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4-16

 地面を踏むたびに激痛が足全体に走る。突き刺す痛みは足を踏み出すことを躊躇わせる。

 やがて耐え切れなくなってその場に座り込む。レミには空を飛ぶという移動手段もあるが、これは物語の根幹を揺るがすことになるので封印した。


「大丈夫ですか」


 差し伸べられた手に顔を上げたレミの目がよく知る顔を見つめる。

 顔立ちは整っており、その佇まいも含めて優男を称するのが相応しい。柔らかに笑う顔は彼と初めて会った頃を思い出される。


「――」


 答えようとして、掠れた音だけが空気を揺らした。ぱくぱくと口だけを動かすレミを彼はどこか困ったように眉を寄せる。


「よろしければ私の屋敷に来ませんか」


 きっと親切心からの言葉をレミは心中で笑った。レミの想い人とよく似た顔から「私の屋敷」なんて言葉が出てきたのが妙におかしかったのだ。


 身にまとっている高価な装飾が施された服にもどこか違和感がある。

 おかしさが込み上げる内心を隠すようにレミは頷いてその手を取った。


「貴方は昔、私を助けてくれた人に似ていますね」


 レミにはまったく心当たりのない話だったが、その人物はきっとレミだったのだろう。

 この話はレミも知っている。愛する人と一緒になるために声の代わりに足を手に入れ、最後に泡となって消えてしまう話。


(お前が本当にレオンなら私は泡になって消えてもいいんだがな)


 彼が本当にレオンなら、そもそもレミは足が欲しいなんて願わなかっただろう。

 諦めはいい方だ。レオンの幸せだけを願ってレミは海の世界で生き続ける。


 だから、この物語のヒロインとは話は合わないと思う。そんなことを考えて、レミはその手に水で構成された短剣を作り出す。


(悪いな。私はヒロインには程遠いんだ)


 短剣を握りしめ、愛しい人と同じ顔をした人物の胸へ突き刺した。

 女性の細腕でも妖だからこその腕力がある。その上、躊躇いもない一撃は的確に命を奪った。


「あ……あー、あー。よしっ、声は出るようになったな。足も、問題ないな」


 一つ一つ確認して、万全の状態になったと次へ進むために思考を切り替える。

 そこについ先程、この手で殺した者のことは置かれていない。世界を構成するために作り上げた虚構の存在を気にしていても仕方がない。


「妖相手ばかりだったからこういうのも悪くはないな。マイナーなものが来られても困るが」


 レミは昔、とある人間のもとに通っていた。そのときに人間界に伝わる童話をいくつか教えられた。今回の人魚姫もその一つだった。

 有名なものは一通り押さえてあるとは思うが、抜けているものも少なくないはずだ。


 あまり難易度を上げられても困ると続く地面を踏んだ。瞬間、駆け抜けた何かをレミは咄嗟に巻き起こした風で受け止めた。

 受け止めてから、それが見知った人の形をしていことに気付いた。


「レミさん……」


 先に相手の唇がレミの名前を紡いだ。驚きから少しずつ状況を消化していき、レミもまた口を開く。


「星司、悠長に話をしている状況ではないらしいな」


 クッションとなっていた風から星司を下ろしながら返す。寝癖だらけの髪がいつも以上に乱れているのは風のせいだけではないだろう。

 視線を少し動かした先に怪物がいる。見た目は蛇に似ている。頭が九つに分かれており、そのうちの一つが星司のことを吹き飛ばしたらしかった。


 星司の他に応戦しているのは二人。恐ろしい鬼の風貌をした男と、執事服をまとう無邪気そのもののような人物。


(海里様はいないのだな)


 沈む気持ちは心の中だけに留めた。ここに集っているのはレミも含めて四人。

 この場にいない全員がもしかするともう合流している可能性を考えて悲観的になるのはやめた。

 未来を考えるなら、希望を描いた方が心を救われる。


「レミさんはお一人ですか」


 怪物の攻撃をあしらう炎の隙間を縫うように歩いてきた悠が問いかける。

 その目にはレミと同じ感情が宿っている。


「悪いな」

「いーえ。運みたいなものですもん。健兄さんはお強いですし、一人でも大丈夫ですよ。……海里さんも」


 囁くように付け足された一言に笑い、「そうだな」と息を吐く。


「星司さーん、お怪我はありませんか。治しますよー」

「あ、ああ、大丈夫だ。レミさんが受け止めてくれたから」


 どこか距離を感じる二人に首を傾げる。拠点に入る前まではもう少し兄弟らしい距離感だったような気がするが、何かあったのだろうか。

 気になりはするものの、今は戦闘中。煉鬼だけに相手を任せておくわけにもいかないと思考を切り替える。一先ず、必要なのは情報共有だ。


「あれは何だ。妖とは違うようだが」

「ヒュドラって名前らしいですよ。何かの神話の怪物で……ゲームなんかでよく出てくるやつってくらいの知識しかないんですよね。後はすっごく強いのと、首がすぐに再生しちゃうってくらいですかね」

「再生か。厄介な敵のようだな」

「ですよ! レミさんが来てくれて助かりました。百人力ですよ!」


 無邪気な期待に苦笑する。

 処刑部隊のエースとして負けられない戦いに挑んだことは数知れず。

 それらに比べれば、悠から向けられる期待なんて大したものではない。


 蠢く八つの頭と微動だにしない中央の頭。八つの頭にはところどころ火傷のような跡が残っており、煉鬼の奮闘が窺える。それもすぐに治ってしまうようだが。


「煉鬼、頼みたいことがある」


 煉鬼が操る炎が頭の一つを焼くより速く走った風が首と頭を切り離した。断面が蠢き、頭の形が作られていくのを横目にレミは煉鬼の隣に立った。

 その昔、レミは春野家に通っていた。彼が見た目は恐ろしいが、話は分かる奴だと知っている。


「私が左右の頭をすべて切り落とす。煉鬼はその断面を焼いてくれ」

「分かった」

「星司、お前は中央の頭を任せる。合図したら攻撃をしろ」


 頷く星司の姿を確認し、レミは風を生成する。風が柔らかく吹き抜けて八つの首を同時に胴から切り離す。赤い液体が舞う中で、煉鬼が操る炎が踊る。


 元の形に戻るために犇めいていた肉がその目的を果たすことなく焼き尽くされる。

 肉が焼かれる、ともすれば焦げた匂いが漂う。これを不快に思うような道のりを歩んでいないレミは星司を顧みる。


「今だ!」


 首を切られ、肉を焼かれた激痛で身を捩る八つの長い首。縦横無尽に動き回る間隙を見つけて呼びかければ、星司がおもちゃの剣を振りかぶる。


 巫山戯けた得物から放たれる一閃は霊力をまとっている。日々の鍛錬で少しずつ積み重なった実力は容易く中央の頭を飛ばした。

 八つの首を焼いた炎が瞬時に踊り、中央の頭もまた呑み込んだ。


「再生能力がある相手は今まで何回か相対したことがあるからな。対処法はいくつか知っている」

「さっすがレミさんんですね。経験値が違うって奴ですね!」

「とはいえ、まだ油断はできない」


 切り落とした断面を焼くことで再生を阻害できる、こともある。

 レミは可能性の一つを試しただけ。盲目的に信じることなく、明確な結果が得られるまで気は抜かない。


「……再生してるっ!!」


 驚く星司が見ているのは自分が切り落とした中央の首だ。


 レミが切り落とした八つの方には再生の兆候は見られない。中央の首だけだ。

 焼かれた肉が生々しいピンク色を取り戻し、膨れ上がる。頭を形作るとは違う蠢きで、肉の塊が風船のように膨らんで、


「伏せろ!」


 声と肉が破裂したのはほとんど同時だった。飛び散ったのは肉片ではなく、おどろおどろしい色の液体だ。レミは水の膜を張って防ぎ、煉鬼は炎で液体を焼き去る。


 そして、一番近くにいた星司は避けるのが半瞬遅れ、叫ぶような声をあげる。駆け巡る痛みに身もだえ、吐瀉物を巻き散らす。

 苦悶の声を上げる口からは胃液と唾液が混ざった液体が零れた。


「仕方ないですねぇ。お二人はあれを倒すのに集中してください」


 真っ先に駆け寄る悠は治癒の術を発動させて星司に触れる。

 治癒は任せるよう、悠は言っていた。腕には自信があるのだろうとレミは一先ず、星司のことを思考の外に置いた。


「どうやら中央の首はしぶといようだ。もう少し相手をしてやろう」


 傷口を焼いても駄目ならば、他のことを試すまでだ。

 再生した頭を炎が焼き、その先で長い首を氷漬けにする。凍った状態で再生のために蠢く肉を見て、風刃で切り裂く。


 頭と胴を的確に切り離した時とは違い、より細かい風刃。細やかになっても鋭さは変わらず、ヒュドラの首を細切れにした。

 散らばる肉や骨を大蛇に似た炎が灰へ変える。いや、灰すらも残っていない。


 完全に消え去られた不死身の頭。不死身であるが故にこれで終わると慢心はしない。

 先程のように毒が巻き散らされることへの警戒も怠らない。


「回復するか……っ」


 吐き捨て、歯噛みする。これは正真正銘、不死身だと認めるしかないようだ。

 流石に完全な不死身の相手とは戦ったことはない。それでも培った経験から対処法を練り出す。


「何をやっても回復するならっ」


 渦巻く水で地面を穿つ。大きく穴が空いた底に沈める形で同じく渦巻く風を再生したばかりの頭に叩き込んだ。つんざくような鳴き声をあげ、土の中へ叩きつけられるヒュドラ。

 猛毒が心の中に溢れる中で、宙を浮く岩が重しとしてのしかかる。


 殺風景な空間で異質に置かれていた岩。風で持ち上げたそれを頭の上に落としたのだ。

 頭蓋骨が押し潰される音。再生しようにも重しとなった石が邪魔をして、半ばで終わる。


「終わったみたいですね。流石の手際です」

「星司は大丈夫なのか」

「解毒は完了しました。星司さんは体力ありますからね。ちょちょいのちょいで完了ですよ」


 横になっている星司の呼吸が安定しているのを見て、ほっと息を吐く。

 本人の自信通りに悠はかなり腕が立つようだ。


「岩で押し潰すとは考えたな」

「これ見よがしに置いてあったからな。モチーフとなった話に関係するものだと思ったんだ」


 全員が攻略法も知らない。モチーフとなった話を知らなくても案外なんとかなるものだ。

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