6-2
「てか、なんで海里なんだ? 健を探してるんだろ」
健の居場所が分からない、というのは今までの会話から察することができた。
史源町に来たくらいだから貴族街でめぼしいところは探し終えたということだろう。
そこで岡山家に来るのは分かる。夜に情報を求めるのも分かる。しかし、海里のもとを訪ねることへの理解は追いつかない。
健と海里の関係は兄の親友、親友の弟でしかないはずだ。
「健が貴族街と無縁に、私たちを遠ざけて動くとなった場合、一番に頼るのが武藤海里だからよ」
相変わらず機嫌が悪いらしい悠の代わりに夜が答える。その内容を聞いても星司の頭からは疑問符は消えないまま。
「武藤海里は妖界の人間だから貴族街でも簡単に手は出せない。優秀な人材でもあるし、貴方の言った通り簡単には絆されない人ですもの。協力者としては十分だわ」
そんなものかと頷く。
海里は幼い頃から処刑部隊の一員として裏の世界に関わってきた人なので、やりやすさもあるのかもしれない。相性の良さは会話している姿を見ても感じられた。
「海里と健……。厄介さだけは感じる」
相変わらず星司の中で二人が結びつきはしないが、組んだら厄介なのは想像できる。
頭脳面でも、戦闘面でも優秀な二人は足し算ではなくかけ算で向上させられる。
ただえさえ、人並み外れているものがより強力になるのだ。厄介でないわけがない。
「つきましたね」
悠が立ち止まった先にあるのは比較的新しい一軒家だ。
妖界の王直属処刑部隊が拠点として暮らしている家である。
代表者としてインターフォンを押すのは星司で、まもなくレオンからの応答がある。
星司が訪ねてくるのは珍しくない。とはいえ、別れてから一時間も経っていないので迎え入れる声は不審そうだった。
玄関扉を開けたレオンは並ぶ三人を見て、更なる不審で眉を顰めた。
「珍しいメンバーですね」
積み重なった不審をその一言でまとめ、レオンは三人を中へ案内する。
まだ生活感が残された外観と比べて、家の中は嫌に整頓されている。いつでも出て行けるように整えられたそこはとても一年、人が暮らしていたとは思えない。
「いらっしゃい」
案内されたリビングで大ボスたる藍髪の少年が三人を迎える。
足を踏み入れた瞬間から始まっている。けれども、見慣れた笑顔の真意は読み取れない。
「珍しいメンバーだね」
レオンと同じ言葉を紡いで笑う姿に裏があるのではと考えてしまう自分がいる。
そんな星司の横で、悠が値踏みするように見ている。いつもなら無邪気で覆い隠されたそれはベールを剥がされ、剥き出しの状態だ。
柔らかく笑う海里はいつもと違う悠に触れることなく座るよう促す。
最初に座ったのは夜。迷うような悠もまた座り、星司は最後に座った。
焦っている様子の悠も海里が相手ならば対話が必要だと判断したのだろう。
「それで今日はどうしたの?」
「単刀直入に聞きます。健兄さんの居場所をご存知ですか?」
隻眼を真っ直ぐに見つめた問いかけ。大きく丸い目は一挙一投足見逃さないと見つめている。
「悪いけど知らないかな。レオンたちは?」
「私も知りません。健さんに何かあったんですか」
問いかけに悠は口を噤む。あれだけ焦りを滲ませ、緊迫した空気を生み出しているのに肝心の理由は話したくないらしい。
「部外者に話せないこともあるんだろうけど、情報共有してくれたら手伝えることもあると思う」
「私も知りたいわね。八潮は詳しいことを知らないようだったし」
柔らかく人の心を解く笑顔と、妖しい笑みを湛えた美貌を受けて悠は観念したように息を吐く。
「昨日から帰ってきていないんです。講義が終わって優雅さんと別れたのが最後だと」
「それだけですか」
「それだけでも心配なのは変わりませんよ。レオンさんも同じでしょう?」
同じ心配性枠であるレオンは海里のことを見て「そうですね」と小さく呟いた。
強いからといって心配しないわけではない。大切な人の所在が知れなくて不安に駆られるのに理由なんてないのだ。
「でも健君には陰鬼さんがついているはずだよね?」
海里の問いかけに返ってくるのは無言だ。
紅鬼衆の一人、陰鬼。ある時期から健の傍には常に彼が付き従うようになっていた。
詳しい事情までは分からないが、和幸の指示なのだと健が言っていた。
「……。陰鬼さんは健兄さんが行方をくらます前に撒かれたらしくて、今は一緒にいません」
「撒かれたってことは健君の意思でってことだよね」
「そうですね。その可能性が高いと思われます」
神妙に頷く悠の言葉を聞いて星司は深刻さを感じなかった。
いつの間にか帰ってきていて、いつの間にか出掛けている。星司にとって健の居場所が知れないことは一緒に住んでいた頃からの日常だ。
「健の意思なら問題にすることもねえんじゃねーの。まだ一日なんだろ?」
誘拐されたならいざ知らず、健自身の意思ならば心配するほどのことではないと思う。
健は考えなしに単独行動するタイプではない。自分の力を過大にも過小にも評価しない健は必要であれば、いくらでも人の手を借りる。
誰のもとにも連絡が来ないということは大丈夫ということではないだろうか。
「それともまだ何か隠していることがあるのか?」
悠は星司よりも健のことを知っている。星司が考えたことなんて当然悠だって考えている。
にも拘らず余裕のない悠の姿はもっと深刻な何かがあるのではと疑ってしまう。
「健が連絡も寄越さないなんて珍しいことじゃないものね。不審に思うのも無理はないわ」
今度こそ完全に沈黙を守った悠に代わって口を開いた夜の言葉だ。
夜がついてきた理由は分からないが、助け舟を出すような動きを見せている。
悠の、ではなく星司を含めた周囲への面々への助け舟だ。
その真意は美しさに隠されて見ることはできない。
「問題は健が陰鬼を遠ざけたところにあるのよ」
分からないと首を傾げる星司を前に夜は言葉を続ける。
「今まで健は監視されることを許容してきた。自由を得るには条件が必要だもの。でも急にそれを突っぱねた。それは――」
一度言葉を切る夜は反応を確認するよう悠に一瞥をくれる。
無邪気さを完全に消し去った悠は夜の言葉を遮ろうともせず、ただ黙って聞いている。
「――それは、健が目的を果たすために動き出したから、って悠は考えているのよね」
多くを語ろうとしない悠の真意を当ててみせる夜。しかし、それを聞く星司たちの頭がすっきりしたかというとそうではない。
むしろ無理解がさらに積み重なったような、そんな気がする。
「その問題点がいまいち伝わってこないのですが、お二人は健さんの目的に賛同して協力しているのではないんですか」
「賛同してなんかしませんよ! 僕は絶対に健兄さんの目的を叶えさせるわけにはいかないんです」
「私は健を愛しているだけよ。目的なんてどうでもいいわ」
温度差のある二人の返答はやはり疑問を解消してくれない。
今まで沈黙を貫いていた悠が感情を露わにする姿にただ驚いた。
「その、健の目的って何なんだ?」
「知りません」
「知らないわ」
ほとんど同時の答えは内容に反して酷く潔いものだった。
「知らないならなんで……」
「知らなくても推測はできます。全容を知らなくてもそれで十分、僕が反対するにはそれで十分です」
それほど納得できない何かが健の目的とやらの中にあるということなんだろうか。
推測できるほど近くにいたわけではないし、星司には想像できない。
「健君はその目的を果たすために行方をくらましたってことでいいのかな。悠君は健君を止めるために探してるんだよね?
「そ、うですけど……」
ほとんど会話に参加せず、話を聞いているだけだった海里。
場の空気に流されない藍の子は変わらぬ笑顔で総括した。
ショベルカー進行とも言える強引さに悠すらも戸惑いを見せる。
それだけで分かる。この場の主導権は海里の手に渡ったのだと。
「じゃあ、とりあえず俺の方で妖華様にも聞いてみるよ」
話の軌道を元に戻す言葉は場に一石を投じるものだった。
「誰にも悟られずに隠れるのに妖界は適任だからね。健君なら妖くらい簡単にあしらえるだろうし」
「助かります。妖界なら僕も迂闊に入れな――あ!」
突然声を上げた悠。海里の言葉から何かヒントを得たのか、何事かを考え込んでいる。
「健兄さんがあの人を頼るとは考えにくいですけど……」
「何か心当たりが見つかったみたいだね」
「確証のない可能性の一つですよ。でも僕はそれに頼るしかありません。海里さんもどんどん協力してくれると僕はすっごく嬉しいですよ?」
「善処するよ」
それは海里らしい返答だ。確証のないまま決めることなく、曖昧さで暈すことなく。
どちらに味方するかは判断材料が揃ってから決めると短い言葉の中で告げているのだ。
ぶれない笑顔は簡単に揺れない心を示し、悠は諦めるように息を吐いた。
「ほんっとみなさん協力してくれると言ってくれないんですよね」
「ごめんね」
本当に悪いと思っているのか分からない笑顔に悠は再び息を吐く。
そこへ味気ない着信音が割って入った。すぐにスマートフォンを取り出した悠は画面に表示された名前を見て慌てて電話を取った。
「はい、悠です。……本当ですか!? はい……はい。分かりました。今すぐそちらに向かいます。本当なんですよね?」
全員の視線を受けながら電話対応する悠は切ると同時に立ち上がった。
「健兄さんの居場所が分かったようなので僕は貴族街に戻ります」
「私も行くわ。健が無事か心配だもの」
「俺もっ、行く」
いけしゃあしゃあと紡ぐ夜と、ほとんど勢いで声を上げた星司を順繰りに見た悠はただ「ご自由に」と返した。
勢いだけで口走った申し出を拒絶されず、呆気にとられながらも星司はただ安堵する。
「乗りかかった船だし、俺も行きたいところだけど今回は遠慮するよ。吉報を待ってる」
立場上、迂闊に貴族街へ行くことのできない海里は見送ることを選ぶ。
正直なことを言えば、この状況下で海里がいないのは心細いが甘えてもいられない。
健は星司の弟だ。最初は流れで、今は勢いで、それでも兄として弟の無事を確かめなければならない。星司はそう自分を奮い立たせた。