第二十二話 静止ミソジ
「え?俺ってチート能力者じゃないの?」
武道館へ向かう道すがら、誰もいない公園で休憩している二人。
「どこの世界にスライムに倒されかけるチートがいるんですか」
ハルイチは、深いため息をつく。
「山田さんの文字化けは、おそらく変数のようなものではないでしょうか」
「へんすう…?」
タロウは目がはてなマークになっている。
ハルイチは、その場に座り込んで、木の枝で地面の砂に文字を書いた。
「例えばXとかYとか学校で習いませんでした?」
「??????」
タロウは今度は頭から湯気が出そうになっている。
「覚えてない……」
そう、思い出せない。 中学校、高校と通っていたはずだが、なぜか具体的なことが思い出せなくなっていた。
ゲームで一緒に遊んだあの友達のことのように。
「ま、まぁいいでしょう。つまりですね、山田さんのステータスは常に数字が変化しているんじゃないでしょうか」
砂に字を書いて続ける。
「例えば、力のステータスが0から999までだとします、普通は30だったら、レベルアップとか、強化や弱体の影響がなければそのままですよね」
タロウはめずらしく真剣に聞いているようだ。
「でも、山田さんの場合は数値は常に固定されてなくて、ある時は999かもしれないし」
砂に文字を書いていた木の枝がバキっと折れた。
「0かもしれない」
タロウは、なんとなく理解はした様子で、
「ということは、守備力0の時に攻撃を食らったら……」
「ええ、即死の可能性がありますね」
ハルイチはすっと立ち上がる。
「これまでは、たまたま数値の高い時に敵と戦っていたということです」
タロウは逆に座り込んでしまった。
「それで、最弱かもしれない……か」
「数値の変化の仕方に法則があるのかどうかも分かりませんし、今のはあくまで仮説です、でもこれからは今まで以上に山田さんは慎重に戦ってくださいね」
そう言うと、ハルイチはタロウの手をとり立ち上がらせる。
「バグってるステータスを直すやり方、本当に知らないんですか?」
「うん、遊んでた時にはこんなことはなかったからなぁ」
タロウは、何かを思いついたような顔をした。
「あ」
「どうしたんですか?」
ハルイチは、何事かと尋ねる。
「ということは、俺はレベル上げしなくていいってことだよね」
ハルイチはあきれた顔をして、
「どこまで前向きなんですか……」
「でも、操真君はレベル上げしとかないといけないしなぁ……」
そう言うと、タロウはボサボサの頭をワシャワシャと掻いてから背伸びをする。
「まぁ、なんとかなるか」
そう言うと、二人は公園の入り口に向かった。
「なんかおかしくないですか?」
歩き出してすぐに、ハルイチは辺りを見回して言った。
「へ?」
ハルイチが急に立ち止まったので、その背中にぶつかるタロウ。
「今日って土曜日ですよね、その割に人気がなさすぎませんか?」
そういえば、誰もいない公園だったが、近くには住宅街もあり天気もいい昼下がりなので子供が一人も遊んでいないのは不自然だった。
公園の外の道路も、誰も歩いていないし、車道を車が一台も通っていない。
住宅街に立ち並ぶ家々にも人気が感じられない。
二人は思わず自分たちの姿を確認したが、鎧もローブも着ていなかった。
「あれ、誰かいる」
タロウは公園の入り口を指さすと、小柄な人影がいつの間にかそこに立っていた。
それは、全身黒いコートで覆われており、深くかぶせられたフードで顔が隠れていた。
ハルイチは、身構えた。
なぜなら、そいつの手には大きな黒い鎌が握られていたから。
「山田さん! こいつ何者なんですか!?」
ゲーム化現象が起きているような独特の空気感を感じるが、一方で現実に片足を突っ込んでいるような気持ち悪い感覚がハルイチの肌を伝う。
「こんな楽しいこと、やっぱり我慢できないよネ」
甲高い声が、発せられると、ハルイチとタロウに武具が装備された。
「レベラーゲ手伝ってあげるヨ、僕を倒してごらン」
ハルイチは、今まさに敵となった相手のステータスを確認した。
・レベル100
・HP ??????/??????
モンスター名も表示がない。
「こんなやつ、知らない」
タロウは、戸惑いながらひのきの棒を水平に構える。
「探しているのは、メタリックスライムでしョ?」
小柄はそう言うと、何もない空間から銀色の光沢をもつスライムを数匹呼び出した。
「あ、あれが俺が探してるいっぱい経験値持ってるモンスターだよ」
タロウがそう言って、駆け出そうとした瞬間。
黒い鎌が、一瞬でメタリックスライムをすべて真っ二つに両断した。
「僕は、こいつの十倍の経験値を持ってるヨ、どう? やる気出タ?」
ハルイチは、魔法を放つ動作に入った。
「山田さん! とにかく、こいつを倒しましょう! やばかったら、また逃げればいいんですから!」
ハルイチは、【ルモエ】を唱えた!
→???は身をかわした!
最速の動きで放った火の玉は、小柄の最低限の動きでかわされた。
ハルイチの右腕が、胴体から斬り離されている。
いつの間にか、ハルイチの後ろに立っていた小柄が、円を描くように振り抜いた鎌で攻撃を終えていた。
そして、ハルイチが痛みやダメージを感じる前に宙に浮く彼の右腕を掴むと、また胴体につないだ。
???はハルイチに【ルナオ】を唱えた。
・魔法【ルナオ】……回復魔法。対象一体のHPを回復する。効果は、精神に依存。
→ハルイチの傷は全快した!
何が起こったかわからないハルイチは、微動だにできない。
「お前、何をした?」
小柄はいつの間にか、また二人と距離をとって楽しそうに左右に揺れている。
「何っテ、すぐ終わったら面白くないかラ、攻撃して治してあげたノ」
ハルイチは、理解できないと言った表情で小柄から視線を外せないでいる。
「一ターンで二回行動したってことだよ」
タロウは同じく小柄を見ながら言った。
「そして、あいつの攻撃力はやばい、あのメタリックスライムを一撃で倒せるとかありえない。 普通はどんなに強いキャラでも1か2ずつしかダメージを与えられないんだ」
「それこそ、攻撃力にチートがかかってない限りはね……」
タロウに楽観的な雰囲気はなかった。
「じゃあ、逃げましょう」
そう言うと、走り出そうとするハルイチをタロウが制止する。
「きっと、駄目だ、あいつはボスキャラの類だと思う。 このゲームではボスモンスターとのイベントバトルでは逃げられない」
七回逃げる例の裏技を使うことも考えたタロウだが、前回とは違い、そもそも待ってくれる様子はないし、一ターン毎に二回行動してくるので、十四回もチート攻撃を何とかしなくてはならない。
今まで考えなかった訳ではなかった。
ダメージを受ければ痛い。
ということは、【現実ゲーム化現象】の中で死んだらどうなるのか?
このゲームには蘇生魔法は存在するが、今このパーティーには使える者はいない。
全滅すると、所持金が半分になって教会で再開となるが、そこも再現されているかどうか約束されているわけではない。
ゲーム序盤は敵も弱いし、死ぬこともほとんどない。
こういう状況になる前に、この仕事を辞めればいいと考えていたタロウだったが、予想外に早くこの現状に陥ってしまった。
戦っても勝てない、逃げることもできない、全滅したところで命の保障はない。
「やばい、詰んだ」
タロウは、膝から崩れ落ちた。




