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「いつも見舞っていただきありがとうございます」
相変わらずのことだが、ベッドの中の芽衣子はいかにも居心地が悪そうな顔をした。「でも、もうほとんど治っているんです。ただ、まだちょっと力が入らないだけで」
そう言って、回復途中の左手を動かしてみせた。
あの夜、蓮華が失った足も腕も今は綺麗に再生している。同じ『妖かしの一族』である瑠樺にとっても、その治癒能力は目を見張るものがあった。『妖かしの一族』の中でも、蓮華の血は特別なものであった。
ベッド脇に置かれたテーブルには教科書や分厚い参考書が積まれている。彼女が成績優秀であることは校内でも有名だ。弁護士の両親を持ち、自らも高校卒業後は法科の大学へ進むことを考えていると前に聞いたことがある。今年、受験生である彼女は、こんな状況であっても学校を休んでいる間、勉強をしているのだろう。
彼女の将来を考えた時、生命を失うことがなくて良かったと心から思う。そして、この騒ぎを早く終わらせなければいけない。
「無理はしないでください。もともと私のせいなんですから」
「とんでもありません。私のケガは私自身の問題です。お嬢様のせいなんかじゃありません」
今にもベッドから飛び起きそうな勢いで芽衣子は言った。かつて蓮華の家は二宮に仕えていたという過去があるらしく、蓮華芽衣子は年下の瑠樺を『お嬢様』と呼んで慕ってくれている。
「わかりました。そう言ってもらえると少しは気が楽になります」
「皆の様子はどうですか?」
「蓮華さんのおかげで、最近では、皆、協力しあって妖かしに対処出来るようになっています」
「そうですか。少しはお役に立てたのですね」
「少しどころじゃありませんよ。蓮華さんがいなかったら、『常世鴉』はなくなっていたかもしれません。『九頭龍』の人たちも、今ではこれで良かったと言ってくれているようですよ」
「そうですか」
蓮華は少し嬉しそうな顔をした。だが、すぐに真剣な表情に変わりーー
「ところで彼女のほうは大丈夫ですか?」
「綾女さんですか? ええ、まだ傷が癒えていないらしいですが、心配することはないと出石さんが言ってましたよ」
「そう、良かった」
芽衣子はホッとしたように言った。もともと傷自体は芽衣子に比べればそう大きなものではなかった。それでも綾女の方を心配するのが芽衣子なのだと改めて感心する。
「やはり栢野さんの娘さんですね」
「そうですね。あそこまで強い人間に会ったのは初めてです。しかし、いかに強いといっても、彼女は我々とは違って人間です」
二人の戦いがどのようなものだったのか、それは本人たちだけしか知らないことだ。蓮華も綾女も詳しいことは話そうとはしない。だが、その二人の言動を見ていると、二人がその戦いの中で理解し合えたのではないかという気がしている。
「妖かし共はどういう状況ですか?」
「今、行方を捜していますが、ここ数日は『フタクビ』は姿を見せていません」
それを聞いて、蓮華は表情を強張らせた。
「アレは強いです」
蓮華は真剣な眼差しで言った。「不意をつかれたとはいえ、遅れをとってしまったことが悔やまれます。皆も気をつけるように伝えてください。アレは私たちの動きを読みます」
「動きを読む?」
「はい、あれからずっと考えていたんです。『フタクビ』はきっと私たちの術や動きをハッキリと読んでいたような気がするんです」
「妖かしでそこまでの動きをするものでしょうか。それじゃまるでーー」
「はい、『妖夢』にも近いものを感じました」
妖かしは稀に強い邪気によって、『妖夢』と呼ばれる妖かしになることがある。
「それは厄介ですね」
『妖夢』という言葉に、昨年のことを思い出す。あの時は一条春影の意識を呑んだ『妖夢』が相手だったせいで、とてつもない強さに変化した妖かしだった。
「もちろん、『妖夢』ほどの強さがあるわけではありません。性質も違っていました。しかし、それとは違う強さがあります。私も一日も早く復帰しますから」
「無理せず、ちゃんと休んで治してください」
「あの……彼にもお礼を言っておいてください」
彼……それはクラスメイトの草薙響のことだ。大ケガをした蓮華を助けてくれたのが草薙響だった。
「わかりました」
瑠樺はそれに頷いて、蓮華家を後にした。