第四十三話 接僧ミソジ②
「いい歳して泣かないでくださいよー」
ハルイチは能面のような表情でタロウに言った。
「だって、だってさぁ、血が、血が出てるし、痛いし…」
タロウはベソをかいている。
「泣くほどの事じゃないでしょう、たかが膝を擦りむいたくらいで…」
呆れて語尾が消え入りそうなハルイチの台詞。
「タロウさん、モンスターとの戦いだったら、どれだけダメージ受けても泣かないじゃないですか! 大丈夫ですよ!」
何が大丈夫なのかよくわからないハヤカの慰めの台詞。
「【ゲーム】の中だと、そんなに痛くないし、すぐ治るもん」
子供みたいな口調になってしまったタロウの台詞。
謎の男が逃げ去ってから、しばらくゴールデンオークを探してみたが、出てきたのはオークばかりで、結局思ったほど稼ぐことは出来なかった。
日も暮れかかり、そろそろ帰ろうと少し傾斜のきつい荒れ果てた坂道を下ろうとした際に、タロウは石ころに躓いて盛大に国道まで転げ落ちたのだ。
「救急車ー、救急車呼んでよーハルイチ君~」
引き続き絶賛ベソかき中のタロウ。
「本気で言ってるんですか? 山田さん」
そう言いつつもハルイチは、持ち物の中に絆創膏がないか探している。
「バイ菌入ったら、小さいケガでも怖いから、とりあえず病院行きましょ! 歩いて」
ハヤカは、意地悪な顔でそう言うと近くの病院をスマホで探し始めた。
「近くに外科がありますよー、まだ診察時間に間に合いそうです」
そう言った途端に表情を曇らせるハヤカ。
「ただ…、この病院、ネットの口コミが…」
ハヤカは、検索に使った自分のスマホの画面を二人に見せた。
評点0.0。
・妻が包丁で指を切りこの病院に入っていったところ、全身包帯だらけで松葉杖をついて出てきました。
・友人が、このケガが治ったら恋人にプロポーズするんだ! って言ってこの病院に行ったきり二度と帰ってきませんでした。
「これ病院じゃなくて、戦場のレビューじゃないよねぇ…」
タロウは青い顔をしている。
「これはさすがにイタズラでしょう…、ん?」
ハルイチは、そう言うと何かに気づいた。
「宝生クリニック…、どこかでこの名前を見たような…」
そう言うとまた考え込んでいる。
「と、とりあえずここに行ってみましょうか! さすがに殺されはしないでしょ!」
ハヤカは、スマホのナビを設定した。
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「ぷ、ぷぷぷくすく、ぶふぉっ」
「さっきからなんなんですか山田さん、その笑い方すごい気持ち悪いですけど…」
「だって、だってさぁ、ハルイチ君のくれた、ば、絆創膏…ぶふぉっべへら」
タロウは自分の膝をチラチラ見るたびに噴き出して顔を真っ赤にしている。
タロウの擦りむいた膝には、絆創膏が貼られていた。ハルイチが鞄の中から見つけたものだが、可愛い熊さんや、猫さんのキャラクターが散りばめられていた。
「は、ハルイチ君てこんなメルヘンな趣味があったんだねぇ~ぷぷぷ」
「ち、違いますよ! それは母さんに無理矢理持たされたやつなんです!」
ハルイチは珍しく、クールな表情を崩して抗議する。
「ちょ、あれ!」
ハヤカが慌てて指を指した。
かなり遠くだが、進行方向の工場地帯の外れから真っ黒い煙があがっている。
「火事?」
タロウは思わずその場で跳び跳ねるが、見えるはずもない。
「あの辺って、病院がある辺り?」
ハルイチはスマホの地図を開くと位置関係を確認する。
突然、いつもと違うBGMが流れるとタロウ達の姿が変わる。
「え? なんで? 来る時は敵なんて出てこなかったのに」
ハヤカは戦斧を垂直に構え、腰を落とす。
黒い煙がタロウ達を取り囲み、モンスターが姿を現した。
闇の兵士があらわれた!
ボロボロの鎧兜を身につけた骸骨の姿をしており、手には錆び付いた剣や槍、斧を持っている。
「うそーん!」
タロウが驚いたのは、そのモンスターの姿に、ではなく、その数だった。
タロウ達を囲んでいるモンスターの列は幾重にも重なり終わりが見えず、いったい何匹いるのかもわからない。
「山田さん! これどういうことですか? こんな数今まで出てきたことないですよ!」
「わかんない! ゲームでも魔物の群れは多くても一度に八体くらいだったけど、こいつらは桁が二つほど違うよー」
【ルモエテスベ】をハルイチは先制で放った。
「とりあえず数を減らしましょう! 隙間を作るのでそこから一旦退避を!」
ハルイチの杖から放たれた炎の渦はいつもより巨大で、まるで炎の蛇のように闇の兵士たちを呑み込んでいった。
消し炭になったモンスターの跡をすぐさま別の闇の兵士が埋めてしまった。
「き、気持ち悪い!」
涙目のハヤカが引き続き、渾身の竜巻斬りを放つ。
慌てて地面に突っ伏すタロウとハルイチ。
周囲の三列ほどの闇の兵士が粉々に吹き飛ばされるが、また同じように残った兵士が前へと詰めてくる。
「マジで何匹いるの? キリがないんだけど」
タロウはひのきのぼうと呪いの魔神剣を二刀流で構えた。
「どんどんいこうぜ」
小さく呟くと、その姿が消える。
一瞬のうちに、骸骨の群れのど真ん中に移動すると十体以上の闇の兵士の身体の一部だったものが空高く舞い上がった。
「す、すごい…、山田さん前より強くなってる…」
呆気にとられるハルイチ。
タロウは物凄いスピードで直線を駆け抜けると、その後を少し遅れてバラバラにされたモンスターが飛散する。
「僕が出来るだけ片付けるから、二人はHPとMPを温存しといて!」
姿は骸骨の群れでまったく見えないが、確かにタロウの声は聞こえた。
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頬に生暖かい液体が当たるのを感じて、宝生は目を覚ました。
「ちょ、仮野さん?」
膝枕をされている状況に困惑しながら、宝生は頬に落ちた液体の正体にすぐに気づいた。
仮野は宝生を護るように上体を覆い被せており、詳細な場所はわからないが顔から大量の出血をしていた。
「あ! 血!?」
再び飛びそうになる意識を必死で繋ぎ止めて、ふらふらになりながら意識のない仮野を横に寝かせた。
「やっとお目覚めかナ? 随分お寝坊さんだネ~、そのせいでお姉さん死んじゃったヨ」
宝生が声の方を見ると、そこには黒い大きな鎌を持ち、同じく黒いコートを身に纏った猫背の人物が立っていた。




