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6-4

 健が行方不明となって約一日が過ぎた。とはいえ、不思議と和幸の中に焦燥はない。


 誘拐されたり、裏切ったりで場合によって一週間以上消息が掴めないことが今までも何度もあった。

 慣れというのは恐ろしいもので、結果的に和幸は落ち着いた気持ちで今を迎えている。


 ただ今回は何度も繰り返してきた消息不明とは違い、健の傍に陰鬼がいない。

 四年前から監視役として傍に付き従っていた陰鬼は今、暗い顔でこの執務室にいる。


「健が本気になれば誰だって敵わない。いつまでも気にしてるな」


 今までは健が受け入れていたから監視役であれた。それだけの話だ。


 監視役を受け入れることで得られるものが健にとって必要だったから。

 それを拒絶した、放棄したということは悠の懸念通り、目的のために動き出した証なのか。


「心配なのは分かるがな」


 何度もあったこととはいえ、心配なのは変わりない。言葉にしても当の本人にちゃんと伝わっているのかどうか分からない感情は、健の周囲にいるものが一様に抱えているものだ。


「まあ、今はどちらかというと悠の方が心配だな」


 陰鬼の報告を受けたときの悠の狼狽ぶりはかなりのものだった。

 今、焦りに駆られるように健の捜索に当たる姿にいつもの余裕さがない。

 今の悠は何より大切にしている、健に与えられた役を演じることすらも忘れている。


「あいつの場合は俺が何を言っても無駄だろうし、他の奴が頭を冷やしてくれることを期待するか」


 悠へ言葉を届けられるのは健くらいだ。その健がいない以上、代わりの役割を担えそうな闇色の少女へ期待するほかない。


「幸様は健様が目的を果たすために動き出したとお考えですか」

「可能性は高い、とは思っている。ただ断言はできないな」


 肯定する条件は揃っているのは確かだが、何か引っ掛かりも覚えるのだ。


「お前は健の目的に反対なのか」

「分かりません。健様の意思を尊重したいと思いますが、それが正しいとは……」

「あいつのやっていることは間違っているとも正しいとも言えない。だからこそ、自分の心に従うのが正しいさ」


 止めようとしている悠のように。受け入れ、見守る星のように。


 そもそも目的の全貌を知らない状態で一方的に判断などできはしない。

 和幸が知っているのは、守るべきもののために健自身を犠牲にしようとしていることくらいだ。


 健という人間はいつだって自分を勘定に入れていない。

 明晰な頭脳で叩き出される策はいつも最善を導き出しながら、自らの被害を考慮に入れていない。


 何度言っても適当に受け流されるばかり。自分を心配する者はいないと驕っているわけではなく、知って理解した上でやっているのだから性質が悪い。


「失礼します。幸様、お客様がお見えです。至急、幸様にお会いしたいと」

「誰だ?」


 予定にない来訪者であれば、大抵の場合は門前払いされる。


 春野家当主は多忙を極める。和幸は暇していることも多いが、その仕事量は膨大だ。

 そんな中、対応のために時間を空けるのは難しく、それを理解している側近が言うのだからそれなりの相手、それなりの用ということだろう。


「桜宮沙羅様です」

「分かった。通してくれ」


 齢十三で桜稟アカデミーに入学した少女。桜宮の性を名乗ることを許された桜宮家当主のお気に入り。

 地位は和幸の方が上でも蔑ろにすることはできない貴族街の重要人物だ。


「お時間を取っていただき、ありがとうございます」


 サイレントプリンセス、無口姫と称される少女は深々と頭を下げる。

 その一言で人の命運を左右できる力を与えられている少女はどこまでも謙虚だ。


「それで、何かあったのか?」

「健さんが行方不明になっているとことは和幸様も聞き及んでいると思います」


 まさに少し前に出ていた話題である。

 沙羅の口から出てくるとは思っていなかった話でもあり、驚きながらも和幸は神妙に続く言葉を待つ。


「私も現場に居合わせたので健さんの居場所をお伝えしなければとこちらに」

「なるほどな。俺以上に健の行方を知りたがっている奴がいる。話はその人物が来てからでも構わないか?」


 後から伝えることもできる。しかし、切羽詰まった悠の様子を見ていれば、抜きにしたまま話を進めるのは憚られた。後から恨み言を言われるのも避けたい。

 安全牌を選ぶように和幸は龍馬へ連絡を取るように指示を出す。


 悠のことだからそこまで時間がかからないだろうが、と逡巡する。そして、瞬きの後に「一鬼」と目に見えない繋がりから呼びかける。

 空気が渦巻き、間もなく小柄な鬼が現れる。小学生くらいの成りをした鬼だ。


「呼んだか、我が主よ」


 幼い見た目から老成した空気をまとう声が紡がれる。こんな見た目でも紅鬼衆のまとめ役を務め、侮ることのできない何かをまとっている。


「悠を迎えに行ってくれ。おそらく八潮が担当している門を通るだろうから――今日は確か、北門だな」

「相分かった」


 一礼し、一鬼は宙に手を翳す。空気を操る力によってそこはワープゲートが生み出される。

 一鬼が通ればすぐに掻き消え、それから数分も経たずに再び開かれる。


 空間を歪めるように出現したゲートから一鬼が現れることはなく、代わりに三人の人物が執務室の床を踏んだ。

 一鬼は迎えに行ったついでにはじまりの森へと戻ったのだろう。


 代わりの三人は連絡を入れた悠、そして後ろに続く夜、星司の三人である。

 夜までは想定していたが、星司も一緒だとは思わなかった。星司の同行を悠が許すとも。


「一鬼さんを寄越してくれるなんて王様ってば親切ですね。お陰で早くつきましたよ」

「ちくちく恨み言を言われるのは御免だからな。――龍馬、お茶の用意を」


 下がる側近を横目に、和幸は三人へ座るように促す。


「それで健兄さんは一体どこにいるんですか?」

「まあ焦るな。沙羅、待たせて悪いな。話してくれるか?」


 年齢的にいえば、まだ中学生の少女。

 消せない焦りを抱えた悠の視線を受け、見るからに怪しい闇色の少女を傍らにしながらも動じず、芯の通った声で「はい」と頷く。


 伊達に桜宮家当主の相手をしていないということか。


「昨日、あの方の気配を追って私ははじまりの森の中へ入りました。そこで処刑人の様相をした方に抱えられている健さんをお見かけしました」

「あの方が寄越した人間ということか」

「そう、ですね。おそらくは心無(しんむ)かと」


 心無とは桜宮家に連なる家系に時折生まれる自我の持たない子供だ。


 血が濃ければ濃いほど、強い力を持った巫女が生まれる。強い力の巫女を生まれた家は地位があがる。

 そうして貪欲に権力を求め続けた結果、空っぽな子供が生まれるようになった。血を濃くしすぎた弊害だ。


 所謂アルビノと呼ばれる姿で生まれ落ちた心無は戸籍もないままに桜宮家本家に引き取られる。

 本家で下男という役割を与えられる。辛いと思う心を持たず、ただ従順な人形は扱いやすい。


「抱えられていた、ということは健兄さんの意思というわけではないんですね?」

「私が見たのは最後だけですので確証はできません。ただ、健さんは気を失っているようでした」

「状況的には無理矢理連れ去られたって感じね」


 自ら姿を消したわけではないと知って、悠の雰囲気は見るからに軟化する。


「いくらあの方が相手とはいえ、健がそう簡単に後れを取るとも思えないが」


 むしろ相手が相手なだけにセーブしている力を解放してでも対抗することだろう。


 それができない状況だったと考えるのが自然か。


 考える和幸の脳裏にふと眠る健の顔が浮かんだ。最近やたらと見ることが増えた健の寝顔が。

 そのことを沙羅の語った状況と、陰鬼を遠ざけた事実と符合させて推測の域を出ない考えを導き出す。


「ところで沙羅さんは今まで何をなさってたんですか」


 もっと早く教えてくれたら、という思いを込めた悠の問いかけ。

 いつもの調子を取り戻した問いかけは無邪気というオブラートに包まれている。


「あの方の力で眠らされてしまっていて、お伝えするのが遅れてしまったこと謝罪します」

「あら、年下の子に頭を下げさせるなんて悠らしいわね」

「どこがですかっ⁉ 変なこと言わないでくださいよ。沙羅さん、頭をあげてください。僕はちっとも全然怒っていませんから」

「そう言っていただけるとありがたいです」


 与えられた権力を感じさせない謙虚さで沙羅は微笑む。

 桜宮家当主にとって都合の悪い場面を目撃した。にもかかわらず、約一日眠らされていただけとはかなり手心を与えられていたらしい。


「あの方が連れ去ったのなら、健は桜宮家本家にいるだろうな」


 桜の結界に守られた貴族街の中枢に。

 許可された者しか辿り着くことができないそこには和幸ですら片手で数えられるほどしか訪れたことはない。


 その数回も呼び出されて行っただけであり、自主的に訪れることはできない。

 一鬼に頼めば繋げてもらうことはできるかもしれないが、それで当主の逆鱗に触れるのは避けたい。


「本家までの案内は私がさせていただきます。健さんが連れ去られたのは私の責でもありますから」


 場に居合わせながら止められなかったことに沙羅はかなり責任を感じているようだ。


「沙羅が手を貸してくれるなら心強いよ」

「私の力なんて微力でしかありませんけれど」


 そんな謙遜を口にする少女が実のところ、一番桜宮家当主への戦力として頼りになる。

 何せ、当主に真っ向から対抗し、未だ首の皮が繋がっているのだから。


「本家ですか。正直、あまり気乗りしませんけど」

「それなら私が代わりに健の無事を確認してきてあげるわ」

「むぅ、僕も行きますよ。ちゃんとこの目で見ないと安心できませんし、夜さんは微妙に信用できませんし」


 一時期暮らしていた場所に悠は思うところがあるらしい。


 片手で数えられる来訪のうち、幼い悠を迎えに行ったのが一回だ。心無かと疑いたくなるほど人間らしさが欠如した悠の姿は今も覚えている。

 思えば、あの時から随分人間らしくなったものだ。


「同行者は悠と夜……星司はどうする? 相手が相手だから俺も守りきれるか分からないが」

「ぁ、と……俺も行きたいです」


 今の今まで話を聞いているだけだった星司は迷いながらもそう口にした。


「五人か。まあ、これくらいなら問題ないだろう。日時はまた後で連絡する。それで構わないか?」

「今すぐにでも行きたいところですけどそれでいいですよ」

「私も問題ありません」


 夜と星司と了承の旨を示し、この場はお開きとなった。

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