第十五話 逢魔ミソジ⑤
「な…なにを言っているんだ?私がなんだって?」
二人の背後に立っていた大北は、少し動揺した様子で後ずさりをした。
「だから、この学校の異変の原因があなただって言ってるんです」
ハルイチは後ずさりする大北に少しずつ詰め寄った。
「なんの証拠があって、そんなことを言うんだね君は!私だって危険な目にあってるじゃないか!」
「先生、最初におかしいと思ったのは、教室での出来事です」
「教室?異変が起こったのを真っ先に知らせたのは私だぞ?何を疑われることがある?」
「そこなんです。 なぜ先生は、一度教室の外に出たのに戻って来られたのか」
ハルイチがそう言うと、大北はハッとした表情を見せた。
「生徒はみんな外に出たら誰も戻ってきませんでしたよね?不思議な力が働いたとして、なぜ先生だけが同じ教室に戻って来られたのか」
「そ、それはだな、無我夢中だったから覚えていないんだ!たまたま私が戻れたのだろう」
「それだけじゃないんです、俺達が外に出たあとバケモノに遭遇した時、きっかけはあなたが一歩踏み出したタイミングでした」
「それだって、たまたまじゃないか!」
「そうですね、偶然が重なっていたのかもしれない、でも、バケモノから逃げるときあなたはどこにいましたか?」
「どこって……一緒に逃げていたじゃ…」
そう言いかけて、大北は動きを止めた。
「そうです、一緒に逃げていました、あなたが誰よりも先頭に立って!」
「五十代の運動もしていない男性が、男子高校生、しかも運動しか取り柄のないような彼より速く走っていた。確かに彼は途中で女子を抱えていましたが、必死になった男子高校生より速く走っていたのには違和感しかありません、俺達をどこかに誘導しようとしていたんじゃないですか?」
大北は、後ずさりを続けている。
「どれもこれも決定的な証拠ではない!単に君が不審に思ったというだけの事ではないか」
「そうですね、なのでこうして三人だけのシチュエーションにさせてもらいました」
「なんだと?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「この中にいなかったら、絶対に信じられないような話ですね」
大北達と合流する前に、ハルイチはタロウからこの【現実ゲーム化現象】のことなどを詳しく聞いていた。
「ということは、俺がその【魔法使い】とやらで、校内にいる裏切者を倒せば学校が元に戻るってことですか」
「そそ、ゲームだと裏切者は教師の一人なんだけど、心当たりあったりする?」
ハルイチは、少し考えた後、納得したような表情をした。
「その話を聞いて、今まで感じていた違和感の正体がわかりました、ところで、そのボスモンスターとは戦うんですよね?強いですか?」
「いや、最初のダンジョンのボスだからそんなに強くないよ、俺と操真君と二人で倒せるはず」
「でしたら、他の生徒たちを巻き込まないように戦い易いところに誘いこみましょう」
ハルイチはタロウに耳打ちすると、二人で大北達のいる部屋へと向かっていった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「あなたが山田さんを倒すことを目的としているなら、俺達二人で出る時必ず着いてくると思っていました、そして、疑惑を確信にするためにこうお芝居をしたんです」
ハルイチは右の手のひらを大北に向けた。
「二人では勝てないので、応援を呼びに外に出よう、と」
「そうすれば、焦ったあなたは、俺達の隙をついて必ず攻撃してくる、攻撃があればあなたはクロ、なければシロ。 そう山田さんと決めていました」
タロウはさっきから、うんうんと頷いてばかりだった。
<いやぁ、推理ものみたいでかっこいいなぁ、操真君、若いのに頼りになりそうだから全部任せちゃおう……>
置物状態のタロウをそのままに、ハルイチはじりじりと大北を壁際に追い込んでいく。
そして、右手から【ルモエ】を放った!
炎の玉が、直撃するかに見えたが、大北は近くにあった古ぼけた扉をこじ開けて中に入り魔法を避けた。
「僕が右手をかざして何をするか、わかっていたようです!やはり先生はクロですよ!」
「ちょ、操真君!おいていかないで!」
いち早く走り出したハルイチと、余裕をぶっこいていたタロウが遅れて追いかける。
講堂のような、薄暗い広い部屋の中、規則正しく並んだ木製の長椅子。 中央の通路の先に大北が立っている。
不敵な笑みを浮かべると、ただの中年の姿が黒い煙に包まれながら変わっていく。
骸骨にかろうじて皮がはりついているような、先ほどまでの中年太りの姿とは正反対の細い身体。 頭には人間とは違う角のようなものが生えている。
身に纏っているのは、黒に限りなく近い紫色のローブ、二本の手にはそれぞれ、古ぼけた杖が握られていた。
ゴーストウィザードがあらわれた!
追いついて講堂に入ってきたハルイチは、身構えながら周りを警戒している。
目の前に、この世のものとは思えないバケモノがいて、自分がそれと戦うことになっている。
受け入れがたい状況ではあるが、さっきタロウに話を聞いていた時から湧いてきたある感情が自身の体を動かしているように感じていた。
普通の高校生ならば、逃げ出したくなる場面でも、その感情が前向きにしてくれている。
手のひらをかざすと、火の玉が出て来て敵を焼き殺した。
必死でやったことだが、その一度の経験がハルイチに大きな自信を植え付けた。
どんな相手と戦っても、今の自分なら勝てるんじゃないか。
勉強で優秀な成績を挙げ続けても、スポーツで結果を残しても、決められたレールに乗っている日常では、決して得られなかった感情に、ハルイチは喜びを覚えていた。
タロウに、ゴーストウィザードの弱点は炎であることはあらかじめ聞いていた。
それが、余計に負ける気がしないという自信を増長させていた。
ハルイチは【ルモエ】をとなえた!
敵は、氷の範囲魔法を得意とするらしい。 だから距離をとりながら先手を打つ。
横に走りながら、ハルイチは炎の玉を連続で打ち出した。
数発が、見事にゴーストウィザードに着弾し、体の一部を消し飛ばした。
「ぬ、ぬおおおおおお」
ハルイチは、体を切り返し、動きを止めないまま続けて【ルモエ】を撃とうと構える。
しかし、敵の表情に気が付くと、動きを変えて椅子の影に隠れた。
ゴーストウィザードは笑みを浮かべたのだ。
「ほう、調子に乗っているだけの小僧かと思っていたが、意外と冷静じゃないか」
ゴーストウィザードが指をパチンと鳴らすと、椅子で隠れていた物陰から何かが集まってきた。
「いま撃ってなくてよかったな」
ハルイチは椅子から顔だけをのぞいて確認する。
ゴーストウィザードを守るように前に現れたのは、セーブポイントにいるはずの小浦、永井、桜間、そして月野だった。