第二十九話 合戦ミソジ④
ゴツゴツとした石造りの壁を手探りで進んでいる。
どのくらいの時間が経ったのだろうか。数時間かもしれないし、数日かもしれない。いや、もしかしたら、数年経っていてもおかしくはない。
延々と同じ景色が続いているので、とうに時間の感覚など失われてしまった。
ここに来てから、なぜかお腹が空くこともないし、のども渇かない。排泄もまったくしていないし、したくもならない。
ずっと歩きっぱなしだが疲れも感じない、眠ることも必要なかった。
もしかしたら、すでに自分は死んでいるのではないだろうか。
もしそうなら、ここに来てすぐに出会ったあの黒づくめの人物は死神の使いか何かだろうか。
黒いローブに付いたフードを深くかぶり、顔はわからなかったが人間のようだった。
案外、天使や死神、神と言われるものは人間の姿をしているものなのかもしれない。
そいつは自分の事を知っている様子だった。
そして、ひたすら上を目指せと、そいつは言った。
なぜだ?元の場所に帰してくれと自分は言った。
そう言うとそいつは、困ったような口調でこう言った。
それがあなたの役目なのだ、と。
続けてこうも言った。
役目を果したら、きっと帰れるだろう、と。
なぜかはわからないが、その言葉を信じてこの迷路のような場所を進んでいる。
そいつに会ってから、他に人間に会っていない。
その代わりに、見たこともないような生き物に何度も遭遇した。
あっちは、こちらを確認すると例外なく襲い掛かってきた。
腕や足を噛み千切られ、片目を潰されながらも何とか逃げ続けた。
不思議と痛みも感じなかったし、ある程度時間が経てば傷も元に戻っていた。
物陰に潜んで回復を待ちながら色々観察してみた。
色んな種類の生き物がいて、どれも漫画や小説に出てくるモンスターのようだった。
最初はそいつらと出会うと命からがら逃げていたが、途中から簡単に殺せる事に気が付いた。
いつぞや流行った魔法使いが主役のファンタジー映画のように、手から火や雷、氷や岩が勝手に出て来てバケモノを倒してくれるのだ。
上階へと続く階段を見つけ、登っていく度にバケモノどもは強くなっていくようだったが、そんな事は関係なく、相変わらず手をかざすだけで殺せた。
少し楽しくなってきた。
幾度それを繰り返しただろうか、ふと気になることがあった。
かざした手を見てみると深い皺がたくさん刻まれている。
確かに自分は中年と言われる年齢ではあるが、これではまるで爺さんではないか。
手だけではない、その皺だらけの手で顔を触ってみると、同じようにそこにもたくさんの皺の手触りがあった。
鏡だ、どこかに鏡はないか。
何でもいい、自分の今の姿を映せる何かないか。
自分が何かに変わってしまった恐怖を感じて、迷宮をさまよったが身を映すようなものは何も見つからなかった。
しばらくは悩んで足を止めていたが、ある時、ふっと諦めがついた。
そして、また上へと登り始めた。進み続けるうちに、そんな小さな事は気にならなくなっていた。
そもそも、自分はどこから来たのだろうか。
そして、誰であったのだろうか。
そんなどうでもいい考えが薄らぎ始めたころ、あることに気が付いた。
歩いていたはずだが、いつの間にか地面から少し体を浮かせて進んでいる。
道理で疲れないはずだ。
いや、今まで足を使って歩いていた事が異常だったのだ。これが本来のワシの移動方法だったじゃないか。
頂上まではすぐそこだ。
もうどんなバケモノが出てきても、人差し指をちょっと振ってやれば容易く八つ裂きに出来た。
ワシにはやるべき事があるのだ。
とにかく、急いで頂上に向かわなければならない。
そして、待ち構えてやるのだ、勇者の一行を。
やつらに、あれを渡してはならない、主を殺す【聖剣】を。
魔王様から直々に命を受けたのだ、失敗は許されない。
勇者を必ず殺してやる。
この四天王が一人、【魔道博士】のジジーストが。




