第十三話 逢魔ミソジ③
タロウは、誰もいない校門を抜けて、校舎の入り口に難なくたどり着いた。
築年数はどれくらいだろうか、壁も真っ白で扉の金属製の手すりもくすんでいない。
床もきれいなタイル張りになっていて、ところどころに何かの模様が描かれている。
そういえば、校門にも、獅子のような彫刻が両端に置かれていた。
恐ろしいほどの寄付金が集まってきているようだ。
卒業生に、財界の有力者も名を連ねているのは伊達ではない。
<俺の通ってた高校はカビ臭かったけど、ここめっちゃいい匂いするなぁ、はっ!これが女子高生の匂いか!!>
目を閉じて、いまだ見ぬ麗しの女子高生に想いを馳せるタロウ。
だが、相変わらず人気がない。 静かすぎる。
あちこちの部屋に明かりが灯ってはいるが、何かが動く様子がまるでない。
<気味が悪いな……女子高生どころか、人ひとりいないんじゃないか>
そんなことを考えながら、下駄箱の横を通り過ぎようとした時、空間が歪んだ。
気付けば、木造の古い校舎の中に立っていた。
タロウは自分の姿を見てみる。
右手にはひのきの棒、体には例によってスーツの上からかわのよろいが装備されている。
<あぁ、やっぱり魔法学園ハールってことか、ここ>
西洋風のいかにもな造りの校舎を手探りに進んでいく。
確か、話の流れはこうだったはずだ。
主人公は、仲間を求めて魔法学園ハールにたどり着く。 そこには、将来有望な魔法使いが集まっているからだ。
ところが、学園の中では、有力な魔法使いの生徒が次々に失踪するという事件が起きていた。
時を同じくして、学園内に大量のモンスターが出現する。
混乱の中、一人の男子生徒と出会った主人公は、協力して事件を解決しようとする。
協力な結界が張られているハールに魔王の手の者や、魔物は入ることができないはずだった。
学園の内部に、魔王に魂を売った者がおり、結界の一部を解除していたのだ。
<その、裏切者がここのボスキャラだっけか>
とにもかくにも、相棒の男子生徒と早く合流しなくては、話が進まない。
幸いなことに、校舎のつくりもゲームの中とほとんど同じであるようだ。
とはいえ、さすがにマップを詳細に記憶しているわけではないので、おおよその方向に向かって進んでいく。
すると、近くで女性の悲鳴が聞こえた。
<ホントだったら、そんな寄り道イベントはないんだけど……>
悲鳴を上げているのが、現実の覇有高校の生徒だったら……。
そう思うと、タロウは目的地の反対方向ではあるが、悲鳴のする方へと駆け出した。
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操真は、あの男を追っていた。
大量のモンスターがくっついているので、少し距離をとっている。
追いかけている中で、二つ気になることがあった。
一つ目は、逃げ切ろうと思うのだったら、もっと角を細目に曲がったり、階段を利用すればそれは可能なはずだ。
だが、男は廊下を一直線に隅から隅までまっすぐ駆け抜けていく。
ただ、逃げることが目的ではない?
そして、二つ目、さっきからかなりの距離をそれなりのスピードで走っているが、あの男にまったく疲れが見えない。
「くそっ、あのおっさん陸上選手か何かか?」
このままでは、操真の体力が持たない。
操真が考えていると、どこからか悲鳴が聞こえた。
すると、男は突然曲がり角をまがって悲鳴の方向へと進路を変えた。
慌てて、操真もついていく。
そこには、今まさに人食いコウモリに襲われようとしている数人の覇有の生徒がいた。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
男は突然、叫び声を上げて横を駆け抜けていく。
その声につられるかのように、人食いコウモリが数匹、例のモンスターの集団に加わった。
「まさか、あのおっさん」
操真は気が付いた。
「自分が囮になって、うちの生徒達を助けて回ってるのか?」
ゲームの中では、プレイヤーはどれだけ走ろうが疲れることはないし、スピードが落ちることもない。
タロウは、今まさにそれを実感していた。
<さて、これからどうしようか……>
【現実ゲーム化現象】のおかげで、延々と逃げ回ることは可能だろうが、それではまったく話が進まない。
<この数にタコ殴りにされたら、さすがにヤバイ>
立ち止まって、一人で戦うのは無謀だ。
意識を集中して自分のステータスを確認したが、範囲攻撃のスキルや、魔法はまだ覚えていないようだ。
というか、スキルなども文字化けがひどくまったくわからない。
自分の強さがわからないのが、これほど困るとは思わなかった。
<まぁ、なんとかなるか>
モンスターの方をちらりと見たタロウはそう思った。
袋小路に入り込んだタロウは、行き止まりで足を止めモンスターの群れと対峙した。
道具袋に手を入れ、一振りの剣を取り出した。
それは、禍々しい黒色の刀身で日本刀のように反り返った片刃の剣であった。
<ギュウノウスを倒して手に入れた、呪いの魔神剣。 名前からして装備すれば呪われるんだけど、戦闘中に道具として使えばなぜかノーリスクなんだよね>
呪いの魔神剣を戦闘中に道具として使うと、敵一体に黒いオーラが飛んでいき闇属性のダメージを与える。
タロウは、呪いの魔神剣をふりかざした!
→人食いコウモリCに黒いオーラが襲い掛かる!
→人食いコウモリCに230のダメージ!
タロウは人食いコウモリCをたおした!
剣の切っ先から放たれた黒いオーラの塊が人食いコウモリを直撃し、消し去ってしまった。
<おぉ、思ってたより強い!>
ただ、十数匹いるうちの一体を倒しただけで、あとはモンスターの怒涛の攻撃を受けきらなければならない。
「ちょっと、そこの青年!」
タロウは、モンスターの後方で様子を伺っていた操真に呼びかけた。
突然、呼ばれた操真は、思わず身構える。
「ル・モ・エ・テ・ス・ベって唱えてみて!」
「るもえてすべ?」
操真が思わず口ずさむと、目の前に文字列が浮かび上がってきた。
・魔法【ルモエテスベ】…敵全体に炎属性の魔法ダメージを与える。威力は自身の魔力に比例する。
「な…なんだよこれ…」
「ごめん、できれば、俺がやられる前に大声で唱えてもらえると助かる!」
タロウは、満面の笑みで操真に手を振りながら言った。
「なんだよ、あの緊張感のないおっさんは!」
それでも、大量のモンスターにタロウが襲われようとしているのはわかっていたので、操真は言われるがままモンスターの群れに手をかざし叫んだ。
「ル…【ルモエテスベ】!」
すると、操真の手のひらに小さな炎の渦が生まれ、徐々に大きくなってモンスターの群れへと飛んでいった。
ハルイチは、【ルモエテスベ】を唱えた!
→炎の渦は、モンスター達を包み込み燃やし尽くす!
→モンスターの群れに平均36のダメージ!
ハルイチは、人食いコウモリたちをたおした!
ハルイチは、今まで経験したことのない種類の疲労を感じた。 それは、魔法を使ったことによるMPの消費であった。
「やったぁ、さすが天才魔法使い!」
タロウは、座りこんで頭の上で拍手していた。