第四話 就活ミソジ③
四人それぞれの目の前に宝箱が現れた。
「VR……にしては、ゴーグルも着けてないのに……、しかもリアルな質感だな」
朱雀野は、のぞきこみながらつぶやく。
「その中には、戦っていただくための初期装備が入っておりますので、開けてみてください」
高嶺は、そう言うと部屋に備え付けられていた端末のようなものを操作し始めた。
そして、思い出したかのように、
「あ、言い忘れておりました。 武器は持っているだけでは効果はありませんよ、装備してくださいね」
太郎は、恐る恐る宝箱に触れてみた。
本物だ。
どんな技術を使っているのだろうか、触ると質感もある、木と鉄で出来ていたのだが、かすかに匂いも感じる。
「まさか、ミミックってオチはないですよねぇ」
太郎が何気なくつぶやくと、開けようと手を伸ばしていた他の三人の動きがピタっと止まった。
「ご心配なく、そういうトラップは物語の序盤の序盤では出てこないのが定石ですので」
太郎は、箱を開けてみた。
中に入っていたものは……
「何?これ……木の棒?」
同じくらいのタイミングで箱を開けた月野がうわずった声をあげた。
「勇者が最初に装備する武器と言えば……そう!ひのきの棒が定石!」
高嶺は端末の操作を終えて、高らかにそう言いきった。
一メートルくらいの長さで、持ち手には滑り止めと思われる布が巻いてある。 攻略本とかの挿し絵に出てくる紛れもないひのきの棒だ。
とりあえず、太郎はひのきの棒をしっかり握りしめ装備する。
〈これ、マジでほんとにただの木の棒なんだけど〉
まさか、採用試験で木の棒を握らされるとは、太郎は思いも寄らなかった。
「さて、準備が整いましたので、これからモンスターをここに出現させます」
「安全には配慮しておりますので、全力で戦ってください」
「あの……ケガとか危ないことはないんですか?」
朱雀野が、不安げに尋ねる。
「ケガをしたり、命の危険があると判断した場合、弊社スタッフの【戦士】や【僧侶】が助けに入りますのでご安心ください」
〈ゲーム会社に戦士や僧侶が在籍してるのか、とことん設定にこだわってるんだなぁ、さすが一流ゲーム会社だ〉
太郎は妙に落ち着いていた。
「それでは、実技選考開始します!」
高嶺が手を上げると、どこからか音楽が流れ始めた。
「あれ?」
太郎は、その音楽に聞き覚えがあったが、思い出そうとした時には部屋の真ん中にモンスターが現れ出ようとしていた。
黒い煙が何もない空間から湧き出した。
煙が渦を巻いた後、モンスターの姿が少しずつ具体化していく。
そこにいたのは、巨大な獣だった。
例えるなら二本の足で立つ猛牛、体長は三メートルはあろうか。
二本の禍々しい角が頭に生えている。
右手の役割を果たしている前足には、ひのきの棒とはレベルの違う大きなこん棒が握られている。
「今時のゲームに出てくるスライムって、すごい強そうなんですねぇ……」
そう言いながら、太郎はそのモンスターに既視感のようなものを感じていた。
「そ、そんな馬鹿な……!」
高嶺は、慌てた様子でどこかに連絡を取り始めた。
どうやら、出てきたモンスターはスライムではないらしい。
何かアクシデントのようだ。
太郎以外の三人も、どうしていいのかとまどっている。
「ふははは…人間どもめ! 勇者を生み出そうと考えていたようだがそうはいかんぞ!」
突然、その猛牛のようなモンスターがしゃべり出した。
腹のそこに響くような重低音で、恐怖心が煽られるようだ。
「我こそは魔王様の忠実なる下僕、四天王が一柱、その名は……」
「ギュウノウス」
モンスターが名乗りをあげている途中で、突然太郎は名前を呟いた。
周りの視線が一斉に太郎に集まる。
「なぜ我が名を知っている!貴様!?」
ギュウノウスと呼ばれたモンスターは、驚きを持って太郎を見ている。
「さっきの音楽、どっかで聞いたことがあってモヤモヤしてたけけど、このモンスターを見ていて思い出した」
「子供の頃に遊んでたゲームに出てきたボスキャラだったわぁ、あぁ思い出せてスッキリした、うんうん」
太郎は一人、満足そうに何度も頷いている。
「なんだよ昔のゲームキャラかよ、ってことはこれも立体映像か作り物ってことだろ?だったら!」
天翔院はそう言うと、ひのきの棒を振りかざしながらギュウノウスに殴りかかった。
「勇者の座は、俺がいただく!」
すごく、何かのフラグが立ちそうな台詞。
「ちょっ…待ちなさい!」
高嶺が止めようとするが、間に合わない。
鈍い音がして、弾き飛ばされるひのきの棒。
ギュウノウスは左手で軽く横に払う動作をしただけだ。
勢いで、吹き飛ばされる天翔院。
床を転がっていき、尻餅をつく格好で止まった。
そして、青い顔をしてこう言った。
「こいつは、作り物でも何でもない……本物だ」