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6-7

 行き同様、薄紅に覆われた道を通り、三人は帰路についた。薄紅の先に見慣れた風景が映し出される。

 春野家にある祠。鬼たちによって手入れされたそこに足をつける。


「とりあえず対戦に向けて目ぼしい奴に探すか。俺の方で心当たりに声をかけてみる」

「俺も海里に声をかけてみます。……あの、王様」


 珍しく控えめな態度で星司は和幸を呼んだ。


「健は一体、何を考えているんでしょう?」

「さてな。あいつの考えなんて俺にも分からんさ。悪いようにはならないとは思うがな」


 和幸が健の提案に乗ったのは別にすべてを理解したからではない。

 今までだって健の行動のすべてを、考えのすべてを理解したことは一度としてない。

 人より多くを見る目と、明晰な頭脳から叩き出される考えを理解しようなど無理な話だ。


「気になるなら自分で健に聞け。お前ら兄弟は会話が足りなさすぎる」


 それこそが今回の件に和幸が乗った理由とも言えるだろう。

 兄以外の家族とはほとんど関わってこなかった和幸が言えた義理ではないが。


「明日、八潮と合流して岡山家に行く。詳しい話はそこでしよう」


 その言葉で締めくくり、星司とは別れた。

 仕事の方も比較的余裕があるので、星司に言った通り戦力を探すために心当たり――アカデミーへと向かうとしよう。沙羅を送るのにもちょうどいい。


「そういえばアカデミーの方は大丈夫なのか。今回はともかく、前回は流石に外出届も間に合わなかっただろ?」

「大丈夫です。アカデミーのルールを覆せるだけの権限が私には与えられていますから」

「なんだかんだ、お前も貴族街の人間だよな」


 控えめで謙虚な少女は権威を振りかざさないだけで利用しないわけではない。

 むしろ齢十三とは思えない狡猾さを静かな佇まいの中に隠している。


「ふふっ、これでも私は大姫巫女をしていたんですよ」


 貴族街の中枢に一番近いところにいたのだと沙羅は微笑む。それが彼女の強かさの片鱗だ。


 桜稟アカデミーまでの移動手段は車だ。歩いて行けない距離ではないが、春野家当主が暢気に徒歩で行くわけにはいかない。

 広い車内で沙羅と向かい合うように座っている。人生の大半を桜宮家当主と共に暮らしていた少女は和幸を前にしても特別緊張した様子を見せない。自然体だ。


「お前は派閥に所属しないのか」

「勧誘はされていますけれど、私が入って場を乱してしまうのは心苦しいですから」


「入りたいという気持ちがあるなら健の派閥に入ればいい。あいつがいれば、あの方も下手に手出しはできないだろう」

「そう、ですね。お許しいただけるなら、それもいいかもしれませんね」


 沙羅の日常は桜宮家本家で形作られていた。生まれてすぐに両親から引き離され、本家の中だけで育ってきた。

 そして数ヵ月前に初めて外に出て、今こうしてアカデミーに通っている。


 束の間の暮らしの中で少しでも普通と呼ばれる生活を過ごさせてあげたいというお節介が働いた。

 普通を心の奥底で夢描く少女が少しでもそれに触れられるように。


「事が終わったら俺からあいつに話してみるよ」

「感謝いたします」


 柔らかく笑うその姿はどこにでもいる少女のようだった。

 アカデミーについてからは沙羅と別れ、話題にも上っていた派閥の拠点へと向かう。


 全員が揃っているか分からないが、和幸の求める人物はそこにいる可能性が高い。

 拠点は森の中にある。簡素な作りの建物に歩み寄り、その中へと一歩踏み出す。


「あれ? お父様だ。健に何かあったの?」


 誰よりも先に和幸に気付き、訪れた理由を当然のように当ててみせたのは星だ。

 元々勘のいい愛娘は健のことになると尋常ではない察知能力を見せる。


「まあ、そんなところだ。優雅たちは来ているか?」

「んー、来てると思うよ。みんな、暇なときは集まっていることが多いから」


 程よく人目につかず、独りになることもなく、気の置けない相手ばかりが集まるこの場所は居心地がいいのだ。

 貴族会社は何かと肩がこる。この派閥はいい意味で貴族らしくない者ばかりなので、より鬱屈とした思いを抱えることが多いのだろう。


「にしても、お前は健のことを心配してないのか? 一週間近く所在がはっきりしてないんだぞ」


 手掛かりは掴めてもはっきりとして所在が分からないまま約一週間。

 想い合う婚約者である星は不安も心配も滲ませず、いつも通りの姿を見せている。気丈に振る舞っているわけでもなく、日常を満喫している。


「心配してないわけじゃないよ。ただ今回は大丈夫かなって。健はきっと不本意だろうけど」

「お前のそれ、本当にどうなっているんだ? もはや勘ってレベルじゃないだろ」


 高密度の愛を真っ向から受け止めたような気分だ。


「王様? どうしたんですか、何か……」

「優雅か。少し話がある。悪いが、みんなを集めてくれるか」


 和幸の言葉に何かを察したらしい優雅はすぐに拠点にいる者に集合をかける。

 今拠点にいるのは星、優雅の他、良、夏凛、壬那の五人。健を除いたフルメンバーである。

 突然の和幸の来訪と所在の知れない健を符合させ、不安げな視線を寄越す者もいる。


「単刀直入に言うと健の居場所が分かった」

「そうなんですね……! よかった。その、健は無事なんですか」

「とりあえず心配はいらない。今は悠がついている。……ただ少し問題が起きてな」


 厳密に言うと和幸は本物(・・)の健には会えていないので、無事だとは言い切れない。

 悠への信用から微妙にニュアンスを変えた肯定で場を流した。


「その問題ってのはっ⁉」


 集まったメンバーの中でもっとも表情で心配を表現する壬那が食い気味に問いかける。


「落ち着け。大したことじゃない、健から提案があったってだけだ」

「提案ですか。それは一体……」

「細かい部分を省くと、二週間後に健、悠、紫苑の三人と対決することになった。今はそのための戦力を集めている」


 本当にざっくりとした説明に星以外の面々が困惑を映し出す。

 流石の星はそうなった経緯も、おそらくは和幸も把握しきれていない健の考えも読み切っているのだろう。


「紫苑って少し前に来てた人だよね? 何でそんなことに?」

「まあ、いろいろあって、な。二週間、稽古はつけるつもりだ。いい機会だと思って参加してみないか? 勝てば望みを叶えてくれるらしいぞ」


 相手は遥か格上。春野家当主のサポート付きで稽古。

 強くなりたいと思うのなら逃すのは惜しい機会と言える。その上、望みを叶えるなんて殺し文句までついているのだ。


「俺は遠慮します。まだまだ実力不足なので……あっ、でもサポートが必要ならいくらでも手伝いますよ」


 剣術へ苦手意識がある壬那は真っ先に辞退しつつも、雑用を買って出る。

 派閥の中では最年長であるはずの彼は何故か、誰よりも下っ端としての振る舞いを見せる。


「今は無理でもいつかもっと実力をつけて師匠に手合わせをしてもらうって決めているのでっ!」


 実力不足と断りながらも、壬那は前向きだった。

 剣術の成績が伸び悩んでいた彼は今、稟王戦でも善戦ほどにまで成長した。飲み込みが早く、めきめきと実力と伸ばしていると健からも聞いている。


「俺も今回は……。参加したい気持ちはありますけど試験勉強があるので」

「学生の本分は学業だからな。無理はしなくていい」


 桜稟アカデミーでは講義ごとに不定期で試験がある。その点数によって与えられるポイントが変わってくる上に、かなりの難易度だ。


 健や優雅くらいなら一度や二度の試験くらい捨ててもそこまで問題ないだろうが、多くにとっては死活問題なのだ。


「優雅はどうする?」

「参加します。ここで強くなって、俺もいつか健から一本くらいは取れるようになりたいですから」


「健と戦えると決まっているわけじゃないがいいんだな?」

「はい。他の二人が強いことも俺は知っていますから」


 向けられるその目はいつか健と手合わせする日を映し出している。真っ直ぐに。

 壬那とは違い、優雅は健を目標としているわけではない。今よりも先へ進みたいと強く願い、過去と決別するために健と手合わせしたいのだ。


 周囲の期待に答える日々を送っていた人物とは思えない前向きさだ。

 自由に振る舞う健を恨む感情なんて今は欠片も持っていない。


 本当に変わった。健が、変えたのだ。

 壬那も、良も、優雅も健と関わった者たちはその影響を受けて生き方を変えていく。自分らしさを見つけて、いい表情を見せるようになった。


 本人が意図しなくても、健の影響力は絶大だ。生き様が、そのカリスマ性が惹きつけてやまない。

 頭がいい癖に、それを完全な形で理解していない健を思い浮かべて和幸は苦笑した。


「ねぇ、お父様」


 苦笑する和幸に向けて、星が静かに呼びかけた。鈴の音のような声は神妙で、大きな目はここではない何かを見つめている。


「その対戦の日、私も一緒についていっていい?」

「別に構わないが、どうかしたのか?」

「うーん、とね、内緒」


 先程までの只事ではない空気を感じさせない笑顔で星はそう返した。


 ●●●


「なるほど。大分複雑な感じだね」


 貴族街から帰ったばかりの星司による状況説明を海里はそうまとめた。

 場所は処刑部隊の滞在している一軒家。健行方不明事件に軽くでも関わっている海里たちへの報告がてら協力を求めているという状況だ。


 戦場に近い場所で生きてきた海里は可愛らしい顔立ちからは想像できないぐらいに腕が立つ。

 いつか絶対に勝つと約束を交わして数年、一度として勝てたことがない。


「協力したい気持ちはあるけど、場所が貴族街の中枢なら参加は難しいかな」

「そうか。まあ、そうだよな。悪い、無理なお願いだった」


 駄目元のお願いだった。

 星司は海里が抱える複雑な事情を知っている。妖界の王の血を引きながら、人間の血が混じった海里は迂闊な行動はできないのだ。


「参加できなくても力になれることはある。友人の家に行くことまで咎められないだろうから」


 行動一つに慎重性を宿しながらも海里は強かだ。

 意外と大胆で抜け道を見つけては恐れ知らずに進んでいく。一度決めたらそこに迷いは宿さない。


「健君、処刑人の拠点にも興味はあるし」

「海里様が行くなら私も同行します。健さんの拠点は興味深いですし」

「二人ともそっちが本音だよな……。協力してくれるのはありがたいから文句は言わねぇけど」


 口を揃えて、拠点に興味があるという理由も何となく分かる。

 秘密主義で隠し事の多い健のことが分かる、かもしれない。その強さの秘訣、その知識の出所を知れば、健に近付くことができる。健の考えのその奥を知ることができるかもしれない。


「健君自身が言い出したことだから何かしら対策してあるだろうけど期待はしちゃうよね」

「弱味とまでは言いませんが、情報が欲しいという気持ちはありますからね」


 それぞれ表情に苦いものを混ぜながら二人は答える。


「近付けば健の考えも分かるようになんのかね」

「どうだろうね。まあ、今回の件に限って言えば、そんな複雑なものはないと思うよ」


 和幸すら分からないと言っていた思惑を知っていると言わんばかりに笑う海里。

 いつもの温かな見守るものとは違い、複雑化させて悩む星司を文字通り笑っているのだ。


「海里は何か知ってるのか?」

「どっちかっていうと勘の方が近いかな。健君は意外と単純な理由で動くからね」


 何でも知っていて、何でも卒なくこなす完璧超人。行動の奥には深淵なる考えがあり、明晰な頭脳は先の先まで見据えているのだと。

 根深く星司の仲にあるイメージを嘲笑するかのように海里は言葉を並べ立てる。


「今回は単に星司に強くなってほしいだけだと思うよ。願いを叶えるとかはただの付属品」

「強く……将来的に星司さんの力を利用するため、というわけでもなく?」

「偏った見方しすぎだよ」


 消せない先入観に振り回されているレオンと、星司も同じ気持ちである。

 星司が強くなること。それが健にとってどんな意味があるというのか。


「分からない。知りたいって思うなら健君に聞いたらいい。今回はいい機会だろう? きっと拒まれたりはしないよ」


 和幸と同じような言葉を紡いで海里はその場を締めくくった。

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