第三十一話 合戦ミソジ⑥
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二人の少年が、ディスプレイの前に仲良く並んで座り、ゲームで遊んでいる。
「太郎ちゃんって、レベル上げ好きなの?」
一方の少年が尋ねる。
「え?だってコマンド入力とか同じこと何度も繰り返してるだけで飽きない?」
もう一方の少年は、それが楽しいんだと答える。
「へぇ~そうなんだ、僕は苦手なんだぁ……。だから僕だったらあれを使うよ、【自動戦闘】。【作戦】を決めるだけで勝手に戦ってくれるんだよ、お父さん何て言ってたっけ。 A……AI?かな?がやってくれるんだって」
興味深く話を聞く太郎と呼ばれた少年。
「レベラーゲだったらね、全力で戦う命令がオススメだよ!えーっと、どれだっけ」
手慣れた手つきでコマンドから【作戦】を選ぶ。
「これこれ、この……」
「【どんどんいこうぜ】」
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タロウは糸の切れた操り人形のように、全身の力が抜けたかと思うと、突然ものすごい速さで駆けだした。
残った右足一本で器用に立ちあがったゴーレムは、カウンターを狙って巨大な右の拳を彼に向かって放った。
タロウは避けることもせずに、一直線に向かっていった。
途中で、そのスピードが亀のように落ちる。
「あ、危ない!」
ハヤカは思わず叫んだ。
硬い岩で出来た拳と、生身の人間がまともにぶつかる。
何かが砕けたような音が響いて、思わずハヤカは目を背けてしまう。
意を決してハヤカはゆっくりと閉じてしまっていた目を開く。
そこには右腕を粉々に砕かれたゴーレムの姿があった。
タロウは、右手に持ったひのきの棒でゴーレムの拳を殴りつけていた。
弾き返された先ほどとは打って変わって、タロウの一撃はゴーレムの拳から肘にかけていとも容易く砕いてしまった。
痛みを感じているのかわからない様子だったが、確かにダメージを受けているゴーレムは少しバランスを崩した。
しかし、すぐさま残った左腕でタロウを薙ぎ払おうとする。
今度は、一瞬姿が消えてしまうほどの速度でそれをかわした。
タロウを見失ったゴーレムの後ろを、歩くような速さでゆっくりと回り込んだ。
ひのきの棒の先に光が集まっていた。最初は、小さな淡い白い光の玉が数個。次第に数が増えていき、あっという間に眩しくて直視できないほどの輝きとなった。
タロウは、それを背後よりゴーレムの体の中心部分のブロックめがけて突き立てる。
光の塊をその身に受けたゴーレムは、硬直したまま体の中心部分より灰と化して消えてしまった。
タロウはゴーレムをたおした!
&(2)8の経験値を獲得した!
“$(&Q’ゴールドを手に入れた!
前かがみになっていた姿勢を起こすと、タロウは少し微笑んだ。
「よし、実験成功だ」
「何が、よし、ですか?」
タロウの背後から、冷たい声が襲い掛かる。
思わずビクっと体を震わせて、声のする方へ振り返る。
そこには、いつの間にか目を覚ましていたハルイチが立っていた。
「また、あの能力を使ったんですね?どんなリスクがあるかわからないから仕組みが分かるまで止めときましょうってこないだ話し合いましたよね?」
「え、えーっと、いつから目を覚ましていらっしゃったのかな?」
「ゴーレムの腕を吹っ飛ばしたあたりからですよ、隙を見て手助けしようと思ってたんですけど……」
戦闘に参加出来なかった事が悔しかった様で、ハルイチは少し不機嫌になっている。
<そういや、小柄がこいつを戦闘狂みたいに言ってたっけか……確かにその気はあるよな……>
「ま、まぁ、アイドルちゃんが大活躍してくれたから、俺はちょこっと止めをやっただけでして……」
急に振られてハヤカは動揺した。
「いや、私なんか無我夢中で……」
無我夢中で、自分よりかなり大きな石の巨人の左足を斬り飛ばしてしまうのだから大したものである。
「ハ、ハヤカちゃんが戦ってたんですか?くそ、見たかった! なんで起こしてくれなかったんですか!」
不機嫌から、今度は怒り出してしまった。
「いや、そもそもなんで気絶したのさ……」
タロウはあきれ顔でハルイチを見た。
タロウ達一行は、近くにあったセーブポイントに移動した。
ハヤカに【現実ゲーム化現象】のことや、ここに来た理由等を説明する。
「よかった」
ハヤカはホッとした表情で笑顔になった。
「へ? よかったの? このわけのわからない状況が?」
タロウは思いもよらぬリアクションに驚いた。
「あ、いや、ここって死後の世界かと思ってましたから……まだ、死んでないし、これまでの事も夢じゃなかったんだって思ったら」
「そういえば、ハヤカちゃんデビュー前は重い病気で入院生活をしてたって何かの記事で読んだことが……」
ハルイチは、まだ慣れていないのか彼女から妙な距離をとって話しかける。当然、目は合わせない。
「今の、元気キャラからは考えられないですよねぇ」
「いや、あのテレビとかのキャラは事務所が作った設定で、台本とかお芝居なんですよ」
ハヤカは、体操座りをして大きな戦斧の柄を手でさすりながら話す。こちらも、目を伏せたまま合わせようとしない。
「いや、俺からしたら操真君の今のキャラが考えられないよ」
タロウは真顔で言い放った。
「一旦、帰ろうか」
タロウは二人にそう声をかけた。
「え? ここからすぐに出られるんですか?」
ハヤカは思わず立ち上がる。
「うん、ダンジョンの攻略途中で帰って準備をし直せるっていうのも、ロープレの定説だからねぇ~」
ハルイチは慌てて、タロウに近寄ると耳打ちした。
「山田さん、ここで帰ってハヤカちゃんがもう来なくなったらどうするんですか?」
「まぁ、これで止めるならそれでいいんじゃない? 危ないし」
「そんな無責任な……!」
「操真君は、憧れのアイドルを危険な目に遭わせたいのかい?」
「いや、そういうわけじゃないですけど……」
<もはやアイドル好きなのを否定すらしなくなったな……可愛いやつめ>
ハルイチから離れるとタロウはハヤカに尋ねる。
「どうする? 仲間になって、一緒に戦う? 今のところパーティーに入ってもアイドルちゃんに何のメリットもないけど」
ハヤカは、少し考えてから答える。
「正直、怖いから早く帰って元の生活に戻りたいです。でも、さっき助けてもらったから、その分くらいはお返ししたい気持ちもあります。せめて、この塔をクリアするまでは……」
「まぁ、普通はそうだよねぇ、こっちの天才魔法使いは何のメリットもないのに仲間になった変態だから……」
「だ、誰が変態ですか!」
ハルイチの抗議を無視してタロウは話を続ける。
「とりあえず、すぐ決めなくてもいいよ~、もう一度ここを攻略する日時が決まったら連絡するから、それまで考えといて」
「あ、はい、じゃあ、私の連絡先を……」
ポケットから、スマホを取り出すとタロウとハルイチと連絡先を交換した。
なお、ハルイチは手が震えて交換するのに難儀していた。
「ほあ! これがハヤカちゃんの連絡先……!!!」
自分のスマホのアドレス画面を見て、興奮気味にそう言うと、また白目を向いて気絶した。
「アドレスを見て興奮して気絶するとか、やっぱり、変態じゃないか」
タロウは、一度引き返す判断は間違っていなかったと強く思った。




