でその影を打ち返す。


「こ、こいつは……!」

それは先程倒したばかりのシャドーストーカーだった。


「倒せてなかった?」

ハヤカも戦斧の切っ先を敵に向ける。


「いや、別の個体よ」

カリノは、大きな盾を地面に置いて構える。


タロウとハルイチが同時に攻撃に移ろうとした時、もう一体の飛び出した影がシャドーストーカーを半分に切り裂いた。


その影は、先程シャドーストーカーを切り裂いたであろう二本の黒い剣を持っており、黒いローブを纏っていた。


「ふぅ~、邪魔が入ったけど、ようやく追い付いた」

声の主はGMゲームマスターであった。


「お前は…! おせぇじゃねぇか!」

タチバナは怒りながらもどこかホッとした様子だ。


「ごめんなさい~、こっちに向かってたんだけど、こいつがさっきから邪魔ばっかしてくるんですよね~、仕方ないから戦いながらこっちに来ちゃった」

GMは、そう言うとまた剣を構えた。


すると、シャドーストーカーの半身が、それぞれ右と左からGMに向かって飛びかかる。


「しつこいから嫌いなんですよね、こいつ」

ゆっくりした動きから、急に姿が消えると、黒い剣閃が幾重にも空間を走り、あっという間にシャドーストーカーを掻き消してしまった。


「あの戦い方、タロウさんみたい……、それにあの剣もタロウさんが時々使ってるやつにすごく似てる……」

ハヤカが呟いた。


「ふぅ~、疲れた~」


GMは、ここで起きた事や現在進行形のトーキョーアサシンの件をカリノから聞くと、


「それについては、おじさんに相談してみよう」


そう言うとタチバナに向かって続ける。



「おじさんの()()の目標は【現実】に【ゲーム】の影響を完全に再現することだから、今の時点で出来るようになってることもあるかもしれない」



「そんな話は初耳だから聞きてぇ事は山ほどあんだが、今、ホンゴウさんにこちらから直接コンタクトがとれるのはお前しかいねぇからよぉ」

タチバナはGMに向かって頭を下げる。


「頼む、何とかして欲しい」


GMにとってはそれは思わぬ行動であったらしく、表情は相変わらずわからないが、少し動揺した雰囲気を見せた。


「と、言う訳だよ、おじさん、聞いてたよね? 何とかならないかな?」

空の何もない空間に向かってGMは話しかけた。


白い正立方体が、いつの間にか空中に浮かんでいた。

そして、そこからその場にいる全員の脳に、聞いたこともない言語がイメージとして直接響いてくる。


「はじめまして、私は君たちにとっては元凶といえる存在。 こちらでは本郷ホンゴウと名乗っています」


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