第五十話 接僧ミソジ⑨
「あの…操真さん…さっきから頭の中でレベルアップした時のファンファーレが鳴り止まないんですけど…」
タロウを追って、絶賛進撃中のハヤカは言った。
「俺もです、こいつらにも経験値があるからじゃないですかね…」
無限に沸いてくるのではないかと思うほど、圧倒的な物量で行く手を阻む闇の兵士たち。
ハヤカは戦斧でなぎ払い、ハルイチは範囲魔法で焼き尽くす。
二人が倒した闇の兵士は、すでに数えきれなくなっていた。一体一体が微々たる経験値であっても、全てを足すと恐ろしい数値になっていたことは容易に想像がつく。
レベルアップをすると、HPとMPが全快する仕様だったらしく、想像より意外と消耗することなく先に進むことが出来た。
そして、燃え盛る宝生クリニックにたどり着いた頃には二人のレベルは優に50を超えていた。
「ようやく追い付きました、でも思わぬ経験値稼ぎが出来たのはラッキーだったのかも」
ハルイチは、クリニックの中庭辺りから戦いの気配を感じ取った。
「急ぎましょ! 今ならタロウさんの足を引っ張ることもないと思います!」
「そうですね、山田さん、パーティーからいつの間にか抜けちゃってたから心配ですね、あ、でも山田さんステータス文字化けだらけだから、居たとしても、無事かどうかわかんないですよね」
ハルイチがそう言うと、ハヤカは笑い出した。
「まぁ、タロウさんの事だから無事に決まってるんですけどね、ってどうしたんですか?」
ハヤカは何か難しい顔をしているハルイチに気が付いた。
「文字化け……、ホントにただの文字化けなのか……?」
ブツブツと独り言を呟くハルイチの腕を強引に引っ張るハヤカ。
「ちょ、なに? なに? 何か当たってる!」
憧れのアイドルからの物理的な急接近に、顔を真っ赤にして今にも気を失いそうだ。
「とにかく早く行かないと!」
あぁは言っても、ハヤカはやはりタロウの事が心配な様子で、ハルイチの腕を引っ張ったままクリニックに突入した。
そして、今に至る。
「二人ともいいタイミングで来てくれたねー」
「それで山田さん、一体だれが敵ですか?」
状況がいまいち飲み込めていないハルイチは、シャドーストーカー、ジロー、タチバナ、カリノ、そしてホウジョウを困り顔で、ゆっくり指差して回る。
「まぁ、そうなるわなぁ」
タチバナは豪快に笑う。
「あれだよあれ、黒いモヤモヤ、何か異世界の生物らしいよー」
「黒い集団は、今んとこ味方らしいよー」
「んで、こっちのおじさんが【僧侶】、よろしくね~」
タロウは一息で説明した。
「ちょ、ちょっと待ってください、情報がバラエティ豊かすぎて、理解が追い付いてこないです」
ハルイチは頭を抱えてしまった。
「まぁ、そうなるわなぁ」
タチバナはまた豪快に笑う。
「と、とにかくあの黒いやつを倒せばいいんですね?」
ハルイチは納得いかない表情ではあるが、そこは割りきって言った。
「そそ、さっき倒しかけたんだけどね~、あいつには攻撃魔法しか効かないんだよねー」
タロウはハルイチをチラチラ見ながら言った。
「来ていきなり、すごいプレッシャーかけてくるじゃないですか……」
ハルイチは深呼吸をした。
「でもね、今は任せてくださいって言えますよ」
ハルイチがハヤカを見ると、ハヤカも笑顔で何度も頷く。
「ほえ? 何その妙な自信は?」
タロウがいい終える間もなく、ハヤカがシャドーストーカーへと駆け出す。
「ちょ、さっきの話聞いてた? そいつに物理は駄目だって~」
ハヤカは、戦斧を頭の上に掲げると身体に猛烈な竜巻を纏った。そして、その渦巻く風に今度は炎が絡み付く。
一気に斧を振り下ろすと、炎が混じった風が無数の蝶の波と化し、シャドーストーカーに打ちつけられた。
ハヤカは、【火蝶風撃】を放った!
・スキル【火蝶風撃】……火と風の二属性を纏わせた衝撃波を、武器より放射する上級攻撃スキル。敵複数に火と風の物理魔法混合属性の超ダメージを与える。
「ぐおおおおお!?」
シャドーストーカーは、霧状の身体を無数の蝶に食い破られながら、勢いに押され医院の中庭に生えていた大木に叩きつけられた。
「あれは効くよねー…、魔法が使えない【戦士】の数少ない魔法属性を含むスキルだもん、ってかいつの間にそんなの覚えたの?」
タロウの声に驚きが感じられる。
「そのまま、燃えててくださいって!」
シャドーストーカーが蝶を振り払おうとするその眼前に、いつの間にかハルイチが立っていた。
杖を勢いよく前に突き出すと、魔法を唱えた。
「【ルモエイスゴ】!!」
ハルイチの周囲に炎の柱が無数立ち上がり、杖の先端に集束していく。その炎の固まりは火の鳥の型を成し、彼の意思に従いシャドーストーカーへと突撃した。
巨大な火の鳥は敵を丸飲みしてしまった。間髪いれずに爆音と共に大爆発を起こした。
熱風が辺りを吹き飛ばし、タロウたちは咄嗟に地に伏せて爆発が収まるまで耐えた。
ハヤカが最初に、シャドーストーカーを吹き飛ばして距離がかなり空いていたおかげで、炎に巻き込まれることはなかったが、それでもかなりの熱量と風圧を感じる。
「なんつー威力だ……ジジーストのそれと比べ物にならねぇぞ……」
タチバナの頬に冷たい汗が流れた。
「おいおい、冗談だロ……そんな設定聞いてないヨ……?」
ジローも、思わず鎌を地面に落としてしまう。
焼け野原。その形容が一番ふさわしい。何も無くなった更地に小さな黒い影の欠片が、ピクピクと脈打っていた。
ようやくステータスを見たタロウは、二人の強さの理由に気がついた。
<何故かレベルがとんでもなく上がってるけどそれだけじゃない…、二人のステータス、特にハルイチ君は【魔力】が、ハヤカちゃんは【力】がチート使ったみたいに飛び抜けて上昇してるんだけど……前々からステータスの異常な伸びは気になってたけど、まさかここまでとは……>
勝者の二人はタロウに向けて笑顔で、ブイサインを放った。
その時、シャドーストーカーだった黒い一片の影が針の様に形を変えて、タロウ目掛けて撃ち出された。
油断している二人の隙間をあっという間にすり抜けて、黒い殺意はタロウの眉間を真っ直ぐに狙っている。
「しまっ…」
タチバナが、慌ててガードに入ろうとするが、間に合わない。
タロウの額に、影の先端が触れる。
はずだった。
黒の針はタロウに紙一重で届かない。
なぜなら、まばゆい光が小さな影を完全に消滅させてしまったから。
その光の発生源は、タロウのすぐ横にいた、血の苦手な冴えないおじさんだった。
「よくわからないが、【メキヨ】ってやってみたんだけど、合ってたか?」
ホウジョウは、十歳は老けた表情でタロウに聞いた。
「さすがっす」
タロウと、カリノは同時に声を出した。




