第十二話 逢魔ミソジ②
操真達は、教室のドアを開けて外へ出た。
そこは、西洋風の古い校舎の中。 例えるなら、魔法使いが出てくる映画の魔法学校のような造りであった。
「映画のセットみたい……」
月野が思わず声を漏らす。
「魔法学校をモチーフにした、テーマパークのアトラクションの中……じゃないよな」
一緒に出てきた生徒の一人も現実を受け入れられずにつぶやいた。
「あっ、ドアが!」
さっきまであったはずの、教室に戻るドアがすっと消えてしまった。
今、教室から外に出たメンバーは六人。
操真と月野、あとは生徒が三人と世界史の教師が一人。
背が高く、日焼けした褐色の肌、髪と眉毛まで金色の男子生徒、永井。
小柄で、ぽっちゃりした色白の眼鏡をかけた女子生徒、桜間。
同じく眼鏡をかけた、知的な雰囲気を持つ男子生徒、小浦。
そして、世界史の教師である、五十代半ばの小柄な男性、大北である。
「出口がないか、慎重に進んでいこう」
小浦は、懐からメモ帳を取り出し簡単な地図を描きだした。
確かに、今までいた校舎と違い、廊下の長さもどれだけあるのか先が見えず、登りや下りの階段があちらこちらに見え隠れしている。
「普通に考えれば、ここは三階だったから降りていけば、出入り口に着くはずだけど……」
操真は、手で鼻を触りながら、何かを考えている。
どこからかは、わからないが遠くの方で誰かの悲鳴のようなものが聞こえてくる。
「誰の声だろう?学校の誰かかな?めっちゃ怖いんだけど」
月野は、怯えた様子で耳を塞いでいる。
「考えていても仕方ない、とりあえず動いてみよう」
大北は、先頭に立って進みだした。
すると、どこからともなく音楽が聞こえてきた。
広い廊下の真ん中に黒い渦が現れ、そこから何かが飛び出してきた。
「ちょ、なに?」
桜間は頭を抱えてしゃがみこんだ。 その上を、黒い影がかすめて飛んでいった。
「こうもり?」
永井は、黒い影を指さして言った。
そこには、二メートルはあろうか巨大な紫色をしたコウモリが中空に浮かんでいる。
人食いコウモリ。
操真の視界のコウモリの近くに名前が浮かんだ。
「な…なんだ?」
目をこする操真、それでも視界にはまるでARのように情報が見えている。
人食いコウモリのこうげき!
永井めがけて、人食いコウモリは鋭い爪を向け飛んできた。
かろうじて、それをかわした永井だったが、制服の肩にうっすらと血が滲み出ていた。
「永井君!大丈夫?」
桜間が、永井の傷に気付いて駆け寄る。
「かすり傷だ!大丈夫」
傷を押さえながら永井は答えた。
「こいつは人を襲うぞ!とにかく逃げよう!」
操真はそう言うと、手で逃げる方向を示した。
皆、それぞれに全速力で廊下を走り出した。
人食いコウモリは、右に左に旋回しながらこちらを追ってきている。
永井は、小柄な桜間を担いで走っている。
大北は、見た目に反してものすごい速さで先頭を切っており、その後に小浦が必死に食い下がっている。
月野が途中で足がもつれて転んでしまった。
操真は月野の元に駆け戻り、助け起こそうとしているが、先に走っていった大北達は気付いていない。
「かまわないで、逃げて!」
月野は、操真を両手で押しのけながら言った。
「これでも、医者にならないといけない人間だから、見捨てるわけにはいかないよ」
操真は、迫ってくる人食いコウモリに向き直り、手をかざした。
「頼む!効いてくれよ!」
幸いなことに、人食いコウモリはまっすぐこちらに向かう飛び方に軌道を変えていたので、意識の集中が容易かった。
「吹き飛べ!」
そう声を上げながら、強く念じる。
操真は魔力を放った!
→人食いコウモリAは、6のダメージ!
→人食いコウモリAは、吹き飛ばされた!
木造の壁に激突し、裂け目に体が挟まって、紫色のモンスターは身動きがとれなくなっている。
「よし!通じた」
操真は自分の肩を月野に貸して助け起こし、その場を逃げ出した。
そして、操真達は階段を下って、広い踊り場まで出た。
「はぁ、はぁ、月野さん大丈夫?」
「うん、ありがとう、さっきの何?」
月野は、操真が人食いコウモリを手を触れずに吹き飛ばしたところを見ていた。
「あぁ、なんか、たまたまかな?」
操真はうまく説明できずにそう言った。
「ぷっ、たまたまって、なにそれ」
月野は思わず笑いだした。
「操真君、頭すごい良いのに、そういうとこあるんだ」
「なんだよ、そういうとこって」
操真も、つられて笑ってしまった。
「おぉ、操真が笑ったぞ」
「ホントだ、珍しい!」
「おい、誰か写真撮っとけよ」
永井、桜間、小浦が口々に驚きの声を上げる。
操真は照れくさくなり、顔を背けてしまった。
「まぁ、ここから出られたら話すよ」
「うん、それまで、二人の内緒にしとくね」
月野は、満面の笑みで言った。
「ん?みんな静かに、なんか聞こえる」
大北は、皆と少し離れたところに立っていたが、口に指を当てながらこちらに向かって言った。
男の悲鳴が聞こえる。
「誰か、さっきのやつに襲われてる?どうしよう」
桜間が、不安そうに言った。
「ここは、様子を見たほうがいい、こちらには武器も何にもないんだ、助けようがない」
操真の能力を知らない小浦が冷静に言った。
悲鳴がどんどん近づいてくる。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
十字路になっている操真達の正面を、男が叫びながら横切る形で全力で走り抜けていった。
奇妙なのは、スーツ姿の上に何か西洋風の鎧のようなものを着ていることだった。
「今、俺の見間違いかと思うんだけど、コスプレしたおっさんが走っていかなかった?」
永井が、あっけにとられた様子でつぶやいた。
「いや、見間違いじゃない、私も見た」
「僕も」
「私も」
皆で今のは、見間違いではないことを確認する。
「あいつは、校舎に入ってきてた男だ」
操真だけには、見覚えのある顔だった。 だが、あの時はスーツしか着ていなかったはずだ。
「たぶん、あいつが何か知ってるはずなんだ!追いかけよう」
操真はそう言って駆けだそうとすると、さっきの男を追いかけて十匹以上の人食いコウモリが同じく目の前を横切って飛び去っていった。
「あれから逃げてたんだな……、あいつを追いかけたら僕たちやばくない?」
小浦の言うことはもっともで、操真以外は頷いている。
今の様子だと、敵ではなさそうだ。 だが、あのままだと、おっさんがどうなるのかわからない。
「わかった、僕だけで行く、皆は隠れてて」
「いや、一人は危険だ!ここで助けが来るまで待つべきだ」
大北は、なだめるように言った。
「月野さん、皆を頼む」
操真は、月野の肩をポンっと叩くと男の逃げて行った方へ走っていった。
「うん、任せて」
月野は小さくなっていく彼の背中に向かって言った。
「操真君なら、きっと大丈夫」
さっきの能力を見た、ということもあったが、なぜだか彼とさっきの男が出会うことでこの異常な状況が解決するような、そんな気がした。