第四十五話 接僧ミソジ④
──どういうことだ、さっきまで俺を殺そうとしていた奴が後ろから現れた。
しかも、俺を護ったように見えた。
目の前で火花が散っている。交わる槍の刃先と鎌の刃先がわずかに左右に動き、その度に小さな火花が宝生の鼻先を掠めて飛ぶ。
「今回はなかなか頭を使ってきたじゃなイ? モンスターの大群で足止めするとカ」
そう言うと、小柄な黒いローブの人物は勢い良く槍を上へと打ち上げた。
「しかも、僕に化けるとカ、こっちを混乱させるオマケまデ、いったいどこで習ったのかなァ、チェイサーのくせに」
間近で見てみるとわかった、声や雰囲気から少年のようだ。
黒いローブの少年は、凄い速さで人形の化け物に向かっていった。
「くっ、この隙に仮野さんを……!」
宝生は戦いに巻き込まれないように、静かに、ゆっくりと出口の方へと進んだ。立ち上がる力も残っていなかったので彼女を引きずりながらの匍匐前進のような格好だ。
後方の戦いの様子を伺いながら進んでいくと、何かにぶつかった。
宝生はゆっくりそちらに顔を向けると、大柄な男がこちらを見下ろしている。
衣装は先ほどの小柄な少年と同じ黒いローブにフードを深く被り、顔を隠している。
おそらく一八〇センチある宝生の身長よりも高いと思われる。匍匐の体勢のため、見下ろされている感がより強く、威圧感が半端ない。
「おおう、べっぴんな嬢ちゃんが死にそうじゃねーか」
見た目どおりの野太い声。宝生の腹に響いた。
「早く治してやれやー、あんたなら出来るだろ?」
俺の事を知っているような口振りだ。だが、俺はこの男を知らない。いや、違う、不思議な話だが、どこかで会ったような気はする。
「確かに俺は医者だが、こんなとこじゃまともに治療してやれない! すまないが、大きな病院まで運ぶのを手伝ってくれないか?」
敵か味方かもわからない相手に頼むのもおかしな話だが、今はそんなことより仮野さんを助けるのが最優先だ。敵であったとしても、そんなことはどうだっていい。
「いや、あんたならすぐに治せるさー、なんせ【僧侶】なんだからなぁー!」
人形だったやつも、俺のことを僧侶と言っていた。聞き間違えかと思っていたが、いったいこいつらは何の話をしているんだ。
「俺達がステージを展開しているから、使えるはずだぜ? 回復魔法を!」
そう言うと、片手で軽々と這ったままの宝生を立ち上がらせた。
「でもまぁ、なんも知らないんじゃどうすりゃいいのかわからんわなぁ~」
そう言うと、大柄の男の太い手が宝生の右手をしっかりと掴むと、息も絶え絶えの仮野の体に添えるように導いた。
「こう唱えてみな、【ルナオクヨ】ってよ」
・魔法【ルナオクヨ】……中級回復魔法。対象一体のHPを大きく回復させる。
「は? あんた何を言ってるんだ? わけのわからんことを言ってないで、早くこの娘を病院に連れてってくれ!」
「んー、やはりなかなか信じられんか! まぁそれが普通の反応だわな! よし!」
そう言うと、大柄な男は戦闘中の小柄な少年に向かって叫んだ。
「おい! ジロー! 選手交代してやるから、この娘に【ルナオ】をかけてやってくれ!」
人形との戦いに集中しているジローと呼ばれた少年は、顔を向けることなく、一瞬目だけこちらに向けてから、小さく頷いた。
ジローは上段の構えから大きく鎌を振り下ろす。だがそれはフェイントで、本命は大きくうねらせた右足の蹴りだった。
人形の無機質な胸の辺りに決まると、大きく吹き飛ぶ。
「思ったよリ、早く来れたんだネ」
人形との距離を取るように、大きく後ろに飛び退いたジローは、すれ違うタイミングで大柄に声をかけた。
「あたりまえよー、たかだか数百体の骸骨なんぞ俺にかかれば赤子の手をひねるようなもんだー!」
ゆっくりと吹き飛んだ人形の元へ歩いていく大柄の男。両手に装着された黒い手甲が鈍く光っている。左右を胸の前で、互いにぶつける。
「その言い回し、漫画かアニメでしか聞いたことないヨ」
ジローは少し笑みを見せると、素早く仮野の横に着地した。
「ほれほレ、よーーーっく見ててヨ」
そう言うと、仮野の傷の内で比較的軽い部分に手をかざす。
「【ルナオ】!」
宝生から見れば、恥ずかしげもなくそう唱えると、ジローの手が薄く光った。
「な、なんだ?」
宝生は、医者からすると信じられないその光景を目の当たりにした。
仮野の傷がみるみる塞がっていくのだ。
「俺が出来るのはここまデ、後はタチバナさんが言った通りにやってみナ、もう色々見えてるんでしョ?」
ジローは、脇に置いた鎌を取ると再度戦いに行こうとする。
「あいつは思ったより強いかラ、早く戦いたくてウズウズしてるんダ」
そう言うと、止める間もなく人間離れしたスピードで駆け出してしまった。
「な、なんなんだよ……」
そう言った所で、宝生は視界に様々な文字や数字が浮かんでいることに気がついた。
「ステータス? HP? なんだこの数字」
目を何度も擦るが、それが消えることはなかった。
「いよいよ、頭がおかしくなっちまったか?」
仮野が、苦しそうな声をあげた。傷が少し治ったことで意識も少しずつ戻ってきたのかもしれない。
傷が一部治っただけで、命の危険があることには変わりなく、時間との勝負は続いている。
「ええい! くそ!」
宝生は、仮野の一番重傷な頭部に両手をかざして見よう見まねで叫んだ。
「【ルナオクヨ】!」
すると、彼の両手に暖かい光が集まり、彼女の頭の傷に流れていった。
「う、嘘だろ、おい……」
先ほどのジローの時と比べ物にならないくらいの速度で傷が塞がり、光の波は全身へと広がり仮野の身体中の傷を跡形もなく治してしまった。
「う、うーん…、あれ? 先生?」
すぐに眩しそうに薄目を開いた彼女は、何事もなかったかのように声を発した。
「よ、よかった! 痛いとこはないか? あ、あれ…」
宝生は、今まで味わったことのない種類の疲労感に襲われ床に倒れ来んでしまった。
「センセー、今日はよく倒れる日ですね」
状況がわかっていない仮野は呑気にそう言った。




