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本来ならばバスや電車を使い1時間以上かかるところでも、妖かしの力を使えば10分で駆け抜けることが出来る。
風を身に纏い、空を駆け抜けていく。
瑠樺が『妖かしの一族』として覚醒して一年が過ぎる。
この一年間で身体能力も妖力も格段に向上している。その能力だけで見れば、すっかり人間の領分を越えている。その異質な能力を持つことが自分にとって良いことかどうか時々わからなくなることもある。それでも、今の務めにその身を置く限り、これは必要な力なのだ。
ふと、気になることを思い出し、瑠樺は行き先を南へと変えた。
そこには草薙響の住むアパートがある。彼にはつい先日、手を貸してもらったことがあり、その礼を言っておきたかった。
アパートの手前、瑠樺の目が草薙の姿をとらえた。
そこは一ヶ月ほど前、火事で燃えた家の跡地だった。まだわずかに燃え残った1階部分が真っ黒に煤を浴びて残っている。それをぼんやりと眺めている草薙響の姿があった。
瑠樺は周囲に気遣いながら、音もなく舞い降りると、草薙に近づいていった。
「草薙君」
「あ、二宮さん」
振り返った草薙は、たちまち瑠樺に気づいて少し警戒するような目をして周囲を見回す。その理由をすぐに瑠樺は理解して少し可笑しくなった。
「大丈夫ですよ。今日、雅緋さんは一緒じゃありませんから」
「い、いや、そんなつもりはないよ」
そう言いながらも、明らかにホッとしたような表情になる。新学期がはじまってすぐに草薙は雅緋や蓮華たちから呼び出され、昨年の秋のことで問い詰められていた。あの二人に責められれば大抵の人は怖く感じることだろう。
「こんなところで何をしているんです?」
「いや、別に……」
だが、草薙がなぜここにいるのかは明らかだ。ここは、以前、草薙が生命を与え、妖かしにした少女の霊がその怒りの炎で父親を焼き殺した場所だ。その後、瑠樺が協力して、草薙はその強い恨みを抱えて『妖かし』となった少女の魂を救うことが出来た。
「まだ気にしているんですか?」
「まあね。ボクのせいで妖かしになった子がいる。そして、死んだ人がいる。気にしないわけないじゃないか」
その気持は少しわかるような気がする。
この地にやってきて、『妖かしの一族』として覚醒してからは、妖かしにも人の死にも何度も接してきた。そういうことに少しずつ慣れてきている自分がいる。
「あなたが全ての責任を負う必要はありません」
「そうなのかな。でも、ボクの力は人を不幸にするんじゃないか」
「あなたの力で妖かしになった子は、あなたの力によって暴走を押さえられたじゃないですか。それにあなたはその力で蓮華さんを助けてくれました」
あの夜、死にかけていた蓮華を見た時、瑠樺はすぐ草薙に助けを求めた。
生命を与える草薙の力。蓮華は「大丈夫」だと言ったが、それが無かったらいかに生命力の強い彼女といえども生命を落としていたかも知れない。
「あの人、大丈夫なの?」
「はい、もうすぐ学校にも行けるようになると思います」
「すごいな……あの傷がこんな短期間で治るなんて。やっぱり普通じゃない」
「そんな言い方しないでください」
普通の人間にとって、自分たちのような『妖かしの一族』は化物のように見られても仕方がない。それでも、人として見られないことは寂しいことだ。
草薙はそんな瑠樺の気持ちに気づき、慌てて首を振った。
「あ、いや……違うんだ。あの人のことより、ボクはボクの力が恐ろしい。亡くなった人に生命を与えて妖かしにしてしまったり、腕や足を失った人を完治させたり……そんな力、世の中にあっていいのかな」
「蓮華さんはあなたに感謝しています。そして、私も」
「そりゃ人の生命を助けるってことだけなら、ボクも悩んだりしない。キミはボクのことが恐ろしいとは思わないのか」
草薙はわかっているのだ。強い力というものが、誰かを助けるだけのものではなく、時には人の生命を奪うこともあるということを。
「あなたは何者なんですか?」
瑠樺は思わずそう訊いていた。
「ボク?」
「私は妖かしの血をひく一族です。私も一族として妖かしの生命を奪うこともあります。けれど、あなたは何者ですか? 人ですか? それともーー」
「わからないよ」
少しイラついたように草薙は答えた。「ずっと人間のつもりで生きてきた。でも、正体は化物かもしれない」
「ごめんなさい。そんなつもりで言ったわけじゃないんです」
自分のデリカシーのない言葉を瑠樺は恥じた。自分だって、普通の人間から同じように言われたら、きっとショックを受けるだろう。
「いや、ボクのほうこそ悪かった」
「いいえ、ただ、あなたが化物だというなら、私も同じです。あなた一人で苦しまないでください」
「ありがとう」
草薙は素直にそう言った。だが、その言葉にはいろいろな複雑な感情が入り混じっているように感じられた。
「あなたの力は昔からですか?」
「それがよくわからない」
「わからない?」
「子供の時からこんな力があったような気もするし、そうじゃない気もする。最近、昔のことを思い出そうとすると記憶が妙にボヤケるんだ」
「たしか草薙さんは京都の出身でしたね?」
「ああ」
「では、『宮家陰陽寮』、その名を知っていますか?」
それは『西ノ宮』の正式名称で、昨年の秋、瑠樺が草薙響本人から聞かされた言葉だ。だが、草薙はキョトンとした顔をして首を振った。その表情は嘘をついているように思えない。やはり、その時のことはまるで記憶していないのだろう。
「何だい、それは?」
「いいえ、知らなければいいんです」
すぐに瑠樺は言葉を切った。草薙が『西ノ宮』と関係がないのならば、それが一番良いように思えた。
いったい草薙響とは何者なのだろう?
瑠樺は自らの力を目の前に立つ若者に使うことを考えた。それは相手の深層心理に入り込み、『真実』を暴き出す力だ。そうすればこの若者が何者なのかわかるかもしれない。
だが、それは躊躇われた。以前、その力を完全に拒絶し、死を選んだ者を知っているからだ。今でもあの後味の悪さは、小さな棘のように瑠樺の心に引っかかっている。
草薙響に最初に会ったのは昨年の秋のことだ。新幹線の中、飄々とした口ぶりで瑠樺たちに話しかけてきた。雅緋や蓮華から冷たくあしらわれても、まるで気にする素振りも見せなかった。そして、瑠樺に対して自らが『西ノ宮』の神のような存在だと明かした。
だが、あの時と今とではまるで印象が違っている。
(別人)
もちろん、ただの人違いや別人などということはありえない。言ってみれば中身がまるまる違っているような感覚だ。
誰かに見張らせたほうがいいかもしれない。
『常世鴉』の誰かに相談してみようと、瑠樺は考えていた。
警戒しているというより、ただ草薙のことが心配だった。




