バイオレンスアンサー・夫 ⑦
ある日、仲睦まじいかは別として、一つの家族が、ある健康番組を見ていた。その番組内容はこうだった。
「これから、こちらの画面に様々な色で表記された文字が現れます。皆様は書かれた文字ではなく、文字の色を答えて下さい」
それは認知症の予防トレーニングで、赤色で青と書かれていたら『あか』と答えるものだった。全30問出題され、基本的に全て答え終るまで続けられ、それによって脳の活性化を計る……というものだった。
それを見た妻は口元をにやけさせると、開口一番こう言った。
「ねぇ、あなた。このトレーニング、やってみたら?」
いつものバイオレンスアンサーに対する仕返しのつもりだろうか…………?
妻はテレビに向かって指を差し、夫に強気な態度を取る。
「え……? 何で俺が? ……まあ、別にいいけど」
夫はいつもと雰囲気の違う妻に少々戸惑いつつも、トレーニングを受けてみる事にするが、妻は間違えたら馬鹿にしてやろうという僅かばかりの出来心が芽生えたのだった。
「あ、ほら始まるわよ。私を悲しませるような結果だけにはならないでね? ……ふふっ」
夫が間違える事を内心期待する妻は、つい笑い声が漏れてしまう。
そして画面には最初の文字、赤色で『しろ』と書かれた文字が写し出される。
その文字を見た夫はこう答えた。
「みどり」
「……は?」
予想外な答えにすっとんきょうな声が出る妻。
しかし夫は、そんな妻には気にも止めず文字の色でも、書かれた文字でもない第三の色を答え続ける。妻はその夫の言動に戸惑いを見せる。
「黒、黄色、鼠色、琥珀、黄土色、銀色、ロマンスグレー、ワインレッド、オフホワイト……」
「……ちょ、ちょっと! あなた!」
終わってみれば全問不正解の夫。すると今度は夫が口元をにやけさせ、妻に語りかける。
「うーん、全然駄目だったよ。全部間違えちゃったよ」
「何よそれ!? 私に対しての当て付けのつもり!? 『駄目だったよ』じゃないわよ!?」
その言葉は、妻の悪巧みを暴露するようなものだった。
「冷たいなぁ、君は。全問不正解で落ち込んでるのに、もうちょっと慰めてくれてもいいんじゃないか? 大体、当て付けって何の事だよ?」
「……そ、それは……」
正に形勢逆転する妻と夫。口ごもる妻を見た夫は笑みを浮かべ妻の心理を読み取ったように声をかける。
「ごめん、ごめん……。君は本当は俺が文字の方を読んで間違えるのを期待していたんだろ? そんな君をつい、からかいたくなってしまって……。ちょっと悪ふざけが過ぎたよ」
「あなたって人は……どうして直ぐそういう事を思い付くのよ……。でも、私の方こそごめんなさい……、意地悪い事を考えて……」
悪知恵を働かせた事を頬を赤らめながら素直に謝る妻。すると夫はテレビに向かって指を差し、妻に優しくこう言った。
「まあまあ、もう良いよ。普段変な事を言う俺も悪いし。それよりも君もトレーニングを受けてみたら? 面白いと思うよ」
「……何か企んでないでしょうね?」
妻は先程の悪巧みを棚に上げ、夫の言葉の裏を探ってしまう。とはいえ、普段の夫の言動を考えれば仕方の無いことだが。
「考え過ぎだよ。とりあえず、あまり気負わずにやってごらんよ。……あ、ほら始まるよ」
「分かったわよ。……そんなに急かさないでよ!」
妻は夫の言う通りトレーニングを受けてみる。そして画面には最初の文字、黒色で『あお』の文字が映し出される。
それを見た妻ははっきりとこう答えた。
「あお」
因みに自分はこのトレーニングは受けていません。
……駄目じゃん。