第二十一話 鍛錬ミソジ
「ちなみに、次のダンジョンでは敵はどれくらいの強さなんですか?」
この日もハルイチは、タロウを引きずりながら尋ねた。
今日は、土曜日で学校は休みだ。 一日冒険に充てられる。
「えっとねぇ、なんかゲームバランスがおかしくて、次から突然敵が強くなるんだよねぇ……、んでもってボスに四天王が出てくるんだぁ」
しれっと、恐ろしいことをタロウは口にした。
「山田さん、そういうことをなんでもっと早く言ってくれないんですか!」
ハルイチは、足を止め自分のステータスを確認する。
「俺はレベル7って出てますけど、これでクリアできます?」
「あー、全然ダメだろうねぇ~、俺の時は確か15くらいでクリアしたような気が……」
まるで、他人事だ。
「いや、それじゃあダンジョンに入った途端に全滅じゃないですか!山田さん!いったん戦士探しは中断です!レベル上げしますよ!レベル上げ!」
「えーーー、レベラーゲって作業みたいで嫌いなんだよねぇ……」
明らかに、タロウからめんどくさそうな表情が見て取れる。
「へぇ……いいんですか?高嶺さんに今の話を報告しますよぉ」
悪い顔でハルイチはタロウを脅した。
「そ、それだけは勘弁を!」
「じゃぁ、レベル上げの効率の良いやり方教えてください。 もちろん知ってますよねぇ……」
タロウは少し考えると、何かを思い出して言った。
「あぁ、ちょうどいい狩場があった気がする、銀色に光る逃げ足の速いモンスターが出てくるの。 んで、そいつを倒せたらめっちゃ経験値入ってくるんだ。 そこなら割と楽にレベル上げできたと思う」
「ゲームの中のその場所ってどこなんですか?こっちでもあればいいんですけど」
タロウはまた考え込んでいる。
「確か、闘技場のある町に向かう途中のフィールドだったような……」
「闘技場……ですか。 ということは、武道館がイメージに近いですかね」
タロウとハルイチはひとまず、自分たちのレベルアップのために武道館へと向かった。
ロールプレイングゲームにはレベル上げという作業がほぼほぼ付きまとう。
強い相手に対して、レベルを上げて勝つ、ということが努力や苦労は必ず報われるということを教えてくれているようだ。
「武道館といえば、今日確かアイドルのコンサートがあるはずですよ」
ハルイチが、キャラに似合わないことを突然言い出したので、タロウは眠そうな目を真ん丸にして驚いた。
「いや、操真君ってそういうの疎いと思ってたんだけど、やっぱり今時の男子高校生なんだねぇ……」
ハルイチは、少し焦った表情でタロウに向かって言った。
「いや、クラスの女の子がそういうの好きみたいで、最近ずっとその話を聞かされてたんですよ!」
「あぁ、クラスの女の子ね……」
だいたい誰の事か想像がついたとばかりに、タロウは呟いた。
「バイナリ組.comっていうんですけどね」
グループ名を聞かされても、まったくピンと来ていない様子のタロウ。
「……誰それ?」
「え?名前くらいは聞いたことないですか? さすがの俺も名前は知ってますよ! 最近人気が出てきたアキバ系のアイドルグループですよ、テレビにもよく出てますし」
それを聞いても、まだピンと来ていない様子のタロウ。
「いや、知らない……」
渋谷駅の巨大な広告にデカデカと当のアイドルグループが出ている横で、名前すら知らないと言い切る男に、さすがに引いたハルイチ。
「いや、山田さんまだ三十歳ですよね? もうかなりのオッサン入ってますよ!」
「君からしたら立派なオッサンだからねぇ……、でも俺だって好きなアイドルくらいは……」
そう言いかけるとタロウは黙ってしまった。
「……好きなアイドルって誰だっけ?」
ずっこけかけるハルイチ。
そこに、突然BGMと共にモンスターが現れた!
「山田さん!戦闘開始ですよ!」
タロウはいつものようにスーツに鎧を着たスタイル。
手にはお気に入りのひのきの棒がしっかりと握られている。
ハルイチは、魔法使いっぽいローブを身に纏い、ゴーストウィザード戦で手に入れた呪術師の杖を両手に持っている。
ゴーレムがあらわれた!!!
四角い石作りのブロックが組み合わさって身の丈三メートル程の人型を成している。
どこか懐かしい風貌のモンスターだった。
「山田さん、こいつめっちゃ強そうなんですけど……」
「だねぇ、でも俺に任せれば大丈夫だよ!」
いつになく自信満々のタロウ。
ハルイチは、何か裏技でも知っているのかと思い、ここはタロウに任せることにした。
「見てなよ、操真君。 これが、ゴーストウィザードの首を一撃で吹き飛ばした俺のチートの力だ!」
そういうと、前回同様にひのきの棒のフルスイングをゴーレムに叩き込んだ。
タロウのこうげき!
→ミス!ゴーレムにダメージを与えられない!
ひのきの棒はゴーレムの腹部に直撃するも、硬い身体に弾かれて、反対にタロウの方が大きく吹き飛ばされた。
「あれ?どういうこと?」
目を白黒させながらタロウは起き上がり腰を懸命にさすっている。 どうやら電柱にしこたまぶつけたようだ。
「まさか、山田さん、チートのような攻撃力があるからレベル上げもしないで次のダンジョンに挑もうとしていたんですか?」
そういうと、すぐさま【イミエナ】を放った。
ハルイチは【イミエナ】を唱えた!
→ゴーレムは目がくらんだ!
「山田さん!逃げますよ!」
そう言うと、二人はゴーレムに背を向けて走り出した。
タロウたちはにげだした!
→うまくにげきれた!
【現実ゲーム化現象】の範囲外に出たところで、それぞれ元の衣装に戻る。
どうやら、逃げ切れたようだ。
「おかしいなぁ、前はうまくいったのになぁ……」
タロウは不思議そうな顔をして、何も持っていない手で素振りをしている。
「そのチートの攻撃力って、裏技とかであったんですか?」
ハルイチは、周囲を警戒しながら聞く。
「いや、そんなのはなかったよ、こないだから、一撃でモンスターを倒せたことが続いてて」
そこで、またエンカウントが起こる。
今度は、弱そうなスライムが一匹現れた。
「よし!こいつでもう一回試してみよう!」
タロウはそう言うと、先制攻撃を試みる。
タロウのこうげき!
→ミス!スライムにダメージをあたえられない!
ひのきの棒が豪快にスライムに命中するも、まったくダメージを与えた形跡が見られない。
「あれ?」
スライムのこうげき!
→クリティカルないちげき! タロウに98のダメージ!
反撃を受けたタロウは、思いもよらぬダメージを受け、一気に瀕死状態に陥った。
「そ、そんな馬鹿なぁ」
「こいつは、見た目以上の強いスライム?」
そう言うとハルイチは、タロウへの追撃を防ぐようにルモエをスライムに放つ。
ハルイチは【ルモエ】をとなえた!
→スライムに46のダメージ!
ハルイチはスライムをたおした!
「あれ?いつもの弱いスライムだった?」
ハルイチは拍子抜けた様子で、横たわるタロウを見つめている。
「今まで聞いてなかったんですけど、山田さんってレベルいくつなんですか?」
タロウを助け起こしながら不思議そうにハルイチは言った。
「あぁ、説明が難しいから俺のステータス見てみてよ、仲間になってるから見られるはずだよ」
ハルイチは、ステータスを開き意識のカーソルをタロウに合わせる。
「これ、なんなんですか?」
レベルから何から全て文字化け表記であった。 プレイヤーの名前、つまりタロウの名前表記も文字化けで読むことができない。
「そうなんだよー、俺のステータス、全部文字化けでわかんないんだ、操真君から見てもやっぱり読めないかぁ」
「それで、レベル上げも嫌がってたんですね」
納得したようにハルイチは言うと、今までのタロウの戦いを思いだしながら少し考え込んだ。
そして、まだ確信は持てないと前置きした上でこう言った。
「山田さんは、最強であり最弱かもしれません」




