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4-19

 まだ回復しきっていない視界を閉じて、聴覚だけに集中する。真っ先に聞こえてくるのは海里と夜が戦っている音だ。


 初めて、しかもお互いの手の内を知らない状況で繰り広げられる巧みな連係プレー。音を聞いているだけでも分かる。

 二人なら任せていても問題はないだろう。


 身体の疲労は消えていない。むしろ先程の無理のせいで疲労感はさらに蓄積された。

 健はこのまま離れた位置で援護するのが最善の手と言えるだろう。

 しかし、それだけでは劣化品でも藤咲桜には勝てない。


「キング、さっきはごめん」

「……大丈夫。健も人間らしいところあるんだな」

「今回に限っては否定しないよ。それより――」


 徐々に回復しつつある目を何度か瞬かせつつ、優雅に手を添える。

 身体強化の術を優雅へ施す。何度か手合わせしているので、優雅の癖に合わせた部分強化だ。


「合図したら夜と入れ替わって。大丈夫、援護はするよ」

「分かった」


 どこか緊張を滲ませた優雅の頷きを確認し、夜と海里の方へ視線を向ける。

 龍刀から銀閃が放たれ、透明な障壁に弾かれる。一呼吸置いた海里がすかさず突きで踏み込んだ。


 障壁が震える。それでも割れるまではいかず、その強硬さに歯噛みする海里の前で吹き荒れる風が結界を細々に砕いた。

 反射的に薙いだ龍刀が白い桜にようやく傷をつけた。


「キング!」


 声とほぼ同時に優雅は飛び出す。それを確認する裏で、健は桜の足元に風を生み出す。

 バランスを崩すのに一役買いつつ、優雅の代わりにこちらへ向かってくる黒い影へ目を向ける。


「私のことをお呼びかしら」


 戦場を余裕の足取りで歩く美少女が妖艶に微笑む。悪魔の微笑みともとれるそれはまとう衣装が違うせいか、妖しさよりも可憐さを引き立てる。


「夜、王子さんを説得してくれる?」

「説得、ね。分かったわ」


 ふわりと甘い香りが増す。傾国の美女、本条夜の本領は対人でこそ発揮される。


 今、この空間を作り出しているのは王子だ。白い桜を倒さずとも、王子を説得して妖具の使用をやめてもらえば、この空間は閉じられる。


「王子さん、少し話をしましょう」


 美しい声を傍で聞きながら、健は海里と優雅へのサポートに意識を映した。


 白い桜の攻撃を避けるために後ろに跳躍した海里の足元に踏み台を生成する。加速が付加された踏み台を踏んだ海里の動きが速くなる。

 その裏で優雅へ迫る炎を水で相殺。同時に霊力で編まれた弾丸を展開された障壁へ叩きこむ。


「俺に話すことはない。お前のような恵まれた人間の都合のいいようには動かない」


 指の一本すら動かさず、瞬き一つ、呼吸一つで次々と術を展開させる。脳内で目まぐるしく状況の対処法を叩き出しながら、王子の訴えに耳をそばだてる。

 夜の魅了に絆されてはくれないらしい。


「顔に恵まれてるんだ。容姿に恵まれてるんだ。それ以上を望むなよ」

「なら、貴方は武藤海里の身体を手に入れたその後は何も望まないのかしら」


 問いかけに息を呑む音が聞こえた。魅了が効かなくても、夜は他者の心根を引き出すことが得意なのだ。むしろ、人の欲をくすぐる言葉を紡ぐ声は容易く心の中へ入り込む。


「人の欲は際限がない。それ以上なんて次から次に溢れていくものよ」


 王子へ近付き、美しすぎる声が甘く語りかける。


「武藤海里になったところで貴方は愛されない。見た目が美しくなっても中身が伴わなければ、貴方が愛されることはないのよ。見た目も中身も優れた者に簡単に奪われてしまうわ」

「中身なんて……そんなの」

「優れているとでも言うつもりかしら。他人を妬み、嫉み、自分の不幸を他人のせいにしている貴方が?」


 声に嘲笑が混ざる。どうすれば他人が自分に好意を寄せるのか知っている夜は、どうすれば他人を怒らせられるのかも知っている。

 好意で絆されてくれないのなら、相手を感情的にさせるまで。怒りは感情的にさせるのにもっとも効率がいい。


「確かに武藤海里の容姿は優れているわ。でも、彼の見た目はむしろ人を遠ざけるものよ」


 ミステリアス。謎めいた見た目は整っていても関係なく人を遠ざけている。

 海里の容姿はまさにそれだ。黙して立っていれば近寄りがたさをまとい、ともすれば周囲に恐怖を抱かせる。


「彼の人柄があるから愛されているの。貴方には手に入れられないわ」

「だったら!」


 王子の声が響く。怒りは嘆きに変わり、ニキビ跡が残る頬に涙が落ちた。


「だったらどうすればいいんだよ。見た目もよくて、中身もいいなんて卑怯だ。見た目がいいならそれだけでいいじゃねえか。俺みたいなのが勝てるとこが一つくらいあってもいいだろ」

「そうね」

「俺はあいつみたいな奴が、武藤海里みたいな奴が大っ嫌いだ」


 見た目もよくて、性格もよくて、勉強もできて運動もできる。

 天は二物を与えないなんて言うが、二物も三物も平気で持っている人は大勢いる。


「ねぇ、見た目くらいなら簡単に変えられるわ。貴方は貴方のまま、勝つ術を私が教えてあげる」


 怒りは悲しみに、悲しみから希望を囁く。その目に今までと違う光を宿した王子は完全に夜の術中に嵌まっていた。


「だからまずはこの世界を閉じてもらえるかしら? そうすれば貴方の未来を指し示してあげられる」

「無理だ。俺も閉じ方を知らない。教えられてない」


「あら、だったら大本である妖具を差し出してくれるだけでいいわ。後は私がどうにかする」

「妖具は元の世界に置いてある。閉じない限り、手にすることはできない。あ、でも、あれを倒せば、この世界は閉じるはずだ!」


 思い出したように付け加えた王子の言葉を聞いて、夜は健に視線を寄越した。

 宝石のような目に見つめられ、健はついと白い桜を見た。健のサポートの中、海里と優雅が相手をしているが、かすり傷を負わせるのが精々だ。


「紛い物でも藤咲桜を倒すのは難しいのかしら」

「俺は桜さんの術も戦い方もよく知っている。劣化コピーじゃ相手にならないよ。万全な状態なら」

「万全の状態ならねぇ」


 含むような夜の言葉。

 今の健は万全の状態にない。無理に万全の状態と同じ動きをすることも可能だが、それは先程止められたばかりだ。


 健としても無闇に命を削る真似はしたくない。そう考えるくらいの冷静さは取り戻し、この場の最適解を叩き出す。


「今は頼りになる人がたくさんいるからね。勝つ手はある。ただ、問題はその後にある」


 この世界の元になった悲劇を健はよく知っている。

 桜のコピーがいたことが悲劇のすべてはない。その先に起こった出来事が絶望の引き金を引いた。


「あれを倒した後に術が発動するようになってる。油断したところを一網打尽にするために」


 油断しなければいいという単純な話ではないというのがさらに仕掛け人の悪趣味さを強調させる。


 白い桜はオリジナルの桜を殺すために最適化された存在だ。最後の最後で発動する術は桜の全力の結界すら貫く。完全に防ぐ術はない。


「俺が威力を落とす。夜は――」

「結界を張ればいいのね」


 多くを語らずとも指示の内容を理解した夜へ生成したばかりの指輪を渡す。

 夜が身に着けているアクセサリーと同じ、シンプルなデザインのものだ。


「隙は作る。あれに向けて発動して」


 頷く夜はそれ以上何も聞かないままに再び戦闘へ身を投じる。


 海里と優雅の同時攻撃。鋭い剣撃は結界に弾かれ、白い桜には届かない。

 優雅は弾かれたまま後退。海里はさらに踏み込んで、龍刀を振り払う。


 霊力を込めた一閃で強固な結界がたわんだ。割れはしない結界の前に吹き付ける風がダメージを引きずる結界を細切れにした。

 それを見るなり地面を蹴った夜のスカートが翻る。


「起動――封緘」


 妖艶な声が紡ぎ、光が散った。見た目に大きな変化はない。

 けれど、術は確実に発動している。


「結界が張られない……?」

「封じさせてもらいました。一番、厄介なのは結界なのでね」


 夜に渡した指輪には桜の結界を封じる術式が付与されていた。

 健は誰よりも桜の術式を知っている。その知識から桜専用の反術式を構築した。

 たとえオリジナルでも簡単に解くことはできない。


「今のうちに畳みかけてください」


 頷く海里が一閃を放ち、優雅が続くように切り込んだ。


 海里の攻撃を風で蹴散らした白い桜は剣撃を軽く避ける。そこへカッターナイフの刃が狙ったように肩口をわずかに切り裂いた。

 着物が避け、薄い傷から血が滲む。


 続くように投げられた刃に気を取られた隙を狙って、優雅が斬りかかる。

 紙一重で躱した白髪が身代わりに斬られた。不揃いに切られた髪を気にすることもなく、白い桜は霊力を爆発させる。


 咄嗟に後退した優雅を守るように障壁が張られる。


「起動――反射」


 健が張った障壁を媒介に発動された術が爆風を白い桜へ返す。


 煽りを受けて吹き飛ばされる白い桜の着地点には龍刀を構えた海里が立っている。

 放たれる一閃。直撃を免れるために踏んだ地面が健の術によって崩れた。


 態勢を乱された白い桜に向けて、海里は再び一閃を放つ。二つの剣撃は避ける術も、防ぐ術も奪われた白い桜の身体を切り裂いた。

 その切り口から粉々に崩れさる白い桜を見て、健は深く息を吐き出した。


「夜」


 打ち合わせ通りに、と呼びかける健は空間の不思議な揺らぎに気付いた。

 世界が閉じるのとは違う揺らぎは不吉な予感を連れて――。


「あ! やっと健兄さんに会えました! みなさん、いるようですね」


 滑り込んできた無邪気な声が予定を乱す。喜びを顔全体で表す悠の後ろには星司とレミ、煉鬼の姿もある。これで和音以外の全員が集合した。


 こんな状況でなければ、手放して喜べていたのだが、本当に裏で手を引いている存在の性格が悪い。

 悠たちの姿を認識したと同時に白い残骸が瞬いたのを確認し、大きく吸い込んだ。


「防御して!」


 レミと煉鬼ならば、その指示だけでも動いてくれるはずだ。後は健の役目を果たすだけだ。

 少しずつ溢れていく光。その術式を手繰り寄せ、読み解き、


却下(キャンセル)


 複雑に編み込まれた術式の一部を消し去る。

 この術は主に消し去るために使われることがほとんどだ。


 しかし、本質は術式を消し去ること。一部だけを消し去れば、威力を消すことも、座標を変えることも、違う術に変えることもできる。

 複雑な術式であるほど消し去ることは難しくなる。けれど、術式を理解してしまえば改変することは可能だ。


 健の頭脳があれば、一度見たことがある術式ならば内容を理解することなど簡単だ。


「起動――防御結界一〇〇%」


 威力を落とすために術式の一部を一つ一つ消す健の耳に聞こえる甘い声。


 白い光が強くなり、もはや何も見えなくなっていく。辛うじて見えるくらいの視界が空間に最後の一人である和音の姿が映った。

 最悪のタイミングで気絶した和音を投入する性格の悪さに歯噛みし、揺れる藍色を見て息を吐く。


 健が最後に見た景色はそれだけだ。藍色の残滓が白に蹂躙され、五感が焼かれる。

 視界も、音も、何もかもが真っ白に染められていく――。

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