第十六話 逢魔ミソジ⑥
ゴーストウィザードの前に、彼を守るように並んだ小浦、桜間、永井、月野。
皆一様に、目の輝きを失いどこを見ているのかわからない視線を飛ばしている。
「操られている?」
ハルイチは、椅子の陰に隠れながら四人の様子を確認した。
「君のいない間、あれだけの時間があったんだ、少しずつ洗脳することなど造作もないことだよ」
ゴーストウィザードは、ハルイチに撃ち抜かれた体の一部を徐々に回復させながら、月野の顔をしわがれた手でさすった。
「さて、形勢逆転だが、どうする?天才魔法使い君」
この位置からは、どうやっても四人の誰かに被弾してしまう。
ハルイチは、ステータスを開いて自分の使える魔法を確認した。
単体に火属性の【ルモエ】、敵全体に範囲攻撃できる同じく火属性の【ルモエテスベ】。
敵一体の視界を奪う効果がある【イミエナ】。
「たった3つだけか……」
攻撃魔法はどれも今は使えない。
目をくらませたところで、距離があるし魔法使いであるが故に近距離攻撃の手段もない。
ここにきて、ハルイチは初めて丸腰であることに気付いた。
「しまった、山田さんに武器の一つでももらっておけばよかった」
ハルイチは、タロウがまだこの場に追いついていないことに気が付いた。
「山田さんはどこに行ったんだ?」
自分が入ってきた入り口を不安げな表情でジッと見つめるが、誰かが入ってくる気配が感じられない。
ゴーストウィザードと戦闘開始になってから、それなりの時間が経っている。 いくら自分が先走っていたとしても、もう追いついてきてもいいはずだ。
「どうした?そこから出てこないなら、こちらからいくぞ」
ゴーストウィザードは、呪文を詠唱し氷の針を大量に作り出した。
そして、杖を持つ両手をクロスさせると、一斉にハルイチのいる場所を目がけてマシンガンのように撃ちだした。
木製の椅子などなんの役にも立たたずに、あっという間に粉々に吹き飛ばされた。
ハルイチは身を低くして、何とか隣の椅子に回避した。
それでも、飛び散った木片や、氷の針の残骸をその身に受けてダメージを負ってしまった。
ゴーストウィザードは、【ルコオヤレンシ】を唱えた!
→ハルイチに8のダメージ!
視界に自分の生命力だろうかHPの表記と数字が浮かんで見えている。
HP81/89。
いまのを、あと10回ほど食らえば、戦闘不能、あるいは死亡してしまう。
かわしたと思ってあのダメージだ、直撃を受けたらもっと大きいダメージになるだろう。
なんとかして、あの四人の正気を取り戻すことはできないだろうか。
タロウは、ゲームの中でも人質をとるような話をしていたので、彼らから引き離したが無駄だったようだ。
攻略方法も同時に聞いていたが、タロウと二人いなければ実行できない方法だった。
傷口から血が流れ、ズキズキとした痛みを感じる。
「痛みを感じないわけではないんだな……」
傷口を押さえながら見えないように、更に横の椅子の後ろに隠れる。
どうにかして、あの五人と敵を引き離さないと。
「ん?五人?」
覗き見た人質の数を今一度数えてみた。
小浦、桜間、永井、月野、山田……。 山田?
「はぁぁぁぁぁぁ?何やってんだ、あのオッサン!」
と、思わず大声で突っ込みそうになるのを懸命に耐えるハルイチ。
いつの間にか、人質の列の中にタロウが並んでいる。
いかにも、操られてますよと言わんばかりのポージングと、嘘くさい表情。
だが、ゴーストウィザードは、まったく気が付いていないようだ。
「いや、他の四人はよだれなんか垂らしてないし!わざとらしすぎるし!」
タロウは、白目をむいてよだれを垂らしている。
ゾンビだ、操られた人質をゾンビと間違って演じている。
「やっぱり緊張感のないオッサンだ」
「でも!」
ハルイチは、椅子から身を乗り出すと、両手を頭の上に重ねた。
「山田さん!いきますよ!」
「イミエナ!」
・魔法【イミエナ】……敵一体の視力を少しの間奪う効果。
ハルイチが魔法を唱えると、重ねた手からまばゆい光が発生し、ゴーストウィザードの両眼に差し込んだ。
「くっ、何を」
ゴーストウィザードは、手で顔を覆い二、三歩、人質から離れるように後ずさった。
すると、背中に何かがぶつかった。
思わず後ろを振り返ると、戻り始めた視界に映ったのは、ひのきの棒を振りかぶったタロウの姿であった。
「なんだと!いつの間に?」
ゴーストウィザードと人質の間に割って入り、近距離からの魔法でとどめを刺すためハルイチは走り出す。
タロウは、敵の頭をめがけてバッティングのスイングのようにひのきの棒を振り抜いた。
「へ?」
勢いよく走り出していたハルイチは、急ブレーキをかけて止まり、驚きの表情でゴーストウィザードを見ている。
ゴーストウィザードの首から上がなくなっていた。
当初の打ち合わせでは、タロウが攻撃して注意を引き付けている間にハルイチが至近距離から火の魔法でとどめを刺すはずであった。
「ホ、ホームラン?」
振り抜いた勢いで倒れ込んだタロウは、自分でも信じられないといった表情でひのきの棒を眺めている。
<手ごたえも何もなかった……もしかして、攻撃力にチートかかってる?>
頭を失い、残された体から何かプログラムの文字列のようなものが噴出し、やがて消えていった。
タロウはゴーストウィザードをたおした!
%)(%&*+"&=~の経験値を手に入れた!
ゴーストウィザードは宝箱を持っていた!
タロウは宝箱を開けた!
中には、呪術師の杖が入っていた!
タロウは呪術師の杖を手に入れた!
ゴーストウィザードが消え去るのと同時に、古い校舎が歪みながら消えていく。
ハルイチにとっては、見慣れた景色が入れ替わるように現れた。
「体育館……?戻ってきた?」
現実世界の覇有高校の体育館の中のようだ。
窓から西日が差しこんでタロウとハルイチを照らし出していた。
「ふぅ~なんとかなった……」
タロウはあぐらをかいて座り込んだ。
人質になっていた四人はバラバラに倒れ込んでいるが、眠っているだけでケガもなさそうだ。
「くっ、いたたたた」
声がする方を二人が見ると、舞台脇の扉から大北がふらつきながら出てきた。
「なにかに襲われたような気がするが、よく思い出せない……」
どうやら、ゴーストウィザードは大北と入れ替わっていただけのようだ。
「まただ、また少しゲームと違ってる……」
タロウは、頭をかきながら広く冷えた床に寝そべった。