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門を出ると、背後から瑠樺を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると一人の女子中学生が200メートルも先から、ものすごい勢いで走ってくるのが見えた。それを見て、思わず周囲に人の目がないことを確認する。スポーツ団体の関係者が目撃でもしようものなら、迷うことなく彼女をスカウトすることだろう。
子供の頃に観た、昔のアニメのワンシーンを思い出す。
「お嬢様ぁ!」
疾風と共に、たちまち蓮華の妹、千波が駆け寄ってきた。
「千波さん、お帰りなさい」
「お姉の見舞いですか? いつもありがとうございます。もう帰っちゃうんですか? もっとゆっくりしていってくれればいいのに。お嬢様が来てくれているならもっと早く帰ってくれば良かった」
そんな姿を見ながら、周りの目を少しは気をしたほうがいいよ……と言いそうになり、瑠樺は言葉を飲み込んだ。そんなことは瑠樺が言うまでもない。子供の頃から妖かしの力に目覚めている蓮華姉妹が、そんなことに気を遣っていないはずがないのだ。
「そういえば茶道部に入ったそうですね」
それを蓮華芽衣子から聞いた時、正直言ってとても意外に感じたものだ。千波はとても活動的な少女だったし、何よりも攻撃的な性格の持ち主だったからだ。彼女には申し訳ないが、静かにお茶を点てている姿は少し想像しにくかった。
「はい、忍耐力を養うためです」
「忍耐力?」
想像していなかったキーワードに瑠樺はまごついた。
「もともと中学に入った時には運動部のクラブにしようと思っていたんです。でも、『妖かしの一族』である私が本気でやったら勝負になりません……というか本気になることは許されません。だからこれまでクラブ活動には参加してこなかったんです。でも、茶道部があることに気づいたんです」
「えっと……茶道に興味があったんですよね?」
すると千波は口を尖らせーー
「いいえ、あんなつまらないもの興味なんてまったくありませんよ」
「え? つまらない?」
「ええ、あんな動きづらい着物を着て、正座して、侘びとか寂びとか、正直言って私にはチンプンカンプンです。いつも茶碗をひっくり返して逃げ出したくなります。でも、それをグッと堪えるんです。それが私の忍耐力をやしなうにはピッタリなんです」
「そういう理由なのね」
どうやら瑠樺が考えていたものと、千波にとっての茶道はずいぶん意味が違うようだ。
「私、いろいろ考えたんです。私とお姉の違いは何なのか。体術で、私はお姉に負けてるとは思いません。私がお姉に比べて劣っているとすれば、それは精神的なものなんじゃないかって気づいたんです。そこで精神力を鍛えようって決めたんです」
「千波さんはまだ芽衣子さんを倒したいと思っているんですか?」
以前、千波はいずれ姉の芽衣子を倒すと瑠樺に話していたことがある。
「当然でしょう」
「どうしてそこまで?」
「むしろお嬢様がどうして不思議に思うのかがわからないんですけど」
「だって、姉妹じゃないですか。仲だって悪くなさそうだし」
「だからといって、私とお姉といつも必ず意見が同じになるとは限らないでしょう? 私がどんなに正しいことを言ってみても、お姉より弱かったら私の意見は通りません。だから、その私の正義を通すために、私はこの家で一番にならなきゃいけないんです」
「芽衣子さんは話のわからない人じゃありませんよ」
「はい、私もそう思います」と即座に答える。
「それじゃーー」
「あぁそっか、お嬢様は兄弟がいないということでしたね」
千波はマジマジと瑠樺の顔を見つめた。
「ええ、そうですけど」
「だからですよ。兄弟がいると考えはきっと変わりますよ。兄弟でも、家族でも、どこでどう意見が食い違うか、考えにズレが出るかなんてわからないじゃありませんか。その時になって、後悔しても遅いんです。だから私は一番になるんです」
それを聞いて、なるほどと瑠樺は納得した。
彼女の言っていることが正しいかどうかではない。どちらかと言えば、千波の言動には驚かされることは多い。しかし、それでも納得出来てしまうのは、彼女がしっかりとした信念を持っているからだ。
幼い頃から『妖かしの一族』として自覚のある彼女と、つい最近になってそれを知った自分との違いなのかもしれない。
次々と喋り続ける千波の言葉が切れるのを待って、瑠樺は千波と別れた。