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翌日――
「矢塚さんはどう思いますか?」
瑠樺は久々、学校帰りに矢塚の屋敷を訪れていた。
『矢塚の一族』は『墓守』と呼ばれ、八神家の中で亡くなった者たちを弔う役目を請け負っている。瑠樺の父、二宮辰巳の墓も矢塚が住む山の敷地にあった。矢塚は、斑目や蓮華と同じように『枝族』という立場で、かつては二宮家に仕えていたこともある。
「何がだい?」
道着に袴姿の矢塚冬陽はいつものように、何もない殺風景な座敷の中央にゴロリと横になりながら答えた。矢塚には、昨年、雅緋の中に宿る沙羅のことで相談した頃からずっと世話になっている。あれ以来、何かあれば話に来ることが多くなっている。常に明確な答えを出してくれるわけではないが、それでも正しい方向へと導いてもらえている気がする。
「さっきから言ってるじゃないですか」
「えっと、蓮華君の妹の話? さっき、そこで会った女の子の話? それとも……」
「何を言ってるんですか? さっき会った女の子? それって何ですか? 私、そんな話していないでしょ」
「そう……だったかな?」
矢塚は茶髪頭を掻きながら起き上がった。
「しっかりしてくださいよ。最近の妖かしの異変についてです」
「どういう答えが望みかな? 面白い答え? 真面目な答え?」
胡座をかいてニヤリと笑う。
「真面目な答えに決まっているじゃないですか」
「ほぉ、難しい注文をするものだね。そんな真面目な答えを期待されても困るよ。そういう質問をボクにされてもね」
確かにそんな真面目に答えてくれるという期待をしてはいけない相手だった。矢塚という男がどういう男なのかは、この一年の付き合いで瑠樺もわかっている。よほど大切な場面ならばともかく、普段、真面目に話すことなど滅多にない。
「矢塚さんって、普段、春影さまにもそんなふうに話すんですか?」
「僕はいつでも変わらないさ」
「少しは変わったほうがいいと思いますけど。とくに今は大変な時期なんですから」
ちょっとだけ皮肉を込めて瑠樺は言った。
「確かに一条家は大変らしいね。『九頭竜』の陰陽師たちも妖かし対応で忙しいようじゃないか。そういえば、最近じゃ『常世鴉』と『九頭龍』、一緒に動いているんだって? 驚いたよ。昔から『妖かしの一族』と陰陽師は水と油だったんだからね。やはり瑠樺君の力は絶大だね」
「私?」
「瑠樺君が春影さまに進言したと聞いたよ」
「それはそうですけど、でも、実際に苦労してくれたのは術者の皆さんです。特に蓮華さんには苦労をかけてしまいました」
「蓮華君は大変だったようだね。大丈夫かい?」
「はい、昨日も会ってきましたが、だいぶ良くなっています。蓮華さんのおかげで、今は、皆さん、協力してくださってます」
「蓮華君も、君のためなら火の中水の中ってところなんだろう。少し怖いくらいだろ?」
「別に怖くはありません」
「いずれにしても彼女の忠誠心は本物だ」
「私には何も返すものがありません」
「本当にそうかな?」
「どういう意味ですか? また矢塚さんまで『和彩』の名のことを言うんですか?」
二宮はかつて『和彩』という名を持っていた。だが、坂上田村麻呂がこの地を征した時、その名を捨てることになった。かつて、『和彩』は『妖かしの一族』を束ねる立場にあった。
「ボクはそんなことは気にしないさ。ボクは『和彩』の名よりも、瑠樺君本人に魅力を感じてるからね」
「また冗談を」
矢塚はニヤニヤと笑いながらーー
「しかし、キミも少なからず考えが変わったものもあるんじゃないかい?」
「……そんな簡単に言わないでください」
瑠樺は言葉に詰まった。矢塚には心の中を見透かされているような感じがしてくる。
「考えを変えるということ悪いことのように思っちゃいけないよ。世の中というものは日々、変化していくわけさ。瑠樺君、キミの周りだってそうだろ? 日々、何かしらの変化は起きているんじゃあないのかい?」
「……変化」
瑠樺の脳裏に草薙響の顔がチラついていた。