第二十五話 警戒ミソジ
「そ……そんな馬鹿ナァァ」
見事に、黒い剣閃は小柄の胸の辺りを横に斬り裂いた。
思わず大鎌を地面に落とすと、震える手で斬られた傷口を押さえながら後ずさりをする。
一歩一歩、歩くたびに、傷口から血が噴き出した。
「こんな、雑魚にやられるはずはなイ……」
足取りがふらついており、そのふらつき具合が次第に大きくなってゆき、今にも倒れ込んでしまいそうだ。
ハルイチは、現実に戻っていることに気が付いた。二人の装備がいつの間にか消えていて、スーツと私服に戻っていたから。公園も、地割れも遊具の破損も全て元通りになっていた。
「山田さん! あいつを取り押えましょう! 色々聞き出したいことがあります」
「え?あ、そうだねぇ~」
いつものタロウの様子で、間延びした返事だ。ハルイチを見て返事をすると、二人で小柄を捕まえようと飛びかかろうとした。
すると、何かの衝撃に二人は弾き飛ばされた。いや、正確には押し出されたような感覚だ。
倒れそうな小柄を後ろから支える大柄な人影がそこにあった。同じ黒いローブを着て、フードで顔が隠されている。
「悪いなぁ、兄ちゃんたち! これくらいで勘弁してやって欲しいんだよなぁ」
野太い男の声。腹に響くような豪快な音量と語り口だ。
「こいつは、産まれてから間もないんでなぁ、色々と我慢が足りねぇのよ」
ハルイチは、また自分たちの武器と防具が装備されていることに気が付く。
この人物達は、自在に【現実ゲーム化現象】を起こすことが出来るのか? 確かステージがどうとか言っていたが……。
そんなことを考えているとハルイチの頭の中にファンファーレが鳴り響いた。
ハルイチはレベルが15に上がった!
あいつが大量の経験値を持っていたというのは嘘じゃないようだ、レベルが7から倍以上の15に上がり、ステータスの大きな向上といくつかの新しい魔法を覚えていた。
タロウもそれに気が付いた様子で、大柄に向かって全速力で駆け出した。
初めは亀のような速度から、姿が消えるほどの速度に変化する。
「ほう、こいつは」
大柄は、小柄を右腕で脇に抱えたまま左手に黒い手甲を装備した。
タロウは、大柄の目の前に現れると、左手の呪いの魔神剣を突き出した。
大柄は左手の手甲でガードを試みる。だが、いとも簡単にタロウの一撃は手甲を貫いた。
「ち、どうなってやがる!!この手甲をいとも簡単に貫きやがった!!こいつはマジでやらねぇとやべぇ!!!!」
本気になった大柄は貫かれた左手にグッと力をいれる。すると、手を貫いた所で黒い剣先の勢いが止まり、体に触れることはなかった。
タロウは焦った表情を浮かべた。
「げ、やべ、抜けない!」
タロウは剣を抜こうとするも、ビクとも動かない。
大柄は、一瞬の隙を逃さずに動きの止まったタロウを蹴り上げた。
ひのきの棒を使い、その足に向かって迎撃するが、力のステータスが落ち込んだようで簡単に力負けし吹き飛ばされた。
「【ルモエクヨ】!!!!」
大柄がタロウの隙を狙ったように、ハルイチは大柄の隙を狙っていた。そして、覚えたての中級火炎魔法を全力で唱えた。
・魔法【ルモエクヨ】……ルモエよりも大きな火球を敵一体にぶつけ火属性のダメージを与える。中級火炎魔法。威力は魔力に依存する。
ハルイチは、直径二メートルほどの火の玉を大柄に向けて撃ちだした。
大柄は、体をひねって何とか直撃を避けたが、火球がかすった左肩の衣装が消し飛んでしまった。
「おいおい、マジかよ……この装束は特別製だぞ…並の魔法は弾くって設定はどこいったんだ、先生よぉ…」
体勢を整えながら、少し焦った様子で大柄は呟く。露出した肩は筋肉質ではあったが、普通の人間のそれと変わりなかった。
「あの男もやべぇ感じがするが、こっちの少年もかなりやべぇぞ。さっきの戦いでレベルが上がったんだろうが、そのステータスの上がり方が異常だ」
「どっちも、全然聞いてた話と違う。先生に報告しねぇと…いや、待てよ、もしかしたら先生はこの事を知って」
大柄がそこまで呟いた瞬間に、その足元を凍てつく寒さが襲った。
ハルイチは、【ルコオ】を唱えた!
→???に28のダメージ!
「逃がさない!!!!」
ハルイチはレベルアップによって氷属性の攻撃魔法も覚えていた。
・魔法【ルコオ】……小さな氷の塊を放ち、敵単体に氷属性のダメージを与える初級魔法。威力は魔力に依存する。
「ぬっ!?動けない」
大柄の右足は地面と共に凍り付いてしまっていた。
すると、突然大柄は笑い出した。
「はっはっはっは、やるじゃねぇか、お見事だ!!!!」
何か攻撃が来るのではないかと、タロウとハルイチは身構える。
「悪かったなぁ、これもイベントの一環だと思ってくれや。クリアしたご褒美として教えてやるよ」
「次の目的地の塔は、スカイツリーだ」
そう言うと、大柄は動かせない右足を拳で氷ごと砕くと、黒い煙とともに姿を消してしまった。
戦闘が終わり、公園の風景もまた現実に戻った。あちらこちらから人の気配と音が戻り、子供たちが遊具で遊びだした。
その中で、三十歳のスーツ姿の男と、私服姿の高校生がへたり込んでいた。
「なんとか、助かったねぇ」
タロウが、疲れ切った声を絞り出す。
「山田さん、さっきのあれは何だったんですか?別人みたいでしたけど」
「あぁ、実はよく覚えてないんだ。途中で気が付いた時には体が勝手に動いていたような……」
「バグを利用していたみたいですけど、あんな無茶な戦いはやめてくださいね」
ハルイチは、ゆっくり立ち上がると続けて言った。
「さぁ、次はスカイツリーらしいですよ、行ってみますか」
タロウは、じっと一点を見つめて動かない。
「どうしたんですか?山田さん。さっきの無茶な動きで体のどこかおかしくなりました?」
「いや、あれ、どうしたらいいのかなぁって……」
タロウが指さした先には、大柄の残した氷漬けの右足が残っており、子供たちがドン引きしながらそこを避けて通っていた。




