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6-9

「んじゃ、次は健の話か」


 他の二人とは違い、健が戦う姿はこの場にいる全員が目にしたことがある。


 圧倒的なその強さは見たことがある程度で理解できるものではない。少なくとも星司は目で追うのが精一杯で、何をしているのかまで思考を回すことはできなかった。


 あの強さの秘密。それは星司がずっと知りたいと思っていたことだ。


「健の強みを一言で言うなら手数の多さやな」

「剣術だけでもいろんな流派に精通していますよね。大体は見て覚えたって聞きました」

「健君は目がいいよね。武藤流を少しだけ教えたことがあるけどほぼ完璧だったよ」


 優雅に肯定する形で海里は星司もレオンも知らない交友を暴露する。


 一年ほど前、海里は消息を絶っていた時期がある。心配かけたくないからと隠れて療養していたのだ。

 リハビリがてら健や紅鬼衆と手合わせしていたという話は聞いているので、そのときに教えていたのだろう。


「健さんは術にも精通していますよね。先程の妖具もどきもそうですし、ここのシステムも健さんの術なのでしょう?」

「そうですね。俺は術についてさっぱりやから細かいことはよう分からへんけど」


 資料室の仕掛けも、出入り口のも健の術によるものだとは。

 漫画やアニメで出てくる魔法のようなイメージでいたが、こんなこともできるとは驚きだ。応用なら使い方はいくらでもあるということか。


「剣術に術、いろんなとこから柔軟に集めて組み立てる。それが健の戦い方で、それをしながらでもお釣りが出るくらいの頭を持っとる」


 天才。神の領域と言ってもいいだろう。健の頭脳は人間の枠で収めておくことができない代物だ。

 膨大な知識を使いこなすだけではなく、状況が目まぐるしく変わる戦場でそれをやってのけた上にまだ余裕があるのだから手に負えない。


「健は相手、状況、後は気分なんかで細かく戦法を変える。せやから攻略法も対策もこれといったものはない」


 対策を立てられないように健は戦い方を変えているんだろうな、とぼんやり考える。


「とはいえ、弱点がないわけでも――」

「あら、健の対策会議中かしら?」


 八潮の言葉を遮るように美麗な声が場を打った。甘い香りを仄かにまといながら現れたのは国を傾ける美貌の持ち主だ。

 美しさの黄金比だけ詰め込んだその顔に微笑を浮かべている。


「嬢ちゃん、帰ってたんか。てっきりあっちにずっといるんかと思ってたで」

「私にも仕事があるもの。二週間も放っておけないわ。それに、戦うなら準備も必要でしょう?」


 夜の言葉には不審な点は特にない。なのに、まとう雰囲気のせいか怪しさが付きまとう。


「そう警戒しなくても大丈夫よ。貴方たちの作戦会議を私が聞いたところで結果は変わらないわ」

「自分たちが勝つと?」

「いいえ。貴方の考えくらい健なら推測している。だから結果は同じ。勝敗はやってみないと分からないわよ」


 強さに驕っているわけではない夜は理性的に並べる。


 すでに知っていることを改めて聞いたところで意味はない。夜はそう言っているのだ。

 星司たちが必死に考えて出した作戦も健にとっては想定の範囲内。ならば、その中でよりよい結果を出すために励めばいい。


「ああ、でも健に絶対勝てる方法はあるわよ」


 甘い声で囁く夜は手枷をその指に引っかけて見せびらかす。

 星司には分からないが、それを見た八潮と和幸は表情を劇的に変えた。怒りというにも微妙に違う、でもあえて言葉にするなら怒りを呼ぶべき表情だ。


「これを使えば健に勝てるわ。嵌める隙があれば、だけれど」

「冗談でも笑えへんけど、嬢ちゃん?」

「あら、冗談じゃないわ。これは、そうね。覚悟の問題ってところかしら」


 努めて平静を装う八潮を躱して夜は手枷を星司の前に突き出した。


「これを使えば健に勝てる。ただ、これを使えばきっと今の健は死んでしまでしょうね。それでも使いたいなら貴方にあげる」

「いらない、です。必要ないです」


 星司はそこまでして勝ちたいと思っているわけではない。そもそも今回の対戦はそういうものではないはずだ。

 深い闇を映し出す瞳はただ星司を見つめ、見据え、赤い唇で弧を描いた。


「及第点ってところかしらね」


 小さく呟き、夜は持っていた手枷を宙に弾いた。照明の光でキラリと瞬いた手枷はその瞬きのうちに崩れ去った。零れる花弁のように舞い散った。


「もしかして偽物だったん?」

「レプリカよ。本物は闇市で見かけてすぐに処分したわ。悠の怒りを買うのは面倒だもの」


 登場してから常に自分のペースを崩さない夜は常識を歌うようにそう返した。


 差し出されたものが偽物だったのなら、星司の答えは無意味なものだったのか。ただからかわれただけだったのか。

 考える星司を闇色の目が静かに見つめている。


「断ると分かっていたから用意しなかった。私が見たかったのは答えたときの貴方の表情。その目」

「……何のために?」

「そうね。興が乗ったから、かしら。もしくは現状を確認するため」


 本当か、嘘か。判断させる隙も情報も夜は与えてくれない。

 気紛れのように歌い、意味ありげに微笑む。真には触れられない。


「牛歩でもちゃんと進んでいるのね。これなら貴方の出す答えも楽しめそうだわ」


 自分の中だけでそう完結させ、夜は八潮へと向き直る。


「貴方に睨まれるなんて久しぶりだったわ。野良犬みたいだった貴方が飼いならされて、人にものを教える側になるなんてね」

「これでも門衛の後輩にはちゃんと教えてるんやで」

「ふふ、じゃあ二週間後楽しみにしているわ。貴方の腕を存分に振るいなさいな」


 声を零して笑う夜の姿は親しい者だけに見せる親愛で満ちていた。

 妖しさをまとう少女の年相応の姿を初めて目にした気がする。

 珍しい姿を覗かせた少女は場を掻き乱し、甘い香りだけを残して廊下の方へと姿を消した。


「で、話を戻して健の弱点なんやけど」


 掻き回された場の空気など気にも留めず、八潮は夜を見届けてすぐにそう切り出した。


「端的に言えば、体力やな。健は致命的なまでに体力がない」


 圧倒的な強さを誇る健は実のところ、小柄な見た目通りの体力と筋力がない。

 身体の使い方は天才的でも、そのための身体が出来上がっていないのだ。


「身体強化も限度があるからな。動きを最小限にするのが健の基本や。健は動かん。せやから動かざる得ない状況を作って、体力を削っていくんが基本戦法やな」

「しかし、そう簡単にはいかないでしょう?」

「せやな。だからこそ、鍛錬あるのみっちゅうことや。健に対抗するなら下手に策を弄するよりも、力を磨くのがええ」


 立ち上がり、八潮は夜が消えた廊下の入り口まで進んで向き直る。


「殺し合いでないなら健は勝てん相手やない」






 八潮の案内にされ、広い空間に一行は立っている。実に続く廊下に並ぶ部屋の一つだ。

 それなりに奥まで来たが、廊下はまだ続いている。作り手同様に底が知れない。


 この空間は処刑人メンバーが手合わせするために作られているらしく、壁も床も天井も簡単には傷がつかない仕様になっているようだ。暴れ放題というわけだ。

 和幸の目で見て分かるくらい頑丈なようで、術の実験なんかもしているのかもしれない。


 今、そんな空間の中で八潮と優雅が向かい合っている。


「タイミングは任せるで」


 八潮は片手剣、優雅は両手剣。それぞれ木剣をその手に握っている。


 鍛錬用に一通り揃えられていたそれはほぼ使われたことがないようで、新品同然だ。

 処刑人は戦い慣れした者しかいないので、手合わせは真剣や自分の得物を使うことが多いのだろう。


「お願いします」


 一度深く頭を下げて、優雅は両手剣を構え直して仕掛ける。


 真面目な姿から放たれる攻撃もまた真面目そのものだ。

 模範解答。お手本通り。見本を一つのズレもなくなぞる一撃。


 正道を突き詰めた一撃は邪道など寄せ付けないものとして昇華する。和幸はそれをよく知っている。

 しかし、優雅の攻撃はその境地に達するにはまだ遠い、未熟で未完成なものだ。


「お行儀のええ攻撃やな」


 アカデミー生の中では抜きん出ている攻撃を八潮は一言、そう称した。


 向かい来る剣撃を真正面で受け、二合目でかち合う木剣を滑らせながら八潮は跳躍。

 成人男性一人分の重みを剣越しに受ける優雅。八潮は軋んだ音をあげる木剣を横に薙ぎ、優雅の頭上で一回転する。


 流石の身軽さ。しかし、優雅も翻弄されているだけではない。

 着地する寸前の八潮を狙って突きを放つ。驚きで目を見開く八潮はわずかに態勢を崩し、すぐに持ち直す。


「八潮さんももちろんすごいですが、優雅さんも思っていた以上に腕が立つんですね」

「よく健と手合わせしてるからな。助言も受けているようだし、それを受ける柔軟さも才能もある。環境が整えば化けるタイプだな」


 そして今はその環境が整った状態だと言えるだろう。

 この鍛錬で優雅は和幸の想像以上に強くなるかもしれない。きっとそれでも健には届かないだろうが、優雅はもうそれを気にしない。だから強くなれるのだ。


「見てるだけでも勉強になるね」


 優等生の剣撃と、本物の世界だけで生きてきた者の立ち回り。


 ある意味、対極とも言える二人の手合わせを海里は真剣な眼差しで見つめている。

 和幸の知る中で、もっとも剣術に長けた者の息子の横顔はどこまでも貪欲だった。


「崩しているようで基本に忠実。八潮さんもどこかで教育を受けていたんですか」


 健からの指導を受けた八潮の動きはどちらかと言えば邪道より。

 暗殺者として生きてきたこともあって正面切っての戦闘よりも影から牙を剥く方を得意としている。


 そんな八潮の戦法から隠されたものを見抜く隻眼は流石の一言だ。


「幼い頃、その手の教育は一通り受けたと聞いている。詳細までは俺も知らないな」


 暗殺者になるべく教育を受けていたという話だ。健伝手に聞いた程度の話しか和幸は知らない。

 詳しく知りたいと思っていたわけではないらしい海里はその説明だけで納得したように頷いている。


「そろそろ終わりますね」


 海里の言葉通り、手合わせは終息に向けて動き出している。

 今回は実力を見るための手合わせなので、八潮の判断で終わりを告げられる。


 暗い緑の目が宿す輝きに鋭さが増し、八潮の動きが加速する。かつての暗殺者として馳せていた男の本領。

 優雅の攻撃を受け、二合目に移るよりも先に切っ先を首筋に突き立てる。


「動きはええけど、遊びが足りひん。真面目な動きは予測もしやすい。崩すまではいかんでも、少し遊びを入れた方が攻撃も通りやすくなるで」

「遊び、ですか」

「せや。別に難しい話やない。半瞬、半歩ずらすだけでも変わってくるはずや」


 夜ではないが、八潮が人にものを教える姿を見るのは新鮮だ。

 初めて会ったときは言われたことにただ従う機械のようにも思えた少年が、中身の伴った青年となった。


 それを改めて実感しつつ、和幸は手合わせを終えて観戦組と合流する二人へ目を向ける。

 今回の講師役を務める八潮と、協力者である海里とレオンの三人と打ち合わせを澄まして、今回は一先ずお開きだ。

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