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花火と遠雷 ゆいこのトライアングルレッスン特別編

作者: 梶 一誠

えー、梶 一誠でございます。今回の投稿作品は、なろうラジオ内の特別企画『ゆいこのトライアングルレッスン』へメール投稿する予定の物が、長くなってそのまま短編小説として書き上げた物なんです。

設定もゆいこは近藤悠衣子、ひろしは間柴弘、たくみは木崎拓海と新たに命名。本来ならゆいこが主人公で男性二人は塾の講師でしたが、高三の幼なじみ三人組に。寡黙なひろしの視点で書かれております。

高三最後の夏休み、花火大会でのエピソードを中心にお話は進みます。舞台はある中国地方でセリフには広島弁を使って方言女子の可愛らしさが出れば良いなと思い使ってみました。

浴衣姿の彼女、ヘタレなオレ、そして揺るぎ始めたこれまでの関係といった、ある意味定番でベタな設定ではありますが、そんな中で自分なりのドラマが描けないかと考えて書き上げてみました。

 恋愛小説に慣れた読者の中には“ありがちな話だなぁ”と思われる方もいらっしゃるとは思いますが、それはそれ。『なろうラジオ』内の企画とは大分赴きが異なる作品ですが、こんな作品もできますよ的に一読していただければ幸いでございます。

 なお、タイトルのゆいこのトライアングルレッスン特別編に関しては、なろうサイト並びに文化放送サイドに連絡を取り許諾を得た上での投稿となっている事を明記しておきます。

 

 夏期講習もあと一時間ほどで終了という時になってから、まるで予告なしの大雨になった。俗にいうゲリラ豪雨という奴だ。校舎三階の教室から見えていた、今まで炎天下にさらされて茶色一色だった校庭は、上空低く垂れこめた雷雲からの大粒の雨に叩きつけられ砂煙が上がった後に、そこにはまるで異世界の地図のような不思議な模様をまたたく間に描いていった。

 オレは自分の机に頬杖をつきながら、大きな水溜まりを大海に、それに侵食されずに残って陸地みたいになっている部分を大陸や群島に見立てては、想像力を豊かにさせていった。それぞれに、グレアス海、ゴンド大陸、バレアス諸島といった架空世界風の名前を付けてはそこにあるであろう王国やらそこで治乱興亡を繰り返す英雄譚を思い描いていたのだった。でも、そんな一人遊びはふいにオレの机に着陸した紙飛行機によって中断させられてしまった。

 おれの二つ前の席にいる悠衣子が投げてよこした来訪者をオレは元のレポート用紙に戻して中に書いてあった

『ねぇ、見てよ……』という文面の最後に記してあった呼び名を目にして、オレはドキッとして顔を上げた。

 いつものクラスのいつもの席から、幼なじみの悠衣子がオレを見つめていた。体半分をこちらに向けるようにして振り返る姿も夏服半そでの制服もいつもと同じ。こぶりな卵型の輪郭、こげ茶の肩辺りまで伸びたストレートヘアも。ただ一点違っていたのは眉。彼女は生まれつき少し太めの眉毛を気にしていて、この夏休み期間中に半分以上剃り、アイラインなのか何のか男には馴染みのない化粧品で自分好みの細眉に書き換えていた。

 あの日初めてオレに、オレだけに真っ先に披露してくれた容貌がそこにあったのだ。目尻がやや下がった円らな瞳は瞬きせずに、自分への賛辞を求めて来ているのは分かっていた。

“似合わねえよ”と、オレは声に出さずに口の動きだけで、あいつが今一番お気に入りであろう細眉の印象を率直に伝えれば、同じように唇を動かすだけで

“弘のイジワル!”眉間に皺をよせ、少し悲し気な眼差しをしたのも束の間、いきなり背中をのけ反らせるや

「ひゃぁー!」とクラス中に響き渡る頓狂な悲鳴を上げた。

 悠衣子の隣の席に陣取っていた、茶褐色で短髪、細面で未だに小学生時分のいたずらっ子ぽい面影を残す、拓海の奴がどうやらシャーペンのノック部で彼女の背中を上から“つーっ”と撫でたらしかった。

「われは何やっとるのよ!余計なことしとらんで課題に集中しんさいよ。あたしと弘が誰のためにわざわざ付き合うちゃってる思うんかぁー!」悠衣子はその場で立ち上がると、自分のノートで拓海の頭を遠慮なく引っぱたき始めた。親友はオレと共通の幼なじみからの逆襲に明るくケタケタ笑いながら、両手を合わせてゴメンのポーズを繰り返した。

 教室の黒板脇にある、担任用の机で副担任の女教師がわざとらしく大きな咳払いをすると、悠衣子はしぶしぶ大人しく席に着いた。

 いつもそうだ。拓海が悠衣子にちょっかいを出して、クラス中の注目を集めてはみんなからは『また、バカ夫婦がさわいどるよ。』、『仲がええのぉ!』、『リア充死すべし』とか二人の仲を揶揄(やゆ)されるのだ。でも、今日はそれほどの騒ぎにはならなかった。30人編成のクラスには10人くらいしか集まっていない。夏期講習とは言え、要は学校側の好意で休み期間中の課題が進んでいない生徒に向けて教室を開放してくれているだけだ。

 オレと悠衣子は課題を全てクリアーしていたが、拓海の奴は半分くらい残していた。奴は学校からのメールを受けて、LINEを通じてオレと悠衣子に呼び出しをかけ、オレたちは拓海の後始末に付き合わされていたにすぎない。でも、オレには不思議だった。高一、高二と一貫して就職希望の拓海はいつも課題なんて半分済ませて置けば後は気にしない筈だったが、どうして今年はわざわざ講習に臨んでいるのか。

 他の同級生たちは、本来の自分の席に付いているが、拓海の奴はがら空き状態の教室にこれ幸いと、今だけは悠衣子の隣に座を占めては、オレにしてやったりと言わんばかりにほくそ笑んできていた。

 そんな親友を無視して一つ軽い嘆息を着いたオレはまた、校庭に目を移す。いつもなら二人が嬉々としているのを尻目にオレは引っ込み思案で寡黙な自分の性格を呪っては、二人の間を邪推してやきもきしていて、そんな様子を見た他の女子たちからは

「おい、ヘタレの間柴ぁあんたもしっかりせにゃあ悠衣子ちゃん取られてまうでぇ」てな具合にからかわれたものだった。でも今は大分心持が変わってきていた。

 グレアス海の侵食は完全にバレアス諸島を飲み込み、ゴンド大陸を大きく二つに別っていた。一瞬視界が閃光に包まれるとすぐに雷鳴が轟いた。さっきまでは遠くでゴロゴロ鳴っていたのに随分近くまで雷雲は勢力を伸ばしつつあった。雨は校舎の屋根をいっそう騒がしくさせていた。

「じゃけぇ抱き着いてくんなやぁ!」また、悠衣子がきつい訛りでまくし立てるので、オレはじゃれ合う二人へと目を転ずれば、悠衣子のボディブローが拓海の腹部を、半そで白シャツの裾を、カラシ色の制服ズボンの上へだらしなく出している臍の上辺りにヒットさせていた。これはさすがに効いたらしく、拓海のバカはそのまま机に突っ伏してしまった。

 悠衣子はそんなバカの後頭部を軽くぺちぺちと叩いている。その様子は年端も行かぬ子供をたしなめる年上の女性さながら。彼女はまた、オレの方へ顔を向けると声に出さない唇の動きだけで

げに(ほんとに)しょうがない子よね。ねぇ……”と、目を細めながら呟いている。オレは彼女の最後の口の動きが示した呼び名にまた、少したじろいで生唾を飲み込んだ。

 悠衣子が、今までの弘でも弘君でもない新しい呼び名を使い始めたのも、つい一週間ほど前に執り行われた市の年中行事である花火大会の夜からだった。

 毎年のように三人で示し合わせて夏休み最後の大イベントに繰り出したものだが、今年は拓海はその場にいなかった。オレはまだ、その事を親友に伝えられずにいた。二人のいつもの調子を見れば、悠衣子からも話してはいないのだろう。

 躊躇しているオレを後押しするかのように、あいつはまた唇だけを動かして、オレの事をゆっくりと、あの呼び名を口にして“ねぇ、あんた”と囁いていた。また、外で雷鳴が轟いた。

 あの夜も途中から、こんな風な雷雨になったんだ。


 その日の朝に、一通のLINEが悠衣子から届いた。朝からオレの部屋のベッドを占拠してだべっていた、拓海の奴がその内容を見るなり

「何じゃおぇー!」と、小さい二階建ての家中に響き渡るような大声を上げた。オレが机で自分の課題と入試用の国公立大学の過去問に取り組んでいた手を休めてスマホを見れば

『ゴメン!ばあちゃんの具合が悪くなったので、これから岡山の実家へみんなで見舞いに行くことになったの。花火大会はキャンセルで』と、あった。

「あいつのばあちゃん、高齢だからな仕方ないよ」と、呟けば

「何じゃぉ、今年は男二人で花火大会かぁ……おい、弘よ、こうなりゃ他のクラスの女子見つけてナンパしようでぇ」拓海がベッドから身を躍りだすようにしてきた。

「……遠慮しておく」過去問に再び取り組み始めると

「けっ!付き合い悪いな。早う東京の大学とやらに行ってしまえ!」と、言うなりまたベッドに横になって漫画本を読み始めた。

「拓海よぉ、お前課題は?どれ位残っているんだよ?」

「俺かぁー、そりゃ俺は就職組だからわれぇほど周りはうるさくせんのよぉ」

「ああ、そうでしたかねぇ」

「弘よ、われぇ標準語なんて似合わんでよぉ」

「黙っとけ。……俺らの方言は少し柄が悪いからな。練習しておくんだよ」

 拓海の奴は、また一言“けっ!”と吐き捨てると、漫画を眺めているが、何やら落ち着かない様子だった。体の向きを変えたり、咳払いしてみたり。机に向かったままでもオレには親友が何を言わんとしているか、言い出したがっているのか、何となくだが判るような気がしていた。

 暫くしてから拓海はいつもとは大分異なる、低めに声を落とすような具合で来れなくなった悠衣子の事を口の端に乗せた。

「……悠衣子の奴なぁ……最近、おっぱいデカくなったと思わん?」

「どこ見とるんじゃぁ!われはよぉー」いきなり投げかけられた質問に思わず方言で大声を上げてしまったオレに向けて拓海は

「いつも見とるよ。……ずーっと見て来た。われもそうじゃろう?」と、やけに静かに答えた。

「そらぁ、前よりかは女らしくなってきたとは思うけんど……」

「なぁ、俺らもそろそろ……」拓海は漫画に目を通したまま、何か思いつめたように呟いた後、首を大きく振るとまたいつもの闊達な声にもどしてから

「やめじゃぃ!仕方ないけぇ。わしは爺ちゃん所でスイカ御馳走になって来るわ」と、どこか投げやりでぶっきらぼうな物言いになった。

 こうなると、こいつは行動が速い。ベッドの枕元に漫画を散らかしたまま、そこから跳ね起きるとオレの部屋の引き戸を開けて階下へ降りようとした所で、三つ年が離れた姉と出くわした。

 昔からの顔なじみで、中学時代のテニス部の後輩にあたる拓海を見つけるや開口一番、オレと同じメガネで黒髪の姉は

「木崎ぃー、われぇち〇この皮、剥けたんかい?」と、社会人、とりわけ公務員としてと言うより結婚適齢期の女性にあるまじき、どぎつい質問を年下の男の子に向けやがった。

「ま、間柴先輩!ほ、放っときんさいよぉ!そがいなんじゃけぇ(そんなんだから)、未だに彼氏ができんのじゃよ」去り際にこう言い放つと、たくみは階段を駆け足で降りて行った。

 後に残された、寝ぐせのついたぼさぼさ髪に、中学時代から愛用しているよれよれになったジャージ姿の姉は部屋の戸口から

「なぁ弘君よぉ、われのお友達は親友のお姉さまに冷たくないかね?」と訴えるような目つきを向けてきていた。

 一瞬で“面倒くせぇ!”的な感情が沸き起こり憤然と席を立った。

「朝から大声出してしもうてぇ。なぁ、われらいよいよ近藤ちゃんめぐって喧嘩でもしたんかぇー?」戸口に縋って何やら楽し気に体をくねらせている干物女に向けて

「死ねや!クソ姉」メガネの奥から目尻を細めている厄介な奴を追い払うようにして乱暴に戸を閉めた。部屋に一人になり、過去問に集中できなくなってしまったオレは、あいつが散らかした漫画本を片付けながら、ベッドに横臥した。

 スマホを片手にスクロールすれば、拓海から、やれ悠衣子から誕生日プレゼント貰ったぜ、お前はヴァレンタインチョコ貰ったか、そんな既読ばかり並ぶ。拓海の奴はいつもこっちの胸中をざわつかせるLINEを送り付けて来ていた。特に悠衣子が関わることは全てと言ってよかった。

 スマホを枕元に放り投げ、深いため息を付いたオレには軽い眠気が忍び寄ってきていた。

 夜型のオレはいつも、早めに寝に付いて家族が寝静まった深夜に起きだして受験勉強に勤しんだ。この日もそうだったが、明け方頃に拓海が転がり込んで来たのだった。

 額に手を置きながら、天井の染みを見つめつつふと昔の事を思い出していた。

 木崎拓海(きざきたくみ)と、オレ間柴弘(ましばひろし)近藤悠衣子(こんどうゆいこ)と初めて会ったのは幼稚園の頃だった。同じさくら組で三人でお遊戯をしてお弁当を食べた。二人に比べてやや小柄なオレは拓海から戦隊ヒーローごっこの必殺技を掛けられては、いつも泣いていた。それを助けてくれるのは決まって悠衣子だった。

 決めポーズで勝ち誇る拓海を彼女は、プロレスマニアである父親のDVDを見て覚えたという、往年の“アックスボンバー”なる大技を以って一撃で粉砕。ほかの園児たちが呆然とする中ただ一人、高々と人差し指を天井に向けて“我がちょーがいに一片の悔いなぁーちぃ!”との雄叫びを挙げる。……恐るべし悠衣子!ってそれ誰の真似だよぉ?

 小学校に入ると、それぞれ男子グループと女子グループに分かれて普段は過ごしていたが、長い休みに入ると三人はいつも一緒だった。悠衣子は普通の女の子だったら嫌がる虫も怖がらない。ある時、悠衣子は拓海にオレを羽交い絞めにさせると、捕まえて来たクワガタをオレの鼻の穴に突っ込みやがったんだ。大御所リアクション芸人さながらに騒ぎたてるオレを二人は腹を抱えて笑っていたっけ。……忘れとらんぞぉ近藤悠衣子ぉ!

 中学時代はさすがに悠衣子のほうから自然にオレ達とは距離を取っていった。教室で女子グループの中にいる悠衣子を見つけ出しては、なぜか溜息をつくようになっていったのもこの頃からだった。

 髪を肩口あたりまで伸ばし、たまにその両脇だけ細く編み上げてくる。その先には小さな犬のキャラクターの髪飾りがぶら下がる。オレはそれが何なのか声を掛けたくとも出来なかった。そしてそんな時、隣にいる拓海も机に頬杖しながら悠衣子を見ていたんだ。オレと拓海の背丈はとうに悠衣子を追い越してしまっていて、たまに三人で下校する時はいつも頭一つ分低い悠衣子を間にはさんで歩いた。

 拓海は髪を短髪にしていて、もともと明るい茶色の毛がまるでわざと染めたみたいに変わる。それを担任に咎められると、威丈高に喰ってかかっていた。詰襟型制服のボタンは全開にして、ワイシャツの裾も出したままでがに股で歩くのが常だ。

 そんな拓海とは、反対にオレは詰襟のフックだけ開けて大股で歩く。近眼が進んで銀縁メガネが手放せなくなり、黒い髪をナチュラルにして額にかかる髪をかき上げる仕草が癖になっていた。

 悠衣子は自分のやや太めの眉毛が気に入らないらしく、しきりに拳でごしごしと擦るのが見受けられるようになったのもやはりこの頃からだった。

「毛虫眉毛ぇ!」そんな悠衣子を拓海がからかうと、即座に右隣りを歩くあいつの腰に容赦なくパンチを見舞う悠衣子。

「そのままの方が似合ってる……思うでぇ」やっとそれだけ、前をみながら告げるオレのケツを悠衣子は平手で思いっきり叩いて来やがった。“何するんかぁ”オレの視線に入った悠衣子は耳たぶまで真っ赤にさせて、はにかんだ上目づかいで見つめて来ていた。

 本当は……『そのままの方が……可愛いし好きだ』って言いたかった。でも、言い出せずに高三の夏までオレはヘタレのままだった。

 そんなオレはいつも悠衣子と拓海がどれほどの仲になっているのか気がかりで、でも自分からは問い質すこともできずにいた。いつまでも仲良し三人組のままではいられない。それはうすうす感づいてはいた。拓海もそれをさっき言い出そうとしていたのかも知れない。オレは秘かにそれを恐れていたんだ。

 だから、二人から距離を置こうと、一人で地元を離れて東京の大学に入学して新しい出会いを求めた方がいいんじゃないかと。……要は逃げを打ちたかったんだ。この情けないクソヘタレ!

 いつの間にやら夢を見ていた。オレと拓海は中学時代の紺のジャージ。悠衣子は赤。オレはすぐ後ろでべそを掻いている悠衣子の手をオレの腰辺りをつかませて、雑木林の急斜面を昇っていた。左手は悠衣子の手首をしっかり握って、右手で林の灌木を爪に引っ掛けるように足を逆ハノ字にして上を目指していた。振り返れば最後尾に付く拓海の奴が不機嫌そうにそっぽを向きながらやって来る。

「ほら泣きんさんなや、悠衣子。しゃーなー(大丈夫)この上にゃあ自動車が通れる道があるはず。そこから合宿所までは歩けばすぐじゃけぇな」声を掛けてやっても、悠衣子は泣きじゃくるばかり。その代わり拓海の奴が

「わしのせいじゃないけぇなぁ!」と、一人苛立たしく喚きたてている。

オレは拓海を無視して、いつもは勝気ですぐ突っかかって来る悠衣子の奴を励まし続けた。

「ほら、もう少しじゃ頑張れ。オレこの手は離さんけぇなぁー」やがて視線の先に白いガードレールが見えた。その時、後ろの悠衣子が何か言ったが、そこで夢はスマホの呼び出し音で遮られた。

 悠衣子からのメールだった。どれくらい眠ってしまったのだろう。日は完全に西へと傾いていた。

 LINEではなく、オレ宛のメール。開けば“ちょっと出てきて”とだけ。

「いいやぁぁー!」階下からの姉が放つ素っ頓狂な声に跳ね起きた。

「ちいと、弘。来てみんさい、早う!」この声は母だ。何を騒ぎよるかと階段を下りれば、玄関には悠衣子が立っていた。しかも浴衣姿(ゆかたすがた)だったんだ。

 濃緑色の生地に、赤紫、ピンク、水色、大小の朝顔が散りばめられていて、帯は少しくすんだ赤に黄色のラインが入っていて一見してそれなりの値の張る一品であろうことが判る。よく日に焼けた健康的な顔にオレはどこか違和感を覚えたが、それより髪をアップにさせて、うなじが垣間見える艶姿に目を奪われてしまっていた。

片手には同じ朝顔があしらわれている巾着。足は素足に黒漆(くろうるし)の女性向けの突っかけ。

「悠衣子ちゃん、きれいのぉ!若い子はええわぁ」母がこう感嘆の声を上げる隣で、オレはドギマギするばかりだったが、そんな中、干物女の姉は嬉々として自分のスマホで浴衣姿の悠衣子を被写体にして

「視線こっちにくださぁい!」「オオっ!いいねぇーそのまま笑顔でぇ」「今年の夏の主役は悠衣子ちゃんで決まりだぁー」と、まぁ一人悦に入っては撮影会に夢中であったが、オレの姿を見るなり近寄ってきて

「お前、やりよるのぉー」バンッと背中を叩きオレの尻ポケットから財布を抜き取るや、ぐいっと悠衣子の方へ押し出した。 

「ねぇ行こでぇ」と悠衣子は、はにかみながら足元に目を落としている。それにオレは

「おうっ」こう答えるのがやっと。後ろから姉が財布で頭を小突いてから

「軍資金、奮発しといちゃったぞ。釣りはいらんけぇな」と、言って手渡してくれてからは、もう玄関先の狭い廊下で母と手を取り合って小躍りを始める始末。

 おずおずと「……どうも」ぶきっちょに礼を言ってから、玄関を閉めようとした時

「おとうさぁん、今晩赤飯炊くけぇ小豆買うてきてぇ」との母の甲高く騒がしい声が二人の背中を押し出した。

「ゴメンなぁ……騒がしい姉貴と母ちゃんで」

「気にせんで。あたしおばちゃんとお姉さん好きじゃし」

 二人はそのまま暫く、無言で市の中心街へと夕日を受けて歩き続けた。

「な、なぁそれ高かったんじゃないか?」間をもたすために口を開いたオレに悠衣子は下を見ながら頭を振って

「こりゃね、元はおばあちゃんからお母ちゃんが貰うたものなんよね。あたしが自分で着付けしたんじゃ。凄いじゃろぅ?」と、自慢げに笑って見せた。

「おい、おばあちゃん具合が悪くてお見舞いに行くんじゃなかったのかよ?」その日の朝、拓海とLINEで連絡のあった件を尋ねると悠衣子は首を傾げつつ

「ほ、本当はなぁ、ばあちゃん……その今ニュースで騒がれている、なんちゃら詐欺に会ってお金少し騙し取られたみたいなんだ。それで父ちゃんが心配してねぇ」と、告げた。その後も彼女は

「あたしさぁ話がようわからんで、ばあちゃん自身は元気みたいなんじゃけぇ、それで家に残ったんじゃよ」と、更に

「病気っ言うたなぁね、あがいな人聞きの悪い話はどこから漏れるかわからんけぇさぁ……それにもっと大事な用が……あったけぇなぁ」その後は頬を赤らめたままで俯いてしまった。

「そ、そうか大変だったんだなぁ」オレも口を噤んでしまったが、悠衣子が家へ来てから気がかりになっていた事を思い切って尋ねようとした。

「な、なぁ悠衣子、この事拓海に……!」言いかけたオレの唇に悠衣子がそっと中指と薬指だけを押し当てて後の言葉を塞いでから

「ねぇ行こうよ。花火始まってしまうけぇさぁ」と、少し怒ったような眼差しを向けられては二の句を告げられなくなってしまった。

 オレ達は道すがら、尻の下に敷く二人分の大きさのビニールシートを購入するために雑貨屋へ寄った。レジに並んでいる間、悠衣子はイヤリング、ピアスが居並ぶ棚であれやこれやと物色中。シートのお題を支払うために財布を開けば、そこには万札が二枚。姉が寄こしてくれた心遣いだったが、その間にある物を発見したオレはレジ係のお姉さんの前で石になってしまった。

 避妊具のコンドームが一枚入っていた。お姉さんの目を気にしながらそれを取り出して個別になっている包装ビニールには油性のマジックで“ドンといって来いやぁ!”とのクソ姉貴からのありがたくもないメッセージが。

 それを悠衣子に見られないようにそそくさとジーンズの尻ポケットにねじ込んでから会計を済ませた。悠衣子が手招きする。彼女は自分が気に入ったイヤリングを指さしている。ターコイズブルーで涙的型の飾り石があしらわれているそれを黙って商品棚のフックから取り上げると、今度は二人でレジに並んだ。

「ありがとうございましたぁー」レジ係のお姉さんは、満面の笑みで応対した後、声に出さない口の動きだけで“滅びろぉ!”って言いやがった。

 悠衣子は店先でさっそくイヤリングを付けて見せてくれた。浴衣姿でくるりと一回転して満面の笑みで

「似合う?」と。

「良く似合うよ。……その……奇麗だよ」彼女の顔をまともには見れずにこう言うのがやっとの有様だったが、悠衣子は飛び跳ねるようにして肘にすがりつく。

「ねぇ……後はぁ?」顔を覗き込む悠衣子を見て、やっとある変化に気が付いた。

「あ、あれぇ眉毛剃っちゃたんかよ?ほんでぇ上から書いたのか?今の今まで気が付かんかったよ」ホントに驚いているオレに悠衣子は

げにぃ(ほんとうに)鈍感な男じゃのぉ、やっやら(やっとか)よぉ」と、ぷりぷりしながら先を行く。そんなあいつを小走りで追いかけながら

「前の方が似合うし可愛いと思っとったけどなぁ。待てやぁーげにぃ今日の悠衣子はきれいじゃけぇ」

「今日だけかいやぁー」悠衣子は振り向くと機嫌を直したのか、はち切れんばかりの笑顔で“ほらっ”と、巾着(きんちゃく)を持った手とは逆の方を差し伸べてきたから、少し気後れしたけど優しく握り返した。

 最後に悠衣子の手を握って歩いたのはいつの頃だったろうか?小学生の低学年あたりだったかな。そんな事を考えながら、また無口になった。二人は言葉は交わさずとも、指を絡め合ったり手をわざと握り返しながら互いの手の感触を楽しむようにして花火大会の会場へと歩を進めた。

 ふいに彼女の細い指が、オレの小指をきゅっと(つね)るようにして来た。隣を見れば悠衣子は俯き加減。下唇を噛むようにしてから

「弘君、東京の大学ん行くのぉ?」と、か細い声で呟いた。オレは前を見ながら頷く。

「じゃけぇ標準語を使うようにしとるの?全然似合わんよぉ」悠衣子の()ねたような言葉に少しむきになった。

「前から決めとった事なんじゃ!女が口を挟みんさんなぁ」少し乱暴になってしまった方言口調を後悔したが、悠衣子はつとめて明るくするようにして

「ほらぁ、やっぱり方言使うたほうが弘君らしいよぉ。……ねぇ、あたしの事忘れんでよのぉ」笑みを向けるあの子の目だけは悲し気に見えた。

 会場が近づくにつれ人混みが激しくなった。オレは悠衣子の前に壁になって、あいつに腰のベルトを握らせ両手でか細い手をしっかと握りながら人の波をかき分け進んだ。

「ずーっと前もこうして歩いてくれたねぇ。覚えとるぅ?」

「中学ん林間学校の時かのぉ?」

「そうじゃ。あの時はあたしたち迷うてしもうて。怖うてさぁあたし泣いてしもうたもんね。拓海のアホがルート地図に悪さ書きして道路を川って書きこんだけぇさぁ、変な林道に入ってしもうたんじゃぉ!」

「そんなんもぉあったげなぁ?」

 確かにオレ達三人は、ふざけている間に通常のオリエンテーリングのルートから外れて窪地になった雑木林に迷い込んだ。その原因は悠衣子の言う通り、拓海が地図を担当する悠衣子の手からそれを奪い、イタズラでまるでデタラメな情報を書き込んでしまったために、ありもしない、地図上の川を捜して右往左往するばかりとなった。

 夕刻近くになると、ただでさえ暗がりとなっている窪地は闇が迫ってきていた。悠衣子はその場にしゃがんですすり泣きを始め、同じ所で拓海は悪態をついては不貞腐れるばかり。そんな中でオレは大きめの切り株を捜し、年輪が成長している幅の差を読み取って北と南を判別。それを基に地図の向きを確かめてから、得意ではなかったがナラの木に登ってみれば、あと少し斜面をよじ登れば自動車、バスが通れるくらいの道路が見えた。

 無我夢中だった。悠衣子が泣いている、自分が何とかしてやらなくては。ただその一心であったのだ。そして、オレは悠衣子を立たせてジャージの腰ゴムを握らせては斜面を登り始めて、なんとか三人で合宿所へとたどり着くことができた。別に大した事じゃなかったんだ。オレ達三人は合宿所の裏手の雑木林で騒いでいただけ。その後、オレと拓海は引率役の先生からこっぴどく叱られた。

「あん時、弘君カッコ良かったんでぇ」あの時と同じ姿勢で進む背中に彼女の声が。

「なぁ、悠衣子よぉ、お前あの時何て言ったんよぉ?」と、昼間に夢の最後で彼女がべそを掻きながら何を言ったのか尋ねてみれば

「忘れたんかぃ!いやじゃ。二回も言ってなんてやらんけぇ!」との答え。

 花火が始まった。会場は市内を縦貫する川沿いにある小学校の校庭と河川敷。オレ達はうまい事に河川敷の土手に座を占める事が出来た……のだけれど。場所は最高なのだが、周りが大変な事になっていた。

 オレと悠衣子は体育すわりで花火だけを、どんよりとした黒雲に覆われ始めた夜空を見上げていた。だってさ、二人の周りはカップルだらけで、それも年上の兄さん姉さん連中ばかり。みんな花火なんかそっちのけでキスしたり、抱き合ったり。オレのすぐ下にいるカップルなんかは、シートに寝そべって男の方が浴衣姿の彼女のバストをまさぐっていたんだから。

 目のやり場に困りながらオレと悠衣子はしきりに花火を

「凄いねやぁ」とか「奇麗じゃねぇ」とか当たり障りのない常套文句をならべては空虚な喝さいを挙げるばかり。花火のプログラムが変わる度に、暫しの静寂が訪れると自然にオレ達の耳には

「だぁめぇーこがいな所じゃぁ」、「人が見とるよぉ」、「げにぃ悪い子じゃねぇあんたはぁ」と、イチャイチャするカップルの声が容赦なく降りかかってくるのだ。

 いたたまれなくなったオレは場所を変えようと悠衣子を見れば、あいつは背中を丸めて小刻みに震わせていた。

「どうしたん?具合でも悪うなったんかい」顔を覗き込もうとすると、彼女はオレの手に自分の手を重ねてからまた、小指をきつく(つね)るようにした。

 顔を上げた悠衣子。涙目でオレを見つめ返してくる。その時、花火大会の目玉である大きな六尺玉が一発“ドォォーン”!全ての空気と時おり小さな閃光を帯び始めた叢雲をも揺り起こさんばかりの衝撃がオレの背を押した。

 視界いっぱいにあいつの少しグロスの掛かったピンクの唇が広がり、こう囁いた。

「東京なんかぁ……行かんでぇ!」あいつの手がオレの襟首をつかんだ時、咄嗟に悠衣子を抱き寄せ、昂る気持ちを抑えられずに唇を重ねたんだ。どんな感覚かなんてわからない。目を閉じたオレに届くのはあいつの髪から漂う仄かな花の香りと、オレの腕の中で震える悠衣子の背中から伝わる温もりだけ。

 一度、身体を離せば悠衣子はオレを見ずに、“くにゅっ”と体を折り両足を揃えて横へと投げ出すようにして、俯いたまま口元に微かに震える自分の小指を当てていた。

「行こう……」オレはあいつの手を取ってから、シートを乱暴に引っ張り上げて二人して人の波に逆らって会場を後にしたんだ。

 どれくらい歩いたかなんてもう覚えていない。人混みと人通りが途絶えた小学校の北側の側道にポツンと立っている自動販売機の辺りまで来ると、たまらなくなったオレは悠衣子の身体を強く抱き寄せて自販機の赤いサイドパネルに押し付けるようにして唇を奪った。それは先刻の挨拶程度のものなんかじゃなく、互いに口を開き歯を鳴らし合いながら舌を絡め合った。オレ達の唇は貪りあい、舌はまるで別の本能と生態を有す粘着質で熱くなった生命体みたいに互いを求め合い、先端部で、腹の部分でうねり、跳ねあがってはまた交尾するように絡み合う。どうしようも抑えの効かない熱いうねりが次々とオレの背筋を駆けのぼって来る。それはあいつも同じに違いない。

 激しく舌を回せば、悠衣子は重ねあった口の中で“はうっ、あふっ”と、喘ぎ声を上げつつオレの舌を求め一層奥まで絡みつけてきた。

 悠衣子の十本の指はオレの黒髪を掻きむしるように掴んで離しては、またきつくつかみ上げてくる。オレは彼女の背中に爪を立てて激しく揺らした。あいつは片手で背中に回したオレの手を取ると自分の良く熟れたバストへと(いざな)った。

 オレはハッとなって互いの身体を離した。悠衣子は頬を上気させトロンとした眼に口を半開きにしたままで一言

「なぁ……」と囁き、肘にねちっこく縋りつく。オレはそんな悠衣子を今までとはまるで違う“女”の顔をしているあいつを直視できずに目をそらしてしまった。

「なぁーあー」悠衣子の口調が急き立てる。オレも彼女が次に何を求めているかは察しが付いていたが、ここでヘタレの虫が胸中で頭をもたげてしまい

「な、なぁ悠衣子……き、今日はもう」次に“帰ろうよ”と言いかけた時

「なぁあああーっ!」もう悠衣子の囁きは叫びになった。それを合図にしたかのように天から雷鳴が轟き、大粒の雨が降り注ぎ始めた。悠衣子は泣いていた。雨にずぶ濡れになってもオレは涙の筋と彼女の顔に降り注ぐ雨粒の区別がはっきりついていた。

「もう、ええよぉー!」オレに背を向けて走り去る悠衣子。オレは……オレはぁー!

暗がりの裏道から大通りへと小さくなっていく悠衣子を必死に追いかけた。

 もうどうなったっていい!頭に浮かんだ拓海の事も、悠衣子と親友の間柄も関係無い!今、あの娘を離したらダメなんだ!それしか考えられなくったオレは雨水でできた水溜まりを蹴飛ばし、ずぶ濡れのまま、無我夢中で悠衣子の小さな背中をバックハグして大通りの手前で抱きかかえた。

「泣かんでよ!悠衣子、しゃーなーけぇ(大丈夫だからぁ)。もう分ったけぇさぁ。泣きんさんなや悠衣子よぉ」もうすっかり濡れネズミの二人。周りでは大きな雨粒が音を立てて路面で水飛沫を上げている。そんな中悠衣子はオレの胸の中へ体を預けてから

「弘ぃーあたしなぁあん時、『ずーっと付いていくけぇ、離さんでねぇ』って言ったんよぉ!」泣きじゃくりながら、林間学校の時にオレが聞き漏らした言葉を悠衣子は繰り返した。そして今度は両手を首に回してから、あの呼び名でオレにこう告げたんだ。

「ねぇ、あんた。今夜、あたしをこのまま返したら一生許さんけぇのぉ。……抱いてよ、あんた。あんたのツレ(おんな)になりたいんよぉ」

 オレは頷き彼女の首筋に熱いキスを送ると、しっかり折りたたんで握っていたシートを傘替わりにして、二人でぴったり体を寄せあって、小走りに駆けだした。行きつく場所なぞ判り切っていた。二羽の(つがい)の鳥が濡れた羽を乾かすための、若い二人のためだけの宿り木。そこを目指しながらオレは心の中で、今度ばかりは姉に手を合わせていた。

そして、オレと悠衣子はその小さな部屋で何の変哲もない、ありきたりな男と……女になったんだ。


 「イヤだぁ!離れてよぉー拓海ぃ」悠衣子の大声は講習に参加しているクラスメートたちをざわつかせ始めていた。拓海がまた、隣の悠衣子に向けて強引とも取れるアピール攻勢を再燃させたのだった。

 彼は彼女の腰に正面から抱き着こうと体を寄せて来ていて、見ようによっては押し倒そうしているかの様にも見える。悠衣子の手では抗しきれない。

「オイッ木崎ぃ!ええ加減にせえよ。近藤さん泣きそうじゃないかよ」、「止めんさいよ。見よっても、もう笑えんよ。セクハラじゃこりゃぁ!」そんなクラスメートの非難を拓海はギロッと凶暴な眼差しで黙らせた。その眼差しはそのまま、オレにも向けられた。

 オレは悠衣子を見ていた。首を大きく振り、もう泣きださんばかりで腕を拓海に乱暴につかまれても必死に抵抗している。

 静かに席を立った。胸の奥にたぎる何かがオレを突き動かす。それに全てを委ねた……もう迷いなんかない!オレは長年の友、いや悠衣子を泣かせる奴を睨みつけて静かにこう呟いた。

「……泣かすなぁ!」と。

 いきなり豹変したかのような拓海の行動に副担任もハラハラするばかりで声を震わせていた。

「木崎君、近藤さんから離れな……え⁈」と、オレが黙したまま真っすぐ二人の方へ歩きはじめたのが意外だったのか女教師はポカンとしている。

「あ、あんたぁ!」悠衣子が二人きりの時以外でオレをこう呼んだのはこれが初めてだった。教室に集っていた七、八名のクラスメートたちは“ええっー!”と、互いの顔を見合わせている。拓海も一瞬悠衣子から離れた隙に二人の間へ強引に割って入った。

「なぁ拓海よぉ……悠衣子はもうオレのツレ(おんな)じゃけぇ。いい加減にしておけやぁ……のぉ」見下ろす視界の中の拓海はいっそう凶暴で何をしでかすか分からない剣呑な眼差しで睨み上げている。

「何だそりゃよぉ!弘、邪魔じゃ。どけやぁ、このヘタレがぁ!われは東京へ行く準備でもしとりゃええんじゃ。その間に、今度はオレがたっぷり悠衣子を可愛がっちゃるけぇ」拓海は猛然と立上り、いかにも喧嘩慣れした態度でオレに迫る。

 野次馬と化した同級生らは口々に「ツ、ツレじゃとぉ!」、「悠衣子ぉーあんたはぁ!」、「撮れ!アップしろ」騒ぎ始めてはスマホを取り出す中、悠衣子はゆっくり立ち上がると、副担任の女教師の行く手を遮るようにしていた。

「おうっヘタレじゃったよ。でもそれも今日までだでぇ。東京行きも止めたよ!オレは悠衣子の側を離れん事に決めたんじゃ。聞き分けろやぁ!拓……いや木崎ぃ!」

 この“木崎”で奴は切れた。

「やろうってのかよぉ!えぇ、まぁしぃばぁあああーっ‼」

「きぃざぁぁきぃいいー!おるらぁあああーっ‼」クラスどころか校内中に響き渡るような咆哮を上げたオレ達はそれを合図にしたかのように、二匹の(ビースト)になった。互いに胸倉をつかみ合い吼え、怒号を上げては周りの机やら椅子を押し倒し、転がしていった。

 木崎は先ず、オレの顔面にパンチを繰り出しメガネが飛んだ。オレの足がそれを踏み潰す。

「こんクソヘタレ!ボケがぁ!」木崎は膝蹴りで脇腹をしたたかに撃ってくる。組み合った姿勢から距離を取ろうというのだ。

「悠衣子が嫌がっとるじゃろうがぁ!もう、われの好きにさせるつもりはないけぇな。あいつはオレを選んだんじゃー!」オレはそれでも襟首をつかんだままで、奴の顔面に向けて頭突きを二回、三回と喰らわせた。木崎は負けじと唸り声を上げながらオレの後頭部へと硬く握った両の拳で何回も打ち据えてくる。

 喧嘩慣れしている木崎の執拗な打撃で、オレは意識が遠のきかけ、襟をつかんだ力が緩みかけた。

「ここで決着つけようでぇ!間柴ぁー!お前は俺と悠衣子が乳繰り合うのを指くわえている方がお似合いじゃけぇ!わしゃのぉー悠衣子が泣こうが喚こうがぁわれより俺の方が良いって言うまで抱いてやったらぁ!」

 木崎はオレをもう一息で組み伏せると思ったのか、下卑た笑いを浴びせかけて来た。その時、脳裏に浮かんだのは、あの花火大会の夜に大粒の涙を流している悠衣子の姿だった。

 そして悟ったんだ。あの時の『なぁあああーっ!』って叫びの意味が。

 あいつはオレに助けを求めていたんだと。木崎と言う二人共通の親友から……いや、男の激しい欲望で女を組み伏しても構わないと思っている目の前のゲス野郎からぁー!

 その時、オレの中の“虎”が目覚めた。呻りを上げ爪を立てて、奴を倒せ!あの娘をオレの大切な悠衣子を泣かす何者をも叩きのめせぇ!……と。

「悠衣子を泣かすなや!ええっ木崎ぃ!泣かすなやぁぁぁ!」離れかけた手に再び力が沸き起こってきた。自分でも信じられないくらいの剛力で奴の身体を高々と差し上げると、教壇をひっくり返してそのままの勢いで、木崎の体躯を黒板に叩きつけた。

「悠衣子ぉー!あんたぁ二人を止めなぁいけんでぇ!」クラスメート女子らからの怒声に悠衣子は

「放っときぃ!決着(けり)付けたがっとるのやぁー‼こりゃ女が口を挟むことじゃないよってなぁ!」と、涙声のままで吼え返していた。

 その言葉を背に受けたオレは渾身の力で木崎の野郎を二度、三度と黒板へとぶち当ててから、この喧嘩を興味本位で撮影してスマホを構えている連中がいる教室のど真ん中へ奴をぶん投げた。

 木崎は仰向けで勢いよく机をひっくり返しながら倒れ込んだ。暫く仰向けに倒れたままだった奴は、起き上がりながら悠衣子を睨みつけるや

「なんなんじゃぉー!面白うねえなぁ。判ったよぉ!そがいな小便臭い女なんざ欲しゅうないでぇのー!」と、悔しまぎれか近くにあった机を乱暴にひっくり返すとあたり構わずに

「どけやぁぁー!」喚きちらしながら大股で教室を出て行った。

 オレは木崎の背中を見つめながら危機が去ったと分かるや、その場でへなへなと膝から崩れ落ちてしまったのだった。手がメガネの残骸に触れて震える手で拾い上げてみれば、無残にフレームはひん曲がりレンズは跡形もない。それでもそれを掛けると後ろから悠衣子がオレに抱きついてきて

「ありがとう。あんたぁ!ようやりなさったなぁー」と、言った。背中には豊満なあいつのバストが押し付けられてきた。

 副担任の女教師が未だに怯えて声を震わせながら、オレ達二人にはここで待つようにと、教頭先生を連れてくると告げてから教室を足早に出て行ってしまった。

 その後、事の顛末を見ていたクラスメートの女子たち四人がオレと悠衣子を取り囲んできた。

「悠衣子ぉー。ちょおっとえげつないんじゃないか?木崎と間柴を両天秤に掛けて争わせるたぁのぉ」と、上からオレと悠衣子を睨みつけてきたのは、四人の内ではリーダー格の田崎という女生徒だった。

「天秤になんて掛けとらんでぇ!木崎の奴はだんだんあたしに触ろうとやっきになっとった!もう辛抱たまらん所まで来てたんじゃよ。だからあたしはこの人、うちの(ひと)に賭けたんだ。あんたらにとやかく言われる筋合いはないのぉ」悠衣子は、まだふらふらしているオレをバックハグしながら田崎と対峙し始めた。

「はんっ!うちの(ひと)だぁ?何だぃわれぇいつの間にやら間柴に抱かれたのかよ?この二股女がぁ!お前、木崎とも関係持ってたんと違うんかぁ!」

「何の事かわからんよ!なんの根拠もないくせにええ加減な事を言わんで欲しいわぇ」

「悠衣子われ、メールで木崎を誘うたじゃろう?木崎の奴はなぁ『悠衣子がなぁ大事な話があるんじゃとさ』って、嬉しそうにしとったでぇ」と、言ってから更に目を泳がせ始めた悠衣子にこう言った。

「あいつはのぉ『どうやら悠衣子は俺に決めたみたいやでぇ』とも言っとったぞ。われよぉ、木崎と間柴が自分とだけおしゃべりしとった思うとったのかよ。就職組の木崎が夏期講習に来とるけぇ、変じゃのぉ思うて聞いてみたのさ、わしゃ」オレも知りえぬ事実を語った田崎は、くすくすと口の端を上げている。

「違う!違うけぇ!」首を振る悠衣子を意地悪くねめつけては追い討ちを掛けるようにこうも言った。

「われはよぉ、初めは木崎と寝たんじゃろう?それであんまりしつこぅされたけぇ、うざぁなって間柴に乗り換えたのと違うか?それでこの夏期講習を利用して、自分だけは傷が付かんようにして、間柴を(けしか)けて木崎を追っ払うことにまんまと成功した。そうじゃないのかよ」これにも悠衣子は声を震わせて

「木崎となんか寝とらん!……木崎は、拓海はもう最近はあたしを執拗に狙うてきたんじゃ。本気でイヤだっ言うても聞かんのじゃよ。もう怖うて怖うてぇー、そのうちげにレイプされるんじゃないかって……じゃけぇぁ弘に縋ったんじゃぁ!必死じゃったんだよぉー!」声を枯らすように抗弁するも、最後のほうはすすり泣きに変わってしまった。それでも田崎はしつこく、オレのツレを蔑むように睨みつけ、今度は、座っているオレの両腿に手を添え四つん這いになって顔を近づけて来た。

「あんたぁ見違えたでぇ。いい男っぷり見せてくれたんなぁ」こう言った後に、奴は

「なぁ間柴君、君はうちら女子の中でも人気が高かったんじゃ。クラスの女子連に筋通さんでぇ独り占めしたとなると、新学期になったら周りがいろいろ騒ぐことになるのぉ。進学にも影響が出るかもねぇー。なぁこがいな狡すっからい二股女なんかよりわしらの所に来んかやぁ」と、執拗に体を擦り付けるようにしてくる。

「ねぇ!弘。信じてよぉー!い、行かないでよぉ……」オレの盆の首あたりには悠衣子の涙が滴り落ちて来た。

 少しの間、オレが目を伏せて迷っていると見たのか、田崎の奴が勝ち誇ってニヤニヤしながら唇を寄せてきやがったんだ。奴の息はどこかタバコ臭かった。そんなクソ(あまぁ)をギロリと睨みつけてから

「田崎よぉ、ヤニ臭い口をオレに近づけんなやぁ!おおっ!」と、田崎のドブネズミを猛然と怒鳴り付けてやった。

 田崎はびくっとのけ反る様に立ち上がってはオレ達をまたねめつけ始めていた。口の端をひくつかせて。

「まぁた泣きよるぅ。悠衣子よぉお前、木崎を呼びつけたんは、オレとの事を自分であいつに伝えるためじゃったんじゃろう?」オレは手を後ろへ伸ばして手の平で頬を擦ってやると、あいつは鼻をすすり上げながら大きく何回も頷いた。

「間柴ぁ!あんた騙されとるんでぇ」

「黙らんかぁー!田崎ぃ、われは何様のつもりでオレのツレを泣かせるんじゃぁー?悠衣子が誰に抱かれとったとしても、もう関係ないんじゃけぇのぉー!今はもうオレのツレになってくれたんじゃけぇなぁ!(まも)っちゃるなぁオレだけなんじゃぁ!」立ち上がったオレは潰れたフレームを掛けたままで、田崎たちへとにじり寄った。奴らはバツが悪そうにして後退り、今度は自分たちが目を泳がせ始めていた。

「オレとこいつはもう、われ、あんたと呼び合う仲じゃ。それにお前らも見たじゃろう。オレなぁこいつのためなら虎になるんでぇ!それに騒ぎならとっくに起きとるよ。あいつらがSNSでとっくにアップしちまったじゃろうけぇのぉ」

 田崎は“ちっ!”と舌打ちしてから腕組みしたままで、教室の後ろでたむろしている男子連中を睨みつける。田崎のグループから険悪な目付きを向けられた連中はすごすごと教室から消えていった。

「既成事実ってやつをぶち上げたって所かい?まぁええや。これからあんたらは毎日針の(むしろ)じゃぁ。覚悟しておけやぁ」これにもオレはケタケタと笑うと

「怖うはないでぇ。これからは悠衣子一人じゃないけぇのぉ。オレと二人で何でも乗り越えるんじゃぉ!それと覚悟しとくなぁ田崎、お前らの方じゃで」と、一蹴してやった。

「な、何じゃおー!」田崎の奴の声には、隠しきれないほどに震えが混じっている。

「ええかやぁ!虎のツレもやはり虎だって事じゃぁ。掛かってくるつもりなら、お前らの息の根ぇ止めるまで二人で追い詰めるけぇなぁ。今からせいぜい準備しとくことじゃのぉ」と、言い放てば田崎は口をへの字にしながら取り巻き連中を引き連れて退散していった。

 オレは背中ですすり泣く悠衣子をぐいっと前へと向かせて

「悪かったな。……今まで一人で怖かったなぁ……オレがもっと早う気づいちゃれば良かったんじゃなぁ」と、言ってやると悠衣子はそれこそ堰を切ったように、オレの腕の中で大声を張り上げて泣き始めてしまった。

 外は依然、強い雨が容赦なく窓ガラスに大きな雨粒を叩きつけている。 

 オレはコイツの背中はこんなに小さかったかなと思いながら、黙ったまま、泣き止むまで気の済むまでずーっと背中を撫でてやるしかなかった。


 雨はいつしか止んでいて、西の空にはつい今し方まで猛威を奮っていた雷雲があった。そこ以外の空には夕日の所為で細くたなびく雲はオレンジに染まって蒼穹の色は少し薄く、秋を思わせるように高くなっている。西の雷雲、黒一色のヴェールの奥からは時折閃光が走り、時間をおいて低く耳朶を震わせる雷鳴が聞こえて来ていた。

 オレと悠衣子は横並びに校舎を出て校門へと歩いていた。悠衣子は水溜まりを避けてはオレの肘につかまりながら忙しなく歩を進めていった。

「教頭先生はぁ寛大じゃったよのぉー」悠衣子が前を見ながら呟いた。オレはひしゃげてしまったメガネフレームを胸ポケットから引っ張り出しては溜息をついて元にもどしてから

「副担任のメガネとは大違いじゃよ。何でもオレらみたいなカップルはこの時期に一つ二つは出てくるもんなんじゃとぉ」

 クソ意地の悪い田崎グループを追い払ってからすぐに、オレ達は教頭室に呼ばれた。そこで一部始終を見ていた若い副担任の先生は、オレ達が男女の深い仲になっている事にカッカとしていたが、年配で好々爺(こうこうや)然とした教頭先生は、言葉柔らかくオレを中心に、同意の上での関係か、避妊はちゃんとしたのかを尋ね、上の様な話をされてから、互いの両親に事情を話しておく事と就学中は努めて普段通り生活することを注意してから、下校を許されたのだった。

 「あのさぁ……教頭先生には、ああ言うといたけんどよぉ……」歩みを止めてから悠衣子と向き合ったオレは近眼で少しぼやけて見える彼女に向けて、あの夜の二人に起きた本当の事を口にした。

「オレ達さぁ、その“最後の一線”ってやつをまだ超えてないんだよなぁ……」あいつもオレを見つめてから、辺りに人がいないかキョロキョロしながら

「あんたのぉ……ア、アレェ勃たなかったもんねぇ」と、顔を寄せながら言った。

 オレはその場で頭を抱えて悶絶した。

「それを言わんでくれぇ。ごめんなさいじゃよぉ!なんか緊張してしもうてさぁー!」

 実はそうだったんだ。あの夜オレのムスコ君は全然元気が無くって肝心かなめの段階で、ふにゃちゃってたんだ。姉が寄こしてくれた、男の決戦兵器たる避妊具“ドンといって来いやぁ”初號機は無残にも未使用のままで、あの小部屋のゴミ箱に消えてしまった訳で……。

 悠衣子はオレの肩に両手をそっと添えてから、優しくこう言ってくれた。

「大したことじゃないよ。あたしも怖かったけど、あんたはあたしを優しゅう抱きしめてくれたじゃないの。なんべんも『好きじゃ。愛しとるけぇ』っ言うてくれたんじゃ。あたしはねぇあの夜からあんたの、間柴弘の嫁になった思うとるんじゃけぇの」そして、オレの肩をバンッと叩くと

「ようある事なんじゃってさ。うちの母ちゃん言うとったよ。そがいな物これからどうとでもなるけぇ心配はいらんってさ」と、目尻と泣きじゃくってしまって半分消えかけた細眉を下げながらにこやかに言ってくれた。

「そ、そうか。お母さんが……ってしゃべっちゃったのかよぉ」

「父ちゃんも知っとるぞ。それとあんたのお姉さんにもいろいろ聞かれたけぇ」

「何を聞いて来たんじゃい?あのクソ姉貴はよぉ」

 恐る恐るオレは悠衣子の両腕をつかむようにして尋ねれば、あいつは少し気恥ずかし気に目を伏せてから

「あ、あんたのアレ、ちゃんと皮、剥けてたかって……」と、ボソリ。

「何聞いとるんじゃぁあの干物女はぁ!でぇ何て答えたんか?」

「い、一応……普通だったと思うって、ご報告申し上げときましたけぇのぉ……」

「あの時にちゃんと見たんと違うんか?」尋ねた途端に悠衣子は両手で顔を覆い上半身をくねくねさせて

「分かんなぁいもぉん!あたしもガチガチでさぁ目ぇずーっとつぶってしもうてぇー!で……どうなんよぉ?」と、言ってから真顔でオレに詰め寄ってきたので

「普通であります。い、一応はぁ」真顔で答えてやると、オレ達二人の間に暫く沈黙が降りてから同時に秋模様になった夕空に向けて笑いあったんだ。

 オレは明るく笑う悠衣子をまたその場でそっと抱き寄せてから

「木崎、いや拓海の事はどうしたもんかのぉ」と、呟いた。

「仕方ないんよ。いつまでも仲良し三人組のままではおれん。その事はあたしも、あんたも、拓海も分ってた事じゃけぇ」腕の中から悠衣子はオレを見上げながら

「まぁだしばらく時間がかかるじゃろ。あんたぁそれだけじゃないよ。これからは何でも二人で乗り越えにゃあならんのよ、分るぅ?」“大丈夫任せろ”と言う代わりに、あいつの頭を撫でてやった。

 悠衣子はそーっと頬に手を差し伸べてから

「なぁあんたぁ……げにぃありがとうなぁ。拓海に勝ってあたしを護ってくれたんなぁ……」また、すすり泣きを始めてしまった。

 そんな、泣き虫のツレにオレは額をコツンと当てて

「お礼を言うなぁこっちじゃよ。オレは誰にも勝ってなんかおらんよ。悠衣子よぉお前がオレに、ヘタレっていう壁を乗り越える勇気ぃくれたんじゃろうがぃ……そうじゃろう?」と、言った。

 すっかり泣き虫の悠衣子はまた肩を震わせては両手でしきりに目の辺りを擦る。

「よう泣く奴じゃのぉ。せっかく上手に描けた眉が消えかかっとるじゃないか。よう似合うとるよ!ぶち(とっても)可愛いでぇ!」

 悠衣子はムッとした顔で、オレの腕の中から離れると

「遅いんじゃよ。この鈍感。最初っからそう言えばええんじゃないかぁー」オレのさして厚くもない胸板を両手で叩く。そして、オレはあいつの手を生まれたての雛を抱えるようにしてそっとつかんだ。

「なぁ、今日はお前をいっぱい泣かしてしもうたなぁ。げにごめんな。じゃけぇ、オレ今日から大切な約束を悠衣子と交わしたいんじゃよ」

 悠衣子はまた、大きく鼻をすすり上げている。オレは秋色を帯びた遥か高い夕空に向けて

「オレなぁこの手、ずーっと離さんからなぁ!ずーっと護っちゃるけぇなぁ!だから、お前はもう泣きなさんなやぁ……ずーっとついて来てくれるかやぁ」と、校舎はおろか近隣にまで届かんばかりの大声を張り上げた。

 もう、誰に聞かれたって構うものかよ。目の前の悠衣子が世界で一番好きだという気持ち、ただそれだけなんだ。

 肩を小刻みに震わせながら悠衣子は

「はい……はい。……ありがとのね。よろしゅう……お、お願い……じ、じまずぅぅー」と、一層うぉんうぉん声を上げる始末。

「しゃーなぁーな。しゃーなー」って囁きながら指の甲であいつの涙を拭ってやると、少し残っていた眉毛のラインが消え去ってしまい、元の眉毛三分の一がポツンと残るばかり。

「うおっ何だか能面みたいになってしもうた。ゴメン悠衣子」オレは能面悠衣子に堪えきれずにその場でのけ反る様にして笑い出してしまった。

「弘のバカっちん!何するんじゃぉ!それと笑うなぁ」悠衣子はそんなオレの脇腹に容赦なく鉄拳を繰り出してから、ようやく笑ってくれたんだ。そして、オレ達は固く手を握り合って校門へと歩き出した。

 誰に遠慮がいるものかよ。ここには臆病で東京の大学へ逃げを打とうとした弱虫のヘタレはもういない。オレはこれからオレ達二人に挑む連中全てに牙を剥く!爪を立て咆哮を上げて叩きのめす!この泣き虫の盾となり生涯を通じて護りきるはこの世界でオレただ一人のみ!今ははっきりこう言えるんだ。

 半開きになっている校門ゲートの二連レールの前まで来た時、悠衣子がピタッと歩みを止めてオレを見上げるといきなり

「ねぇ、あんた。あたしさぁ初めての子供は女の子がいいなぁ」と、言ってきた。

「それは少し気が早いんじゃないのかぁ?悠衣子クン。……行こでぇ!悠衣子ぉー」

 オレが目を細めれば、あいつはぼやけた視界の中でもはっきりと判る屈託のない笑顔を向けてくれた。そして、オレ達二人は手をつないだままでゲートの二連レールを大股で“せぇーの”と、そこにある何か見えない壁を乗り越えるかのように飛んだ。

 二人の足が地に着いた時、また西の彼方で遠雷が鳴った。



 

 

如何でございましょうか。まだまだ満足いただける作品とは言い難い内容ではないかと、ベタベタだなぁ、ありがちな作品だなぁと、まだ精進が足りないなぁと感じております。それでも作品を通して弘と悠衣子の熱いまっすぐな気持ちが少しでも伝わったらいいなぁと思ってもおる次第であります。

これからもいろんな作品にチャレンジしていきたいと考えておりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。梶 一誠でございました。ありがとうございました。

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