第四十九話 拙僧ミソジ⑧
体を時計回りに一回転させて、黒いローブを羽織ったカリノは、右手でフードの先端を摘まむようにして被った。
「ふぅ~~、やっぱこの格好が落ち着くわ~~」
「か、仮野さん…? その格好はいったい……」
宝生は理解が追い付かず、声が上ずる。
タチバナとジローと、同じような黒いローブを着ている。少し違う所はローブの丈の長さが他の二人より短くスカートの様になっている点だ。
「ほんとは、最後まで隠し通すつもりだったんすけど、さすがに先生が殺されるのは黙って見てられないっす」
口調や顔つきはいつもの彼女のはずだが、雰囲気や圧のようなものがまるで別人のようで、ヒリヒリと肌に刺さる。
「もうすぐっすよ先生、準備しといてくださいね」
彼女の視線の先には、猛スピードで移動するタロウとシャドーストーカー。
タロウは、相変わらず右へ左へ大きく蛇行しながら、時には挑発するかのように小躍りしながら、シャドーストーカーから逃げ続けていた。
<こっちに完全に注意を向けられたから、そろそろ頃合いかな──>
呪いの魔神剣を地面に突き立てると、その反動を利用して進路を反転させる。
「お、おい、こっちに来るぞ!」
宝生は、思わず逃げようとするが、カリノに行く手を遮られる。
「大丈夫っす、私が護るっすから!」
そう言うと、何もない所から黒い身の丈ほどある盾を取り出した。
地に置いた衝撃で小さな地響きが起きる。かなりの重量のようだ。正面から見るとハートのような形状をしており、小さな刺のような突起が表面にいくつか付いている。
「盾で、あの黒いモヤモヤお化けを止めるんで、その瞬間に【メキヨ】をおもいっきりぶっぱなしてください」
「え、いや、その心の準備が……」
宝生があたふたしている間に、タロウが目の前に現れた。
そして、宝生の横をすり抜ける際に呟く。
「あの黒い化け物に向かって【メキヨ】って大声で叫んでください~」
間髪いれずにシャドーストーカーがタロウを追って宝生の眼前に現れる。
「邪魔だ!」
シャドーストーカーは槍を突き出した。宝生の頭を貫く算段らしい。
「メ、メキ、ひっ!」
宝生は、槍の刃先が目の前に飛んできた勢いに圧されて、思わず目を背け身体を硬直させてしまう。
金属同士の低い衝突音が響くと、体が少し揺れるほどの軽い衝撃波が起こった。
カリノが、宝生とシャドーストーカーの間に入って、その巨大な黒い盾で槍の攻撃を止めていた。
「邪魔だ! 邪魔だ! 邪魔だ!」
シャドーストーカーは何度も盾に向かって槍を突き立てるが、堅牢なその盾には傷一つついていない。
「さぁ、先生! 今っすよ!」
カリノが叫ぶと、盾の小さな突起が伸びてシャドーストーカーの身体を抑えつける。まるで、口を開けて待っていた食虫植物が餌に食らいついたように。
「よ、よし! メ、【メキヨ】!!!」
ホウジョウは【メキヨ】を唱えた!
ホウジョウの身体を中心に円形の光が広がっていく。
「な、なんだと!!?」
シャドーストーカーの黒い煙で出来た身体の一部にその光が触れると、焼けるような音と共に白い炎が上がる。
シャドーストーカーは、その光から逃れようと足掻くが、しっかりと食い込んだ突起が離すことを許さない。
不思議なことに拡がっていく光は、カリノを包み込むが、彼女は平気そうに鼻歌を歌っている。
「いや、なんでこの状況で歌ってるんだよ」
ホウジョウはそうツッコミながらも、【メキヨ】の光がシャドーストーカーの全身を包み込むまで、その場を動かない。
・魔法【メキヨ】……聖なる光で、邪悪なモンスターのみにダメージを与える。闇属性や、実体を持たない相手により高い効果がある。自身を中心に円形の範囲攻撃。ダメージは精神に依存する。
「攻撃魔法が、指定した敵にしか効かないのは定説でしょ~」
いつの間にか、タロウがホウジョウの隣にちょこんと座っている。
「うお! びっくりした!」
「あー、まだ魔法止めないでくださいね~」
タロウは、光にまみれながらニヤニヤしている。
【メキヨ】の光がシャドーストーカーを包み込み、生物的で、そして機械的な悲鳴が上がる。
「効いてる! 効いてるぜ!」
タチバナは、【ぼうぎょ】を解いて追い打ちに走る。
同時に無言のジローも駆け出していた。
不安定な煙状の身体が霧散しかけては、また戻り、を繰り返し光に焼かれて少しずつ小さくなっていく。
身体の所々で白い炎が上がり、ダメージを与えていることは明白だった。
必死で暴れるシャドーストーカー。少しずつ動きが小さくなっていく。
「も、もう限界……」
ホウジョウは、今まで味わったことのない疲労に耐えきれなくなっていた。体力には自信があったが、それとは違うMPの消費という特殊な疲労感は、いとも容易く彼の限界を迎えさせた。
ホウジョウが膝を着くと、【メキヨ】の光は消え去ってしまった。
「あちゃー、先生、早すぎ!」
カリノは、なぜか嬉しそうに言った。
カリノの黒い盾より伸びている突起から無理矢理に身体を剥がそうとするシャドーストーカー。
小さくなってしまった身体が幸いしたのか、隙間からスルリと抜け出した。
そして、あっという間に元のサイズに戻る。
「なんつー、自己再生能力だヨ」
ジローは、闇を纏わせた鎌で斬りかかる。
しかし、先ほどの様に切り口が一瞬霧散して、すぐに元に戻ってしまった。
タチバナは、その光景を見て、追撃からタロウの護衛に頭を切り替えて、そちらに駆けつけていた。
「時間制限があるっつーのもブラフか!? 全然弱ってねぇじゃねーか」
「そーでもないっぽいよ~」
タロウは、シャドーストーカーのある部分を指差す。
「腕が再生されてない?」
タチバナは、シャドーストーカーの左腕の肘から先が元に戻っていないことに気づいた。
「モヤモヤだから、分かりにくいけど、少しずつ限界は来てるみたいよ」
タロウは、ホウジョウに肩を貸して立ち上がらせる。
「もう少し頑張って」
「いや、しかし、俺ももう役に立てそうにない」
「大丈夫、もう来てくれたから」
そう言うとタロウとホウジョウの前に、二人の人影が現れた。
「おまたせしました!」
ハルイチと、ハヤカが同時に声を出した。




