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淡い紫色で全体的に撫子が描かれた着物を着た、まだ20代と思われる若い女性。
長い黒髪を後ろで一房にまとめ、その手には真っ赤な藤柄の和傘が握られている。その女性の視線は間違いなく瑠樺へと向けられている。
瑠樺が近づいていくと、女性は丁寧に頭を下げた。その肌は色白く、ほのかに香水の香りをさせ女性らしいしなやかな動きをするが、その真逆の剛の印象を受ける。
「はじめまして二宮瑠樺さん、私、隼音怜羅と申します」
さっきの侍とは違って怜羅からはまったく殺気を感じられない。それでいて、それ以上に危険な匂いを漂わせている。
「私を知っているのですか?」
「もちろんですわ」
怜羅の物腰はやわらかい。
「今のはあなたが?」
「ほんのご挨拶がわりです。素晴らしい判断力でしたね」
そう言って怜羅は微笑んだ。目元に薄く赤い紅がさしてあり、大人の色気が感じられる。
「ただの幻術とは違いますよね」
「はい、幻術であり幻術でない。あれは私の知る最強の剣士。かつて五稜郭の戦いで死んだ武士の魂。一つ対応を間違えば首が飛んでいたかもしれませんわね。もちろん、瑠樺さんならそんなことにはならないと見込んでのことです」
恐ろしいことを簡単に言ってくれるものだ。
「鬼のように見えました」
さっきの侍には小さな角があった。
「はい、私の中のものは鬼と化すのです。これ以上はナイショです」
「隼音怜羅さんと言われましたね。いったいあなたは?」
「『詩季の一族』の使いで参りました」
その名前を聞き、再び背筋に緊張が走る。やはり、矢塚が言っていたことは当たっていたということか。
「詩季の?」
「その名は知っていてくださっているのですね。まあ、当然ですわね。私、隼音家の者は古くから『詩季の一族』に仕えております」
隼音、それはこれまで聞いたことのない名前だった。
「使いというのは?」
「そうそう、お伝えしなければいけないことがありました。私はそのためにやって来たのですから。『詩季の一族』は、瑠樺さんに戦いを挑むこととなりました」
「戦い? どうして?」
「あなたが『和彩』の名を名乗れるほどの力があるかどうか計らせていただくためです」
「さっきのアレがそれですか?」
「いいえ、さっきも言ったとおり、あれは私個人のただのご挨拶です」
ずいぶん物騒な挨拶なものだ。
「けれど、私は『和彩』を名乗るつもりはありませんよ」
「おや、そうなんですか? 困りましたね。でも、すでに『詩季の一族』は動き始めています。もう止めることは出来ませんわ」
柔らかな物言い。それでもからかっているわけではなさそうだ。
「一つ教えてもらえませんか?」
「あら? 何でしょうか?」
「最近、この地に住む妖かしに異変が起きています。それは『詩季の一族』の影響を受けているのではないかと言う者もいます。そうなのですか?」
「さて、どうでしょう? 確かにそれは否定出来ませんわね。詩季は『戦神』。その妖気も強いものですから、そういうこともあり得るのかもしれません」
「どうすればいいのでしょう?」
「そうですわね。もし、それが本当に『詩季の一族』が原因だとすれば、静めればいいのですよ。和彩の力で『詩季の一族』を倒して従える。そうすればきっと詩季の力は静まるでしょう」
当たり前のように怜羅は言った。
「私は戦いたくありません」
「戦いはお嫌いですか?」
「好きではありません」
「瑠樺さんは平和主義者なのですね」
「いえ、そういうつもりではありません。戦わなければいけない時には迷いなく戦います。ただ『詩季の一族』は同じ『妖かしの一族』です。戦う必要のない相手だと思います」
「必要があるかどうかなんて誰が決めるんです? 『詩季の一族』にとって、この戦いは必要なものなのです」
「同じ一族の仲間なのにですか?」
「仲間とは何でしょう? 同じ一族だからといって仲間とは限りませんわ。長い歴史の中、同族の中でも争いがあったこと、ご存知ではないのですか?」
その時、橋の向こう側に人影が見えた。
「とりあえず今は止めておきませんか?」
音無雅緋が仁王立ちでこちらを睨んでいる。
すぐに怜羅もそれに気づく。
「そうですね。ここでやり合うのは難しいようです。またお会いしましょう」
丁寧に頭を下げて、怜羅は去っていった。
* * *
静かに雅緋が近づいてくる。
「あれは? 誰なの?」
険しい目で怜羅の去っていった方向を睨む。もともとの性格なのか、呉明沙羅という霊体を身体に宿しているからかはわからないが、雅緋の警戒心は常に高い。
「『詩季の一族』の使いの方だそうです」
「詩季? でも、あの気は?」
「そう、不思議な人ですね。私たち『妖かしの一族』と似ているようで違うものを持っている」
「それで?」
「え?」
「あの人、何しに来たの?」
一瞬、どう答えればいいかを迷った。つい『詩季の一族』の使いであることを雅緋に教えてしまったが、雅緋は彼女のことをどう思うだろう。
「あ……たまたまお会いしただけです」
ヘタな嘘だと思いながらも、瑠樺は咄嗟にそう答えた。
雅緋には怜羅が言ったことを話さないほうがいいだろう。もし、『詩季の一族』が瑠樺に戦いを挑むなんてことを聞けば、雅緋が何をするかわからない。
「たまたま? こんなところで、たまたま?」
明らかに疑いの目で雅緋は瑠樺を見つめた。ここは早めに話を切り替えたほうが良さそうだ。
「雅緋さんはどうしてここに?」
「あなたに会いに来たのよ。ちょっと相談したいこともあったのよ。いけなかった?」
「まさか。相談って何ですか? 雅緋さんが私に相談なんて珍しいですね」
それは素直に嬉しく思えた。いつも雅緋に助けられてばかりの自分にとって、彼女の助けが出来るならそれは喜ばしい。
「ちょっと沙羅のことでね。それより、最近はずいぶん忙しいみたいね」
「まあ、いろいろと」
瑠樺は再び言葉に詰まった。
「それで、蓮華さんの具合はどうなの?」
「あ……それは……」
瑠樺は狼狽えた。蓮華のケガのことは雅緋には話していないはずだ。「何のこと……を?」
「なによ。ずいぶん隠し事が多いのね」
「いえ……そんな……」
「隠さなくてもいいわよ。あの人、ケガしたんでしょ? 知っているわよ」
「どうしてそれを知ってるんですか?」
「バカね。あの人、ずっと学校、休んでるじゃないの。あの人が学校を休むなんてよほどのことがない限り有りえないでしょう。隠しているのはわかるけど、そのくらい教えてくれてもいいんじゃない?」
言われてみればそのとおりかもしれない。ただでさえ蓮華は校内では人気もあって有名人なのだ。連日休んでいれば噂になっていてもおかしくない。
「大丈夫です。だいぶ良くなってますから、またすぐに登校出来ると思いますよ」
「そう。あの人もしぶといわね」
と、やはり憎まれ口を叩く。「でも、大丈夫なら良かったわ」
やたら冷たいことを言うが、実のところ誰よりも優しい人だということを、瑠樺はここ一年の付き合いでよく知っていた。
「寄っていきますか?」
「いえ、またにするわ」
そう言うと、雅緋は帰っていった。
雅緋との付き合いも1年以上が過ぎる。これまで何度も雅緋には助けられてきた。だが、雅緋は一条家の人間でもなければ、『妖かしの一族』でもないため、あまり多くを話すことが出来ない。
雅緋もそのことはよくわかっている。今夜も、蓮華のことが心配になってそれを聞きにきたのだろう。
(ちゃんとしなきゃ)
自分が中途半端なことをやっているから、雅緋たちにも心配をかけてしまう。
答えを出す時期が来てるような気がした。




