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第一話 解雇ミソジ

 都心に近いオフィス街、七階建ての年季の入ったビルがある。


 株式会社大平商会。


 アニメや、ゲームのキャラクターを利用したグッズの企画、製造、販売を商いとする企業である。


 昔は、ワンマン社長が切り盛りをしていたが、他界した後は二代目で傾き、三代目で大手企業に買収され子会社となった。

 昼休みも終わり、騒がしいオフィスに事務員の声が響く。


「山田さん、市川部長がお呼びです」


 山田ヤマダ 太郎タロウ、三十歳、営業部所属。 新卒からこの会社で働いているが、いまだ役職はない。 身長は高いでも低いでもなく平均的、体重も重いでもなく軽いでもなく平均的、眠そうな目が特徴で、寝癖かクセ毛かわかりにくいボサボサな髪型をしている。


「はいー、いま行きますー」


 昼食の後で、眠そうな目はさらに細くなり、漫画風に言えば糸目になっている太郎は応接室のドアをノックする。


「山田です」


 応接室には、頭の禿げあがった男性が窓の外をのぞくような形で立っている。

 市川部長四十五歳、現場からのたたき上げで、失われてしまった髪が、その現役時代の努力や苦労を物語っている。


「あぁ、忙しいところ申し訳ないね、というか、君───」

「何食べてるの?」


 市川部長が声をかけながら振り返った先には、手にポテトチップスを持って今まさに口に運んでいる太郎の姿があった。


「え?食後のデザートを食べてるんですけど、ポテトチップスご存知ないですか?」


「いや、そうじゃなくて」


「あ、コンソメ味ですけど、部長も食べます?」


「いや、そうじゃなくて……いや、もういいや……」


 何かあきらめた顔をした市川部長は、少し緊張した面持ちでこう言った。


「きみ、今日でクビだって───」




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 太郎が退出した後の応接室、誰かと電話で会話している市川部長の姿があった。


「ええ、おっしゃる通りにいたしました。 ですが、問題のない社員とは言えませんが、突然クビにするのはどうかと…それに労基に行かれたら確実に問題になるかと…ええ、承知しました、()()


 電話を切り終えると、市川部長は大きなため息をついた。


「親会社の指示とか、いったいあいつは何をやらかしたんだ? 可哀想だが、相手が悪すぎる…」


 そう言いながら、部屋を出ようと応接室のドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開けた。


 しかし、彼が会社に戻ることはなかった。


 なぜなら、扉の向こうに広がっていたのは、勝手知ったる会社の廊下ではなく、石壁の迷宮のような場所であったから。


 薄暗く、どこまで先が続いているのかわからない。 壁には等間隔でたいまつが掛けられており、かろうじて迷宮のような、ということを判断できた。


「な……ここは、どこだ? 会社はどうなった?」


 混乱し、扉を閉めてしまった。

 すうっと応接室の扉であったものが闇に紛れて消えていく。


 呆然と立ちつくした市川部長ではあったが、不意に背後に何かしらの気配を感じた。


 ゆっくりと振り返ると、そこには巨大な人の体に、二本のするどい角を持った牛に似た頭部を持つ獣が立っており、筋骨隆々の右腕が彼に向って振り上げられていた。


「な、なん! ぎゃ!!」


 悲鳴が一声上がり、その後は静寂が訪れた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 太郎は、今まで職場であったビルを前に最低限の荷物を持って立ち尽くしていた。

<いやぁ、仕事は我ながらまったくできなかったけど、まさかクビとか……いや、あれが原因かな? 待てよ、あの事がばれたか?>

<いずれにしても、三十にして、無職とか洒落にならんぞ……この先どうしようか>

 数年ぶりに、まともに思考というものをしてみた太郎だったが、五分も考えないうちにある結論に至る。


<まぁ、何とかなるか>


 いつもの会社からの家路に着いた太郎、いつもと違うのは今の時間が夜ではなく真昼間であることと、もうこの道を通ることはないということだ。


 さすがに、十年近く通っている道を、少し寂しい気持ちで歩いていたが、

「あれ? こんなとこにこんなものあったっけか?」


 いつもの街並みに、なぜか見慣れない建物が目に入ってきた。


「ハローワーク……」


 <自分には縁のないものと思ってたから、今まで気づかなかったんだな>

 しかし、今の自分にとっては必要な施設だ…そう思った太郎は、


「いま帰っても暇だし、寄ってみるかなぁ」

と、特に深く考えずにハローワークに入って行った。


 中には、受付のおじさんが一人、他に利用者の姿はない。

 検索用のパソコンが、三十台ほど並んでいる。


「どうぞ、お仕事をお探しですか?」


受付のおじさんが、簡単に利用の案内とパソコンの操作方法を教えてくれた。


太郎は番号券を受け取り、その番号のパソコンに座った。

「えっと、希望の勤務先と職種と、休み、給料の条件を入れてっと」


……〇件。


「なんだと!そうか、条件が高すぎたのだな! いいだろう、少し条件を緩くしてやろう! フハハハ」

 なぜか、魔王のノリで再度検索してみる。


……〇件。


「世の中ってこんなに不景気だったのか? 一件も出ないとか大不況なのか?」

涙目になりながら、半ばやけくそで全く条件を入れずに検索をしてみる。


……一件。


「一件…だと…」

 ここまで来ると、なにかのドッキリか不具合としか思えないのだが、せっかく一件出てきたので、詳細を画面に表示してみる。


~職種:勇者

仕事内容:仲間を集めて、魔王を討伐するだけの簡単なお仕事です。

勤務地:全国

給与:完全歩合制

福利厚生:社保完備

休日:シフト制

アットホームで働きやすい職場です! 未経験者歓迎!

詳しい内容は、選考時にお伝えします~



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