16. カブトムシ
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「天城の気持ちも分かる気がする」
そう呟くと、傍らの二人が俺を見た。
「外のことを中に持ち込みたくなかったんじゃないかな。……俺がそうだったから」
「外のこと?」
河津が首を傾げた。
「学校の外のことだよ。天城だったら声楽だな。俺だったら……」
「伊東だったらお父さんのこととか?」
吉奈が訊いてくる。
「知ってるのか」
「天城から聞いたの。ごめん」
眉をひそめ俯く吉奈。家庭の事情を知られていたことより、寧ろそのしおらしさに面食らう。
「気にしなくていい。喧伝するつもりはないが、秘密にしているわけでもない」
「持ち込みたくないってどういうこと? 学校で知られたくないっていうのとは違うのかな?」
河津が問い詰めてくる。その声音には切迫したものが感じられた。
「そのままでいて欲しいんだよ。それが一番力になる。……あいつらさ、夏休みになったらあちこち遊びに行こうと張り切ってたんだ」
「え、うん?」
唐突な話の転換に驚いたのだろう、河津は目をぱちくりさせた。
「特に宇佐美なんか『海だ山だ彼女だ旅だ恋の炎は家からの距離に比例する!』とうるさかった」
「……あー。宇佐美くんはぶれないね」
「というか意味分かんないわよ」
河津は肩を竦め、吉奈は呆れ顔を浮かべた。
「せっかくの夏休みだ。遠出したいのは山々だったが、俺に遠出するような余裕はなかった。バイトは増やしていたし、その金も家に入れていたしでな。そう言ったら宇佐美はあっさり掌を返したよ。『じゃあ近場でいっか』とな。深夜に当てもなく徘徊したり、コンビニの前で座りこんだり、神社でクヌギに蜜を塗ったり。まさかこの歳になってカブトムシの大きさを競うことになるとは思わなかった」
「彼女の代わりがカブトムシかー」
「あんたら本当に高校生?」
「残念ながらな。後はひたすら自転車で走ったよ。伊良湖岬まで行った。行きだけでまる一日かかった。向こうに着いたらもう夜中でな、海は真っ暗で見えないし、店も全部閉まってるしでがっくりだったよ。もう全身疲れ切ってたし、道端の芝生で寝転がったらあっという間に熟睡だ。そしたら朝早くに起こされた。散歩中のおじさんにな、『こんなとこで寝てたらあかんよ』と。まだまだ寝足りなかったがな、おかげで朝日を見られた」
水平線から顔を出したばかりの太陽は不思議なくらい眩しくなかった。
「帰り道は更に大変だったよ。寝たのが芝生だったからな。全身の筋肉が引きつってたし、関節や骨がずきずき痛んで仕方なかった。宇佐美なんてすぐに音を上げたよ。『自転車置いて電車で帰ろうぜ』って。小室は小室で、いつもの笑顔を浮かべて『宇佐美ごと置いていこう』って、本当に走り出したんだ」
「あー。小室ってそういうとこあるよね」
吉奈は鼻で笑いながらそう言った。
「そしたら宇佐美のやつ、ふらふらと後からついてきたよ。それで名古屋に帰ってきたら、急に元気になりやがるんだ。『いい思い出ができたっしょ。俺のおかげだね』ってな。俺も小室も笑うしかなかった」
「宇佐美くんはどこまでいっても宇佐美くんだねー」
と河津は苦笑いを浮かべた。
「そうなんだよ。俺は、そのままでいて欲しかったんだ」
きっと天城もそうだった。
「……」
二人は何も応えなかった。
「最後の夏休みだった。それが最後まで続いて欲しかったんだ」




