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4-18

 無機質だった部屋が一変、森の中へ変わる。森が登場する物語なんていくらでもある。

 その中で何が再現されたのか、正確にはどこが再現されたのか、その特徴的な姿で明らかだ。


「はじまりの森?」


 海里が紡いだ言葉は夜の推測を肯定するものだった。

 森の中に唐突に生まれた円を描くように開けた空間。そこだけ草木が一切生えておらず、剥き出しの地面の上に夜たちは立っている。


 森の姿は数十年、ともすれば百年経っても大きく変わることはない。

 場所が分かったとしても、時期まで特定するのは難しい。一体、いつのはじまりの森なのか。


 王子が口にした「絶望の願い」というタイトルがヒントになっている。そこまで理解しつつも、答えを得るまでにはいかず、闇色の目を最愛へと向ける。

 自分より遥かに頭があり、知識量も数倍の彼を見て、目を見開いた。


「あれの入れ知恵かっ!」


 長い睫毛に縁取られたその目には王子に掴みかかる健の姿が映っていた。

 掴みかかるなんて健には似つかわしくない言葉だ。まるで高みの見物をするように、枠の外から眺めるように周囲と接するのが健だ。


 当事者としての視点と枠の外から視点の二つを常に持っている。だから冷静さを失わない。

 そんな健が今はどうだ。冷静さを失い、当事者としてだけ立っている。


「この空間を作れば、俺を倒せるとでも言われたか」


 感情的に荒げられた健の声が空間内に響き渡る。

 どうやら健にはこの空間が何を再現したものなのか、分かっているらしい。


「健、落ち着いて――」

「キング」

「はいっ!」


 何も答えない王子を地面に捨てた健に呼ばれ、優雅が身体を強張らせる。

 健はそんな優雅を気にも留めず、生成したばかりの両手剣を手渡す。


「これ使って」


 詳しいことを何も話さないのはいつものことだが、その雰囲気は殺伐としている。

 普段の健の殺気は冷たく、だからこそ殺傷力がある。今の健は激しく燃え盛るような殺気を巻き散らしている。


 溢れ出た殺気にあてられた優雅へのフォローもしないままに健の足が地面を蹴った。

 その手に生成された細身の剣が踏み込んだ一歩とともに一閃を放つ。相手を殺すことを目的にされた剣撃は透明な障壁に阻まれる。


「あれは桜さん、かな。でも色が、白い……」


 健が攻撃を仕掛けたのは藤咲桜だった。正確には全身が白で統一された藤咲桜だった。


 障壁に阻まれたくらいでは健の攻撃は止まらず、空いている手で光を破裂させる。

 至近距離でも爆発でも障壁は小動もせず、距離を取った健は畳みかけるように武器の雨を降らせる。


 ようやく入った皹へ狙い定めて高速の突きを放つ。的確な狙いで障壁内に侵入した剣を、細腕からは想像できない膂力で横へ薙いだ。


 両断される障壁。刃こぼれした剣を捨て、逆の手に生成したナイフで白い桜の喉元を狙う。

 防御が間に合わないと判断した白い桜は着物にもかかわらず、健の腕を鋭く蹴りあげる。


「っ」


 苦悶する健は落としたナイフを拾い上げる風を巻き起こし、操るのと同じ要領で白い桜の肌に傷をつけた。


「すごい」


 お互い後れを取らない、高レベルの攻防に優雅が思わず感嘆の息を零す。

 夜はただ静かに目の前で繰り広げられる戦闘を見つめ、海里へと視線を寄越す。


「武藤海里、ここに来るまでに健はかなり体力を消耗しているんじゃないかしら」

「えっと、はい。本人は問題ないって言ってたけど」

「そう」


 短く答えた夜は繰り広げられる天才たちの攻防へ再び目を向ける。

 実力は拮抗している。お互い決め手に欠けるようだ。


 無駄のない動き。計算しつくされた一撃。完成されたように見える攻防の中に混ざる仄かなズレを夜は見抜いた。


 言わば、プロのオーケストラの演奏に混ざる不協和音。音が外れているのでも、テンポが違うのでもない、ただ少し弦を押さえる力が弱いだけ。ただそれだけのズレだ。


 多くが気付かないであろうそれを夜が気付けたのは健の戦闘を何度も見たことがあるからだ。

 健を愛しているから。その目に焼き付けるようにいつも見ているから。


「悠を怒らせると面倒だもの」


 胸の谷間に指をいれて小さな指輪を取り出す。シンプルなデザインの指輪は保険として持ち歩いていたものだ。


「起動――引き寄せの術」


 呟きとともに夜の目の前に二十個近いアクセサリーが落ちた。

 すべて着替える前に夜が身に着けていたものである。マーキングしたものを手元に引き寄せる術により、夜のもとに戻ってきたものの中から二つの指輪と鎖を取る。


「目を瞑ってて」


 傍らに立つに二人にそれだけ告げて夜は高度な攻防の中に身を投じる。


「起動――カメレオン一〇〇%」


 手の中で指輪が一つ崩れ、夜の姿が消える――ように見えていることだろう。


 かつてカメレオンと呼ばれていた青年が得意とする術だ。擬態し、自分の姿を見えにくくする術。

 本家の術を完全再現したそれは気配すらも朧げにする。


 お互いの動きだけに集中している今の二人なら気付かれることはないだろう。普段の健ならばそれでも気付かれていただろうが。


 流石の夜も人間離れした攻防に割って入ると死にかねないのでもう一つの指輪を二人の間に投げた。


 太陽光を浴びて、キラリと光る指輪に口角を上げる。魅了の術をかけた指輪に二対の視線が集まる。

 魅了の術は夜がもっとも得意とする術だ。高い練度で作られた術は最強を冠する人たちの視線すらも奪い去る。


「起動――閃光弾七〇%」


 瞬間、指輪が破裂し、眩い光が空間の意識を刈り取った。白光から世界が立ち直るよりも早く夜は鎖を白い桜に向けて投げる。


 ゴシックロリータの装飾品の一つとしてつけられた鎖はその見た目通りの術が込められている。


「起動――縛鎖一〇〇%」


 鎖が煌めいて、白い桜を拘束する。と同時に踏み込んだ夜ははためくブレザーの隙間を縫って襟首をつかみ引っ張る。息を詰める声を聞きながら、そのまま戦線を離脱した。


「少しは頭も冷えたかしら」

「夜……」


 また目が見えていないなりに恨めしげな視線を寄越した。

 しかし、自分の非は認めているようでそれ以上の不満は返ってこない。


「貴方が何にそこまで怒っているのか分からない、ある程度の推測はついているけれど、ここはあえて分からないと言っておくわ」


 健は自分に深く関わることになればなるほど頑なになる。ある意味では分かりやすい。

 感情の機微に聡い夜には何に触れてほしくないか手に取るように分かる。だから触れない。


 誰にだって触れてほしくないものがある。彼の奥に触れられなくても夜の心は満たされる。

 愛しい人が愛しいままでいてくれるのなら、夜は満足。だから愛しい彼に戻すための手直しをする。それは健自身が夜に求めていることもでもある。


「ねえ、ここで無駄にしていいの? 死に急ぐにはまだ早いんじゃないかしら」

「ごめん。感情的になった」

「謝る必要はないわ。感情的な貴方も嫌いじゃないもの。さっきの貴方は好きじゃないけれど」


 ほんの少しの言葉を重ねただけで理解し、いつもの健に戻るところは好きだ。

 胸を満たす感情は健の傍にいるほど愛しい人を感じるほど際限なく溢れていく。


「私と武藤海里で相手をするわ。鳳優雅、健をお願い」


 頷く優雅を横目で確認しつつ、夜は地面に置かれたアクセサリーを身に着ける。

 美しい顔にはむしろ似合わない過度な装飾で自分を飾っていく。その一つ一つが夜の武器だ。


 実のところ夜は魅了の術以外の術に対する適性が高くない。だからこそ、天才たちの術を借りて戦う。

 準備が必要で、頭が必要だ。それを苦と思わないだけの実力が夜にあり、だからこそ最愛の人に選ばれた。


「夜、これを」


 差し出されたのは夜が愛用しているカッターナイフに似たものだ。予備の刃まで用意してあるのは夜の戦い方を知っている健らしい気遣いだ。


「ありがとう」


 これで万全だ。健の愛情を確かめるようにカッターナイフの柄を握り、鎖に縛られたままの白い桜を見遣る。


 オリジナルより多少劣っていても相手はあの桜。あの術も長くは続かない。今が狙い目だ。

 先に動き出した海里に続くようにして立ち向かう。高いヒールで地面を叩き、舞うようにしてその身を投じる。

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