第三十三話 合戦ミソジ⑧
二人はカフェで【現実ゲーム化現象】の話をしている……はずだったが、なぜか雑貨屋にいた。
「これこれ、見てください! 可愛くないですか???」
ハヤカは、小さい猫のキャラクターが付いたストラップを顔の前で横に揺らした。
「え、あ、あぁ、うん可愛いよね」
タロウはしきりに辺りを警戒しながら生返事をする。
<なんかデートみたいで、バレたら状況は最悪だー>
いや、おそらくデートみたい、ではなくデートだと思うがテンパっていてそこには全く気づいていない。
そこから、やはりカフェではなく、服屋や本屋、CDショップ、玩具店と色んな店を回りまくった。
<女の子ってこういうところに来ると無限の体力を発揮するよな…俺、もう、ヘトヘトだ…>
周りへの警戒感は次第に薄れていったが、タロウの顔にははっきりと疲労の色が見えていた。
「今日は久しぶりのお休みだったんです」
「お、おーそうなんだ、アイドルって忙しそうだもんねぇ」
日が陰りだした頃、二人はようやくカフェに入って一息をついていた。
タロウはアイスコーヒー、ハヤカは舌を噛みそうな名前のひたすら甘そうなクリームまみれの飲み物を頼んだ。
「私のこと知らない人と久しぶりに遊べて、今日は楽しかったです」
<おい、相談や話を聞きたいとかお礼がしたいってのはどこに消え去った>
タロウはこの時点でも自分がアイドルと一日デートしていたことに気がついていない。
<でも、まぁ、芸能人とか俺たちにはわからない苦労がいっぱいあるんだろうなぁ>
普通に遊べたことを普通に楽しいと言う目の前の女の子を見て、こういうのも良いかなとタロウは思った。
<同じような体のしんどさだけど、操真君に街中を引きずりまわされるより、全然楽しいわ>
そう考えた途端に、彼にこの事がバレたらという思いが甦ってきてかなりブルーになる。
「また、こうやって遊んでくれますか?」
「あー、それはお安いご用だけど…今度はもう少し人の少ないところに行こうよ」
真顔でタロウがそう言ったものだから、ハヤカは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
タロウは彼女がアイドルだから周りに気を使わないようにという意味で言ったのだが、ハヤカには違う意味で取られてしまったようだ。
「は、はい…よろしくお願いします」
帽子で顔を隠しながら答えた。
そして、しばらく雑談をして遅くならないうちに最寄りの駅で解散した。
タロウは仲間になってくれるかを聞くタイミングはいくらでもあったが、あえてその話題には触れなかった。
今日一日楽しそうに過ごしていた普通の女の子に、そんなことを聞くのは野暮なことだと思ったから。
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その翌日。聖剣の塔の攻略準備のためにサークルユニコーン社の十三階の勇者課に集合したタロウとハルイチ。
「新しい装備ってどれがいいですかねぇ」
ハルイチは武器屋のカウンター前で商品を見ながら考え込んでいる。
「え、あ、そうだねー、なんでもいいんじゃない?かっこよければ」
昨日の事もあり、何となくハルイチに後ろめたい気持ちがいっぱいのタロウであった。
「何かいつにもまして適当な返事ですね…」
ハルイチはタロウの様子など大して気に止めず、新しい杖と、ローブを選んでいた。
「塔の攻略日は決まりましたか?」
課長である高嶺が、颯爽とフロアに入ってきた。
「あ、あー龍子さん。一応、明日再突入予定です」
タロウは、なぜか高嶺にも動揺した様子で返事をする。
その様子を不思議そうに見ながら高嶺はフロアの入り口を指差した。
「あなた達にお客様が来られてるわよ」
そう言うと入り口の自動ドアが開き、一人の女の子が入ってきた。
「ハ、ハヤカちゃん!!!」
ハルイチは成長したようで、不意打ちハヤカくらいでは気を失わなくなっていた。いや、気を失う方がおかしいんだが。
「あぁ、いらっしゃい」
昨日の今日で、動揺継続中のタロウはまるで自分の家に来たような挨拶をする。
「山田さん、塔で【戦士】と合流していたという報告は受けていないんですが? しかも、今をときめくアイドルとか聞いていないんですが?」
高嶺は、笑顔でタロウに問いかけた。
笑顔だが、後ろに鬼のようなオーラが浮かんでいる。きっと、気のせいだ。隣でハルイチも高嶺の背後を見て固まっているが、きっと気のせいだ。
「山田さん! なんで会社に報告してなかったんですか?」
肘でタロウを小突きながら、小さい声でハルイチは聞いた。
「あーーー」
タロウは空を眺めながらしばらく考えてから、
「忘れてた」
ハルイチと高嶺は、ズッコケそうになる。
「もう、ホウレンソウはしっかりとしてください!」
鬼の形相の高嶺に怒られているタロウを見ながら、ハヤカだけはニッコリと微笑んだ。
「私もこないだの塔にまた連れて行ってください」
ハヤカがそう言うと、皆動きを止め、まるで時間が止まったかのような空気がしばらく流れた。
その静寂を破ったのはタロウだった。
「へ?いいの?怖かったんじゃないの?ケガするだろうし、命の危険もあるよ?」
タロウは予想外といった表情でハヤカにゆっくりと諭すように聞いた。
そのやり取りでハルイチは気がついた。
タロウが会社に報告しなかったのは、わざとだと。
ハヤカを危険な目に合わせないために、巻き込まないために、最初から連れていく気などなかったのだと。
会社に知られれば否応なしに仲間にさせられていたのだろうから。
「前も言ったように、塔をクリアするまではお手伝いしたいと思ってます」
広いフロアに響くように、しっかりとした声でハヤカは答えた。
「わかった、よろしくです~」
タロウはいつもの間延びした調子でハヤカに手招きした。
「操真君の大事な大事なアイドルちゃんにケガさせないように防具は奮発しちゃおうか~」
タロウはハルイチに気持ち悪いウィンクを投げつけると、両手を頭の後ろに組んで、左右に体をゆっくりと揺らしながら防具屋に向かい歩き出した。
・バイナリ組.COMのメンバーは六人。残りのメンバーも後に登場する……かも。




