18
瑠樺は蓮華と共に一条家へと向かった。
妖かしの力は使わずにバスに乗り込む。
蓮華は、もう大丈夫だと言っているが、その動きを見ていると、まだ少し体に痛みがあるようだ。きっと今回のことを知り瑠樺のために無理をして復帰を急いでくれたのだろう。
バスに乗ると、蓮華は少し声を潜め、周囲を気にしながらーー
「どうして美月さんが殺されたのでしょう?」
「どうしてって?」
「美月ふみのさんは『妖かしの一族』です。『美月の一族』です。美月は『妖かしの一族』の血族です。私のようなその影響を受けて妖かしとなった『枝族』とは根本的に違います。そんな美月さんが矢塚さんに殺されるなんてことがあるんでしょうか」
「ふみのさんが死んだということを疑っているんですか? でも、実際にふみのさんが亡くなっているのを私は見ました」
「いえ、そういう意味ではありません。確かにふみのさんは亡くなられました。でも、私にはそれが今も信じられないんです」
「それは私も同じです。でも、美月さんが殺されたのは矢塚さんの土地です。あそこでは矢塚さんは無敵です。それは蓮華さんも知っていますよね」
「それは知っています。しかし、そんなことは美月さんだって十分に理解していたはずです。あの『騙し神』と呼ばれる美月さんですよ。彼女がむざむざあの土地に入り込んで殺されるなんて……何かおかしい気がします」
「それじゃ、蓮華さんはどうしてこんなことになったと考えているんですか?」
「それは……わかりませんが……」
蓮華は困ったように言葉を濁した。だが、その蓮華の言っている意味は瑠樺にもよくわかった。思えば、妖かしたちの異変も含め、全てが腑に落ちないのだ。
「実は、矢塚さんが結界をはる直前、草薙さんが矢塚さんの屋敷に入ったという情報があります」
「草薙君が? どうして?」
蓮華は首を捻った。蓮華にとっても、矢塚と草薙との関係はまるで考えられないようだ。
「わかりません」
「そのこと皆は知っているんですか?」
「いいえ、そのことは蓮華さんのチームの野愛さんが教えてくれたことです。野愛さんには黙っていてくれるようお願いしてあります」
「それなら大丈夫ですね」
蓮華も野愛に強い信頼を寄せているようだ。「しかし、この件に草薙君が関わっているとは思いませんでした」
「草薙さんも見つかっていません。いったいあの屋敷で何があったのでしょう?」
「あの……草薙君が矢塚さんのところに行ったのはいつですか?」
「山を閉じる直前だそうです。それが何か?」
蓮華は少し迷うような口ぶりでーー
「いえ……実は私、その前に彼に会っているんです」
「どうして?」
「特別な事情があったわけではありません。ただ、あの日、リハビリのために外に出て、そのついでに彼に礼を言っておきたいと思って立ち寄ったのです」
「そうだったんですか。その時、彼の様子は?」
「……わかりません。さほど気になることはありませんでした。あ……いえ」
蓮華は何かをふと思い出したような顔をした。
「何か?」
「あれ……?」
戸惑ったような顔をして、蓮華は額を押さえた。
「どうしたんですか?」
「今、何かを思い出したような気がするんです。そういえばあの時、誰かに会ったような……でも、それが思い出せないんです」
「思い出せない? 誰に会ったんですか?」
「ええ……確か……雅緋さん? いえ、違います。でも、彼女のような……いえ、違います」
自分の記憶に自信なさそうに首を振る。こんな蓮華を見るのは珍しい。
「大丈夫ですか?」
「ダメです、思い出せません。すいません。こんな曖昧なことを」
「いえ……気にしないでください」
こんなことになって蓮華も混乱しているのかもしれない。
「何からなにまでわからないことだらけです。そもそもどうして矢塚さんは逃げたのでしょう?」
「追手がかかると思ったんじゃないでしょうか?」
「でも、あの地が矢塚さんにとって、もっとも安全な場所なのでは?」
「……そうですね」
言われてみればその通りかもしれない。矢塚も術者ではあるが、その力が一番発揮できるのはあの山にいてこそだ。あの地を離れたということは、何か目的があったということだろうか?
「やっぱり何かおかしい気がします。一条家にも、術者たちにも気をつけたほうがいいかもしれません」
「一条家にも?」
その瑠樺の戸惑いに、すぐに蓮華は気づいてさらに言った。
「実は、春影さまから卒業後の進路について話がありました。今からでも、進学ために有利な高校に転校しないかと言われました」
「蓮華さんにも?」
「やはりお嬢様にもありましたか。私の場合、進学するとなるとどうしてもここを離れなければいけないのはわかっていたはずなのに。つまり少しでも早く私たちをここから遠ざけたいと考えていられるようです。もちろん断りました。私は自分の力で、進みたい方向へ進むつもりです」
「どうしてそこまで私たちを遠ざけようと……」
「やはり、陰陽師と私たちとではわかりあえないのでしょうか。私も綾女さんたちを信じたいです。しかし、もともと彼らは『西ノ宮』の側の者です。もしも、どちらか一方に立たなければいけなくなった時、彼らがどちらの味方になるかはわかりません。私は、お嬢様についていきます。それがもし、彼らに反することになったとしても」
蓮華は決意の眼差しで瑠樺を見た。
それは決して大げさなセリフではない。それが今の状況なのだ、と瑠樺は心の中で自分に言い聞かせた。




