第三十六話 合戦ミソジ⑪
例えばそれは、晴れた日に突然降りだした雷雨のようだった。
タロウの号令を皮切りに、ハルイチとハヤカが文字通りジジーストに飛びかかる。
「ようやく来たな、勇者とその…」
ジジーストが、用意されている名乗りを含んだセリフを言い始めた途端に、二人が飛びかかってきたものだから完全に無防備なところに攻撃が炸裂する。
ハルイチのこうげき!
→ジジーストに38のダメージ!
ハルイチは手にした、かみなりの杖を思い切りジジーストの禿げ上がった頭に叩きつけた。
ジジーストは【魔道博士】の異名を持つ魔王軍四天王の最強魔法使いである。魔法攻撃への耐性である魔法防御力のステータスが非常に高いため、【魔法使い】のハルイチも物理攻撃に切り替えている。
ジジーストの見た目は小柄な老人である。後頭部が後ろに長く伸びておりそこにはわすがなうぶ毛が気持ち程度に乗っている。身体をほぼ覆ってしまうほどの濃い朱色のローブを着ており、表面に出ている顔や手には深々とシワが刻まれている。身体は常に宙に浮いており余ったローブがダラリと床に垂れていて足は完全に隠れて見えない。
完全に不意打ちを喰らったジジーストは目を白黒させている。
そこへ、間髪いれずにハヤカが戦斧を真上から振り下ろす。
ハヤカのこうげき!
→ジジーストに298のダメージ!
普通なら頭が縦半分に割れてしまいそうな一撃だが、轟音とともに、浮かんでいたジジーストは頭から地面に叩きつけられた。
「ば…馬鹿な、話してる最中に攻撃してくるなんて…、それでもお前ら勇者か!!!」
続けて同じ場所に攻撃を喰らったジジーストは、長い頭を擦りながらゆっくり起き上がった。
大きな切り傷は出来ていないが、確かにダメージは与えられているようだ。
「? ゆ、勇者はどこだ?」
正面を見据えたジジーストは、タロウの姿が見えない事に気がついた。
ジジーストの背後で、タロウはひのきの棒を振りかぶっていた。
気配に気づいたジジーストだが、防御は間に合いそうにない。
タロウは、今まさに振り返ろうとしているジジーストの顔面めがけてひのきの棒を振り抜いた。
鈍い音がして、ジジーストの横っ面をひっぱたいたが、先程の二人の攻撃ほどダメージは与えられなかったようだ。
「山田さん?」
ハルイチには、タロウが手加減したように見えた。
例の力を使ってはいない様子だったから単純に攻撃力が落ちていた、という話ではなく、攻撃の直前に明らかに躊躇いのようなものがあったせいで全力で振り抜けなかったところにハルイチはひっかかった。
ハルイチとハヤカは、自分たちが傷つくような作戦を行うことにひどい嫌悪感と後悔を感じているのだと察していたが、どうやらそれだけではない、何か別の理由もあるようだ。
怒り心頭のジジーストは、お返しとばかりにタロウに向けてお得意の攻撃魔法を放った。
ジジーストは、【キデンイスゴ】を唱えた!!
・魔法【キデンイスゴ】……雷属性の上級攻撃魔法、獣を型どった雷撃で対象一体に特大ダメージをあたえる。
耳が痛くなるような乾いた音が響くと、虎のような形をした雷が、一瞬でタロウの身体を貫いた。
「がっ!」
痛みと衝撃で、気を失いそうになりながら大きく後方へ吹き飛ばされた。
「山田さん!」
二人は慌ててタロウに駆け寄り、ハルイチは素早く【上級薬草】を使った。
「い、いてててて、今のはヤバかった…、すまないありがとー」
完全には回復しなかったようで、胸の辺りを手で押さえながら、なんとか立ち上がった。
「くそー、やっぱりこの戦いは今の俺じゃー戦力外かよ…作戦変更だな…」
そう言うと、タロウはまた悔しそうな表情を見せる。
「山田さん、例の能力あえて使わないようにしてます? いつもだったら俺が止めるのも聞かずにさっきの一撃であいつの頭を吹き飛ばしてるでしょ? いったい何を隠してるんですか?」
ハルイチはタロウに肩を貸しながら聞いた。
「さすが操真君だねぇー、なかなかに鋭い」
タロウは、ハルイチの肩からゆっくり離れると、一人でジジーストに向かって歩きだした。
「ここからは、俺一人でやるから二人は自分の身を守っておいて…」
「ちょ、どういうことですか?」
「私も戦いますよ!」
ハルイチと、ハヤカはタロウに駆け寄ろうとする。
「【いのちたいせつに】!!」
タロウがそう叫ぶと、二人の体はその場で動かなくなり、自分の意思に関わらずそれぞれ防御態勢をとった。
「な、なにこれ? 体が言うことをきかない?」
ハヤカは必死で構えを解こうとするが、ピクリとも動かせない。
「プレイヤーが決めた【作戦】は絶対というのは定説だよー」
タロウは、少し微笑むとジジーストに何かを投げつけた。
タロウは、聖水をジジーストに向かって投げつけた!
→ジジーストは、5のダメージ!!
「くっ、なんのつもりだ貴様!」
ジジーストは、【ルモエイスゴ】を唱えた!
・魔法【ルモエイスゴ】……火属性の上級攻撃魔法。巨大な火の鳥を対象一体に放ち、特大ダメージを与える。
爆発音と共に大きな火の鳥がタロウを飲み込んだ。
黒煙に巻き付かれながら、またも吹き飛ばされるタロウ。
仰向けで倒れた状態から震える手で【上級薬草】を自らに使用する。
「はぁ、はぁ、はぁ、ちょー熱いし、痛い…」
そう言いながら、聖水をまた投げつける。
今度もジジーストの頭に命中はするが、先程同様、大したダメージは与えられない。
「聖水は戦闘中に使うと固定ダメージを与えられるんだけど、こんなに小さいダメージだとは思わなかったー」
タロウは、回復しきれていない体を再度起こして頭を掻いた。
「き、貴様、このワシを馬鹿にしておるのか!! もう容赦はせぬぞ! 今度は氷漬けにして息の根を止めてくれるわ!!」
そう言うと、ジジーストは氷属性の上級攻撃魔法を放つ準備に入った。
「山田さん!」
ハルイチとハヤカは同時に叫んだ。
「大丈夫、巻き込まれても防御で大したダメージ喰らわないから」
「そうじゃなくて、これ解いてください!! 出来るんでしょ? 山田さんが死んじゃいます!!」
ハヤカが握りしめた戦斧の持ち手から血が流れる。
そして、ジジーストは巨大な氷のドラゴンをタロウに向けて放った。




