3. 秋来たりなば
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廊下に出て右を向く。
と、ちょうど二組の教室から天城が出てくるのが見えた。
天城と目が合う。
思わず逸らす。彼女の視線には、教室ひとつ分の距離を隔ててなお届く力がある。
足許を見つつ、廊下を進む。
視界に俺のものではない上靴が飛びこんでくる。
立ち止まり、顔を上げる。
またも天城と目が合い、慌てて顔をそむける。
「……」
「……」
「……えー」
と、先に声を発したのは天城だった。
「秋来たりなば冬遠からじと申しますが、つい先ごろまでは終日身を焦がすようでありました暑さも和らぎ、夜風に涼しく秋の虫の音などが混じり始めた鶺鴒鳴く昨今、私勝手ながらも御身のご壮健なるを願っておりますが、その後もお風邪など召すことなくご健勝であられますでしょうか」
「……ああ。元気だ」
「えー、斯様に気力充溢しておりましたとしても、勉学に勤労にと日夜問わず奮励される日々を続けておりましては、いずれ精根も尽き果てようというもの、御身はご自身だけのものではありませんことを努々お忘れすることなくご自愛いただきますよう私不遜ながらも諫言さしあげるとともに、いずれの世にか栄えある玉の枝をば掲げませんことを衷心よりお祈り申し上げております」
「……ああ。天城もな」
「……」
「……」
「……では」
「……ああ」
そして俺は踵を返した。
一組の教室前では、宇佐美と小室が待っていた。
「今日はたくさん話せたぞ」
「天城さんがな!」
二人の声が重なった。
宇佐美は「おまえ『ああ』しか言ってねえよ!」と俺の向う脛を蹴り、小室は「っていうかあれ会話じゃないから!」と英和辞典で俺の頭を殴りつけた。
遠く二組の教室からは「あんた日本語でしゃべんなさいよ!」、「天ちゃんって頭のいいバカだよね!」という女子の声が聞こえてきた。