第十一話 逢魔ミソジ①
その日、タロウは覇有高校へと向かっていた。
家を出て、高校の最寄り駅まで電車で移動し、駅から外に出たとき、突然音楽が鳴り目の前に黒い渦が現れた。
「うげっ、ここって街の中じゃないってこと?」
道を遮るように、モンスターが現れる。
スライムがあらわれた!
道の真ん中に、緑色の水たまりのようなものがジッとしている。
「ん?これがスライム?思ってたのと違う……」
ボーっと眺めていると、スライムはタロウに向かって、勢いよく飛んできた。
スライムのこうげき!
→タロウはすばやくみをかわした!
「あっぶねっ」
ギリギリで顔面への直撃をかわしたタロウは、今まで素手だったはずの手にひのきの棒が握られていることに気が付いた。
「そういや、そんな説明があったっけ」
入社手続きの際、高嶺より説明があった。
【現実ゲーム化現象】に関わる武器・防具・アイテムは現象の範囲内にいないと具現化されない、と。
それを証明するかのように、タロウの手にはひのきの棒と、体にはスーツの上から入社の際に支給された、かわのよろいが身につけられていた。
そして、腰には道具袋と呼ばれる小さい袋が括り付けられている。 どんな原理かわからないが、これには、手に入れた装備品・アイテムを大きさも関係なく無制限にしまっておけるらしい。
どこかの猫型ロボットのポケットのようだ。
「なるほど、こういうことねぇ……」
飛んだ勢いで、電柱にぶつかり跳ね返って再びタロウに向かってきたスライムに、ひのきの棒を水平にたたきつける。
「あれ?」
手ごたえもなく、スライムは消えてしまった。
タロウはスライムをたおした。
%<¥のけいけんちと、"{`%ゴールドを手に入れた。
「たお…したの?」
「経験値が入ったみたいだけど、今のレベルがわかんないんだよな」
意識すると、ステータスとその数値が目の前に浮かんでくるようになっていた。 現象により、職業の能力を獲得した人はみんな出来るらしい。
だが、タロウのレベルは文字化けしてしまっておりわからない。ステータスも同様だ。
「俺、完全にバグってんだけど……」
ふと見ると、手のひのきの棒も消えており、スーツ姿に戻っている。
周りには、他に通行人がもちろん存在していたが、誰もタロウの戦闘に気が付いていない様子だ。
「なんだろうねぇ、これ、まるで誰かがすごい気を使ってくれてるようなシステムじゃないか」
軽く右手を回しながらタロウはつぶやいた。
「……まぁ、町中を剣とか鎧を着けてコスプレみたいに歩く羽目にならなくてよかったぁ……」
タロウがその場を立ち去ったあと、そこから遥か彼方のビルの壁に何かがすごい勢いで衝突した跡が付いているのが発見されたが、何がどうやってぶつかったのかは誰にもわからなかった。
歩いて十五分ほどで、覇有高校に着いた。
ニ、三回ほどモンスターと遭遇したが、いずれもひのきの棒を軽く当てただけで消えてしまった。
<冒険の初めは、雑魚はめっちゃ雑魚なのが定説か……>
誰かの口癖がうつってしまったようだ。 今のところ、命の危険を感じるような場面はなかった。
正門から、堂々と入るタロウ。
<授業中なんだろうけど、やけに静かだなぁ……>
門をくぐってすぐ横に、警備員の詰め所があったが、どうやら無人のようだ。
太郎は、難なく校舎の入り口にたどり着いた。 誰一人会うことなく。
不自然なほどの静けさの中、タロウは思った。
<可愛いJKいるかな>
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午後の世界史の授業の終わりのベルが鳴った。
世界史の教師は、授業を延長することなく号令をかけさせた。
トイレのために席を立つ者、復習のため着座したままの者、次の授業の準備を始める者。
操真は、校内に入ってきた男が気になって、ずっと外の様子をうかがっていた。
「ん?」
いつもの、休み時間だと、廊下側からにぎやかな音が聞こえてくるのだが、今日はやけに静かだった。
すると、授業を終え出て行ったはずの、世界史の教師が血相を変えて教室のドアを開け戻ってきた。
「み……みなさん!教室から出ないように!状況がわかるまで待機してください!」
教室の中にいる生徒は、一様になんのことかわからずポカンとしている。
「何があったんですか?」
教室に残っていた月野が教師に向かって聞いた。
「私にも、まだ理解ができないんだ、信じられないんだが、教室の外がいつもの学校じゃないんだ!」
「先生、なんのドッキリですか?」
「避難訓練だったら、こないだ終わったとこですよ?」
教師が何を言っているのか、あまりにも意味不明すぎて、生徒たちは笑っている。
「そんなに言うなら、ちょっと見てきますね」
一人の生徒が、教師が止めるのも聞かずにドアを開けて出て行ってしまった。
出ていくと同時に、スッと自動ドアのように閉まるドア。
しばらく待ってみても、その生徒が戻ってくる気配はなかった。 それどころか、不自然なほど、何かが起こったような物音一つなかった。
「ちょっと、全然戻って来ないんだけど、ってか扉の閉まり方おかしくない?普段開けっ放しだよね?なんで勝手に閉まってんの?」
一人の女子生徒が、そう言うと、他の生徒の顔色が変わってくる。
「スマホも圏外なんだけど……」
「まじかよ、ホラー映画みたいじゃねーかよ……」
教室内に、沈黙の時間が流れる。
「窓も開かないよ!扉をちょっと開けて外をのぞいてみよっか?」
小柄な女子生徒が、そう言うと、前方のドアに手をかけ少しだけ開けて頭だけを外に出した。
が、外に吸い込まれるように、すごい勢いで体ごと外に放り出されてしまった。
再び、勝手に閉まるドア。
「ヤベーよ……」
「先生、外はどうなってたんですか?」
「あぁ、学校は学校なんだが、木造の古い西洋風の校舎のようだった」
教師は、頭を抱えてしまっている。
「あいつのせいか」
操真は、直感的に校舎に入ってきた不審な男が原因だと思った。
タイミングもあるが、本能的にそう導いた部分が大きい。
「先生、僕は外に出てみようと思います」
操真は、立ち上がると教師にそう告げた。
「や、やめなさい!外が危険かどうかもわからないんだ」
「でも、ここでジッと待っていても解決しない気がするんです」
こんな状況下でも、操真は不思議と落ち着いていた。
それどころか、わずかではあるが何かワクワクしたものを感じていた。
「操真くんが行くなら、私も一緒に行きます」
月野だった。
他に、三名ほど操真の意見に同意する生徒が現れた。
「わかった、ただ生徒だけでは心配なので、私も同行する」
操真の決意が動かないことを悟った世界史の教師もそこに加わった。