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 それから一週間、瑠樺は一条家の若い術者たちと、騒ぐ妖かしの対応をするために忙しく過ごした。

 妖かしの対処には、二つの方法を取っていた。騒ぐ妖かしは通常では考えられないほど、その妖力が大きくなっている。そのため、符を使って妖力を小さくすれば大人しくなる。それが効かない場合には、妖かしそのものを浄化しなければならない。

 妖かしの性質上、昼間は頻繁に活動することはない。

 日中は通常通りに学校へ通い、放課後になると、瑠樺は一条家に集まり、術者たちと共に街を巡回した。

 一条家に立ち寄っても、春影とはあまり顔を合わせないようにしていた。先日、春影からされた話のことが気になっていたからだ。あの翌日、瑠樺は担任に呼び出され、留学のことを打診された。一条家は表の世界でも、この地では盟主とされている。春影が学校に手をまわしたのは明らかだった。

 担任は、それがいかに条件の良い話なのかを熱く説明した。確かにそれは悪い話しではない。それを聞いた事情を知らないクラスメイトたちは羨望の眼差しを向けた。瑠樺自身、もしも、普通に高校生活を送っていたなら、その魅力に頭がいっぱいになっていただろう。

 だが、今、春影がこの話を持ってきたのは、瑠樺をこの地から遠ざけようとしているからだ。そう思うと素直に話を聞くことが出来ない。むしろ、その可能性にショックを受けていた。

 出来る限り、その話を忘れて『妖かしの一族』としての務めに励もうとした。

相変わらず、『フタクビ』の行方はわからない。

 それは突風のようなものだった。その巨体からは想像も出来ないほど、突然現れては即座に消えていく。瑠樺も一度、目にしたことはあった。だが、瑠樺が封印しようと動くよりも早く、それはたちまち姿を消した。それはまるで相手の力量を知っているかのようだった。

 妖かしは野生の動物のようなものだ。

 本能のままに動く。

 中には人間に近い知恵を持つものもいるが、それは極少数だ。

『フタクビ』のような凶暴な妖かしの場合、多くは本能で行動するもので人間のような知恵を持っているものはほとんどいない。

 それなのにこれほどまでに発見出来ないのはなぜだろう。

 ふと一つの考えが頭をよぎる。

(あれは……式神?)

 もし、この妖かしの異変が、誰かの意図しているものだとしたら?

 だとすれば、妖かしたちのこの動きにも納得が出来る。

 だが、もしそうだったとしたらそれは何のために? こんな小さな混乱が続くことに何の意味があるのだろう。

(詩季の一族?)

 しかし、それは瑠樺の持つイメージとは違っている。もちろん、瑠樺は『詩季の一族』のことなど知りはしない。それでも自分の中に流れる『妖かし』としての血が、それを否定している気がする。彼らはそんな姑息なやり方はしない。戦う時には直接的に挑んでくるだろう。

 では、一条春影の変化はそれに関わっているのだろうか。何の根拠もないのに、自分を遠ざけようとしていることにも関係があるようにすら思えてきてしまう。

 出来る限り、そのことを考えないようにした。それを考えると、誰を信じていいかわからなくなるからだ。

 矢塚は何と言うだろう? 矢塚の意見を聞いてみたかった。

 だが、今、おそらく矢塚は山を閉じていることだろう。

 答えが出せないまま、時が過ぎていく。


*   *   *


 いつものように街の監視を終え、若い術者たちと共に報告のために一条家へ向かう。

 そして、斑目への報告後、速やかに一条家を出てアパートへ帰る。

 すでに夜8時を過ぎている。

 ついさっきすれ違った女子高生たちの姿を思い出して不思議な気持ちに襲われる。自分も本当なら、そんな普通の女子高生の一人だったはずだ。

 少し疲れている。でも、それでいい。

――後悔していないのかい?

 矢塚の言葉が思い出される。

 後悔はしていない。それでも、今の自分の生活が誰かの役にたっているのだろうかと迷うことは度々だ。しかも、今は春影からこの地を離れるよう促されている。いったい妖かしを追うこの毎日にどんな意味があるのだろう。

 そもそも、自分はなぜこんなにも迷っているのだろう。

 自分が何を望んでいるのかもわからなかった。

 瑠樺は足を止めて、空を見上げた。

 月の光を受けて、八重桜が咲いている。

 既にソメイヨシノは散りはじめているが、八重桜はこれから咲きそろう時期だ。

 息を強く吐くと、それは微かに白く変わった。

 ふと、正面から歩いてくる人影を見て、瑠樺は思わず目を見張った。

 それは侍だった。

 髷は結われていない。散切り頭だ。

 浅葱色の羽織。その腰には大小の刀が刺してある。

 瑠樺が驚いたのはその気だ。日々、妖かしの対応に追われる生活を続けている瑠樺にとって、その姿よりもその気にこそ敏感になっている。

 それは人間のものではなかった。

 その額には小さな角が見える。

(鬼?)

 しかし、それは妖かしのものとも違っている。

 ただ、亡霊が迷いでてきたわけでもなさそうだ。しっかりとした足取りで瑠樺のほうへと近づいてくる。

 その鋭い目が真っ直ぐに瑠樺を捉えている。

 左手の指先が腰に下げられた大刀に微かに触れている。右手はダラリと垂れているが、いつその刀の柄に手を伸ばして不思議ではない。きっと、それは一瞬のことだろう。

 まるでスキが見えない。

 殺気があるわけではないが、一瞬でもスキを見せればこちらの首が飛ぶのではないかと思わせる気配がある。

 足音が聞こえてこない。

(これはーー)

 実体がない。周りの空気を震わすこともない。

 だが、それなのに生命がある。

 それに瑠樺はすぐに気がついた。それにも関わらずこのピリピリする感覚はただならぬものを感じさせる。

 危険な存在。

 一つ間違えばこちらの生命が消える。

 そう感じさせるものがある。

 瑠樺は慎重に『その時』を待った。

 そして、その男が通り過ぎた瞬間、空気が変わるのを合図にするように、瑠樺はその手の中に武器として『大鷲の羽』を作って振り返った。

 次の瞬間、煙のようにその男は消え去っていた。

(今のは……)

 大きく息を吐き出し、再び前を向く。

 そして、瑠樺はその向こう側に、着物姿の女性の姿を目にした。


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