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第二十七話 合戦ミソジ②

 石造りの壁の迷路のような場所でハヤカは立ち尽くしていた。

「ここ、どこ?」

 スカイツリーの撮影場所へと向かっていたはずだが、軽いめまいを覚えた瞬間、目の前には現実とは思えない光景が広がっていた。


 先を歩いていたはずのマネージャーもいない。それどころか人の気配がまるでない。


 ただ、人以外の何かの気配は感じる。動物だろうか、虫だろうか。はたまた全く違う何かか。

 小刻みに体を震わせながらペタンとその場に尻餅をついてしまった。

「ううううう、怖いよぉ……」

 半ベソをかいて震えている。


 グループ内で元気で陽気なキャラ担当を求められていたので、今までずっと明るく高飛車気味なキャラを演じてはいたが、いざ独りわけのわからない状況になるとすっかり素に戻ってしまった。

「やだなぁ、ドッキリじゃないよねぇ、いや、いっそのことドッキリであって欲しいよぉぉぉ」

 何度か隠しカメラを探そうときょろきょろしてみるが、何もみつからない。

 とうとう両目から溢れ出す涙。

 しばらくへたり込んでいたが、意を決したように立ち上がった。

「と、とりあえず出口を探さないと……」


 前も後ろも同じ迷路のようになっていたため、仕方なくハヤカは前へと足を進める。


 右手で壁を触りながら少しずつ進んでいくことにした。どこかで聞いた迷路の攻略法だ。

 途中でおかしなことに気が付いた。

 両側の壁に等間隔で松明が掛けられているのだが、その炎がみな同じ大きさ同じ揺れ方なのだ。

「なんか、造り物みたい」


 この場所自体もそうなのだが、この世のものとは思えない。


「まさか、ここって死後の世界? だとしたら、私いつ死んじゃったんだろう…、そういえば今までうまく行き過ぎてたよね、いきなり病気が治って、オーディションに受かって思ってたのとは違ったけど一応歌を歌う仕事ができて」


 自分が死んでいるのではないかと、そう考えてしまった途端、色々と辻褄が合うような気がして思わず足を止めてしまう。


「病院でホントは死んでたんじゃないかな、ホントは退院なんか出来てなくって」


 また、ぽろぽろと涙を流してしまう。また、へたり込んでしまいそうになった瞬間、目の前に音楽と共に黒い煙の渦があらわれた。


「な、なに?」


 煙の中から少しずつ姿を現したそれは、灰色の悪魔のような姿をしたモンスターだった。

 よく、漫画や小説の挿絵に出てくる魔王の城の門に飾られている羽の生えた悪魔の石像。そんな印象だ。


 しかも、それは一体ではなく三体現れた。


「着ぐるみ?」


 まだどこかで番組のドッキリ企画だと思いたい自分もいて、目の前のモンスターがスタッフが中に入っている着ぐるみではないかと考えたが、その考えはすぐに否定された。


 三体ともフワフワと、ごく当たり前のように空に浮かんでいたから。


 その内の一体のくちばしの様な口が開くと、甲高い音が発せられた。

 思わず、ハヤカは両耳を塞いで座り込んでしまう。


 地面の小石がポップコーンが出来るかのように弾け出して、強い衝撃がハヤカを襲った。

 座り込んでいたのが幸いしたのか、後ろに強く押された程度で済んだ。


 ハヤカは、立っていれば丁度頭の高さの壁の部分が抉られているのを見てぞっとした。

 右手で触れた時、この壁が硬いことはなんとなくわかっていた。モンスターの攻撃がとんでもない威力だということを、壁の穴が物語っていた。


「逃げなきゃ」


 迷宮の通路はそこまで広くはなく、前方の三体ものモンスターをすり抜けることは、ほぼ不可能であるし、危険すぎる。だからハヤカは来た道を引き返すように逃げるしかなかった。


「もう! 走りにくいなぁ!」


 少し走り出してすぐ、ふと自分の姿を見てみれば、フリルだらけのミニスカートに、厚底ブーツ。

 無我夢中で、スカートを裂いて足の可動域を確保し、素早くブーツを脱ぐとモンスターに向かって投げつける。

 投げられた二足のブーツは、まるで火でも出そうな、もの凄い勢いで回転しながら飛んで行った。

 一足は壁面に逸れて直撃し、壁にめり込む。

 一足は一体のモンスターの顎あたりに直撃し、そいつはあまりのダメージに思わず地面へと落下した。

 残りの二体のモンスターは、思いがけない光景に硬直している。

 その隙にハヤカは、後ろを振り返ることもなく全力で駆け出した。


「ここは、きっと地獄なんだ。でもなんで?私なにも悪いことしてないのに……」


 とっさに曲がった先は行き止まりだった。


「う、うそ……」


 絶望にまたへたり込みそうになったとき、足元に何かがあるのを見つけた。


「箱?」


 そこには、宝箱が置かれていた。


「地獄に宝箱?」


 そう呟きながら、そっとその箱を開けようとする。鍵はかかっていないようだ。


「なんでこんなものが入ってるの?」


 中には、柄の長い斧が入っていた。長さは全部で一・五メートル程はあるだろうか。

 明らかに箱に収まるサイズではないが、柄を取り出してみるとニュルニュルと出てきた。

「どうやって、入ってたんだろ?」

 それでも武器には違いないと両手でしっかりと握りしめた。


 すぐにモンスター三体が追いついてきた。

 後ろは行き止まりの壁。絶体絶命だ。

 唯一の救いは、戦斧を手に入れられたことだった。


 しかし、刃物で生き物に斬りつけるというのは、漫画やアニメのように簡単な事ではなく、強い精神力の持ち主、あるいは訓練を受けた者でないと至極困難である。ましてや、か弱いアイドルに、いきなりそんなことが出来るわけがなかった。


「どうせ、私は死んでいて、ここは地獄なんだ、だったら今更何をやったって大丈夫だよね」


 少し間違った方向の覚悟を決めて、ハヤカは戦斧を両手でしっかりと握りしめる。

 それでも、恐怖心が強いのでしっかりと両目を閉じて戦斧をでたらめに振り回した。


 ハヤカのこうげき!

 →ガーゴイルBに38のダメージ!!!


 適当に振り回した戦斧の刃が見事に一体のモンスターの右腕を斬り飛ばした。


「ギャアアアアアアアアアアア」


 ガーゴイルBは、ダメージに苦しみ地面に落ちてのたうち回っている。

 鈍い手の感触と、モンスターの悲鳴で目を開けて状況を確認したハヤカは、今までの緊張の糸が切れてしまい、気力が尽きてしまった様子で戦斧を地面に落としてしまった。


「もう、いいや、疲れちゃった」


 その場に座り込むと、目を再び閉じて覚悟を決める。


 傷ついた仲間を見て、怒り狂ったモンスターの一体が、するどい手の爪を振りかぶると戦意喪失し抵抗する素振りもないハヤカに向かって飛びかかった。


 その時、行き止まりのはずの後ろの壁から人間が飛び出してきた。

 一人、続けてもう一人。

 モンスターは何か危険を察知したのか、急上昇でとんぼ返りをして距離をとった。


「ちょっと、山田さんがのんびり宝箱漁りしてるから、せっかくショートカット出来たのに危ないところだったじゃないですか!」



「まぁまぁそう言うな操真君、ヒーローとは遅れて登場するものだよ」


 ハルイチとタロウは、ハヤカとモンスター達の間に割って入ると、それぞれ武器を構えた。


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