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4-14

 温かな笑顔とともに深々と頭を下げ、海里は金に彩られた道を辿る。一歩、足が地面を叩くたびに金が散って海里の行く手を照らしてくれる。


 この先は海里の望むものに繋がっていると言っていた。

 望むものと言われたら、ここに潜入している者と合流することだろうか。この金の道は誰かのもとへ繋がっている。


 優先度が高いのは最初にこの空間に足を踏み入れた和音と煉鬼。特に和音は戦力に不安があるのでもっとも優先すべき人物だ。

 それに次ぐのは健。そして、今回の潜入メンバーの戦力が低い順を並ぶ。


 この中で誰が待っているか。誰がいることを自分が望んでいるか。


「んー、健君かな」


 早々に結論付けて、光へ一歩。踏み抜いた先で花が舞った。

 瞬間的な光景は金色の女性が作り上げた世界と同じ。けれども、落ちていく花弁の種類が違う。もっと小ぶりで、色は淡い紅色をしている。


「桜の花弁?」


 あまり花には詳しくない海里にぱっと思いつくのは桜の花弁くらいだ。

 柔らかい地面は歩いてきた足が踏むのは硬い床だ。


 白い床には薄紅の花弁が積もっている。中には無残には切り裂かれたものや血がついたものもあり、誰かが戦った形跡が確かに残っている。


 考え込む海里の目がふと光の瞬きを捉えた。

 不自然に盛り上がった花弁をすくいあげれば、光の正体が明らかになる。


「これって確か健君の……」


 薄紅の花弁に隠れていたのは桜の花弁を模した石だ。紐のちぎれたそれを健が胸に下げていたのを何度も見たことがある。


 つまり、ここで戦闘を行っていたのは健の可能性が高い。

 勝敗は分からない。が、健が不在であることや、残っている血の量を見る限り勝ったのだろう。


 この部屋の仕掛けが今のところ働いていないことも根拠としてあげられる。


「この先に健君がいる可能性が高い」


 石を拾い上げて、光だけがある先を見つめる。

 望むものがあるというのなら、この先を進めば健に出会えるはずだ。


「にしても、ここはどういう部屋だったんだろう」


 桜と言われて一番に思いつくのは恋人の祖母にあたる人物だ。彼女の名前は確か、貴族街のトップに由来するものだと聞いたことがある。


 海里は詳しくないが、貴族街は桜と縁が深いらしい。となると、この部屋は貴族街にまつわるものなのかもしれない。


 金色が示す道を辿る海里は緩く考えながら、桜の花弁を模した石をぎゅっと握る。

 常に身に着けていたものを落として気付かないくらいのことが健に起こっている。そのくらいのことは覚悟しておいた方がいいかもしれない。


「この匂いは……」


 一歩、踏み込んだ海里は濃厚な鉄の香りが襲い掛かった。足元が水音を鳴らし、赤い液体が靴を汚した。

 美しい光景ばかり見てきた海里の目は地獄絵図を映し出した。


 呆然と見つめる海里の足が何かに触れて立ち止まる。下を見れば、見開かれた目がこちらを見つめていた。

 胴体から切り離された目は自分の死を理解していないようだった。


「綺麗な切り口だな」


 首の断面を見て小さく呟く。周囲にあふれた死体の山への感情はそれくらいだ。

 足を動かすたびに赤い水溜まりを踏んで音を鳴らす。視線をどこへ動かしてもあるのは死体ばかり。


 軽く検分してみた限り、すべて同じ刃で切られているようだ。躊躇いのない傷口は人を殺し慣れている者によるものだとすぐに分かる。

 たった一人で、これだけの人数を殺すなんて人間技じゃない。

 しかも積み重なった死体は妖、それもすべて中級レベルだ。


「健君」


 死体の山の中を歩いていた海里の目が小さな影を捉えて、その名を呼ぶ。

 躍り出た小柄な身体は流れるように三体の妖の命を刈り取った。


 複数の流派を巧みに使い分ける剣撃に無駄はなく、最適解を選び続ける。流れ作業で死体を量産する人物は最後の一人の首を刎ねて、息を吐いた。

 遠目でも分かるほど息を乱した姿は返り血で真っ赤に染まっている。


 まだ切り換えができていないのか、殺気が駄々洩れ。その立ち姿はまさに鬼のようだ。

 大半が恐れ、近付くことすら躊躇う姿を見ても、海里は微笑みを消さない。恐怖もない。


「健く――っ」


 風が走って、銀閃が肩の上を通り過ぎた。ようやく元の長さに戻った藍髪が数本、地面に落ちる。

 海里の後ろで刃に突き刺された妖が血を吹き出しながら倒れていく。


「ありが――健君!? 大丈夫?」

「ぜぇ……っぜぇ、ひゅっ」


 乱れた呼吸の中に笛の音を混ぜた健は倒れるように海里にもたれかかる。

 問いかけに答える余裕もないらしく、ただ健の呼吸音だけが聞こえる。


「げほっ、ひゅ……ごほっごほっ……っ来るのが、おそ、い」


 咳と呼吸の合間に恨み言を吐いて、健はついに意識を手放した。

 人一人分の体重が海里に乗りかかる。小柄な身体は思っていたよりも軽い。

 あまり力がある方ではない海里でも抱えあげることが苦ではない。


「どこか休めるところがあればいいんだけど」


 辺りを見渡ししてもあるのは死体の山だけ。とても休める場所ではない。

 前の部屋に戻るにも扉は閉ざされている。先に進むにも、今の健を抱えた状態ではリスクが高い。

 取り敢えず健が横になれるスペースを探そうと歩き回る。今日は歩いてばかりだ。


〈苦労をかけるな〉


 ふと聞こえた声に瞬きをする。聞き覚えのない声だ。

 低く老成した響きを持っており、知らないけど知っている。


「もしかして鬼神さんですか」


 健が鬼神の宿主であることは本人の口から聞かされているのですぐに正体は分かった。

 少し前に話した女性と似た空気をまとっていたのも理由の一つだ。彼女も、鬼神と同じ出来損ないの神と呼ばれる存在だ。


〈うむ。こうして話をするのは初めてだったな、海里よ〉

「俺の名前、ご存知なんですね」


〈我はずっと健と共にいたからな。あれと既知の間柄であれば多少なりとも知っておる〉

「そういうものなんですか。もう少し距離があるものだと思ってました」

〈離れることもできぬのだ。距離をとっても仕方あるまい〉


 想像していたものとは大分、印象が違う。鬼だとか、神だとか、そんな言葉で委縮してしまうのが馬鹿らしく思えてくる。


「ここで何があったんですか」

〈百を超える妖をたった一人、刀一本で倒した男がいる。その逸話を元に作られたのがこの部屋だろうな。最強の妖退治屋と呼ばれる男の話だ〉


 最強の妖退治屋といえば、海里が愛用している竹刀の製作者だ。そして武藤家の先祖でもある。

 その化け物じみた逸話の数々は妖退治屋や妖たちの間で広まっている。


〈健は腕は立っても体力がない。近接戦で百が相手ともなれば先に体力が尽きよう〉


 その上、相手は中級レベルの妖ばかり。簡単に切って捨てられる低級とは違って、使う労力もそれなりだ。


「そういうことか」


 来るのが遅い。海里に向けられた恨み言の正体が鮮明になる。

 海里は遠距離よりも近接戦闘を得意としている。体力も、半分は妖の血を引いているだけあって見た目以上、同世代の平均以上はある。


 この部屋の攻略は健よりも海里向きのものだった。それ故の恨み言だ。

 完璧超人のように見えて健には弱みもある。


〈お主、姫に会ったか〉

「はい。少しだけ話をしました。素敵な方でした。ここまで導いてくださいましたし」

〈気に入られた証だな。そうでない者には冷酷な女だ〉


 その片鱗は海里があの空間に踏み入れたときに感じた。

 情が深く、だから冷徹で冷酷。あの場で選択を間違えていたら、今、海里の命はなかったと思えるほどに。


〈龍と姫の混じり子であれば、不思議もない、か〉


 鬼神が龍と呼ぶのは、先程も話に出た、最強の妖退治屋のことだ。


 出来損ないの神、龍王。そして『姫』と呼ばれる出来損ないの神、妖姫。

 それぞれ、海里の両親に深い関わりがある。だから混じり子。


 特別な出生も海里にとっては個性の一つだ。そう割り切れるようになった。


〈よい笑顔だ〉


 言われて、自分が笑みを浮かべていたことに気付く。

 楽しいときも、嬉しいときも、辛いときも、怒っているときも、笑顔も浮かべるのは海里の癖だ。いつからか覚えていない海里の癖。

 浮かべるのはいつも笑顔。けれど、種類は微妙に違うらしい。


〈あれもよく笑っていたな〉


 血溜まりに映った健の顔は懐かしんでいるようで、幸福に満ちている。その脳裏にはおそらく大事な誰かが映っているのだろう。


「……んっ」


 海里の腕の中で眠る健が身じろぎをする。


〈ふむ、起きたようだな〉


 意識を失ってから十分も経たず、意外と長い睫毛が震える。ゆっくりと持ち上げられた瞼が鬼神の言葉を肯定した。

 感情の宿らない瞳が状況を理解するのに一拍。


「お手を煩わせてしまったようですみません。下ろしてもらって大丈夫ですよ」


 一桁分の睡眠時間で疲弊しきった状態からいつも通りに回復した健の言葉。

 それに従うように海里は健の身体を地面に下ろした。細い足が地面を踏んで――ふらついた。


「っと、大丈夫?」

「大丈夫です。すみません」


 ぱっと見はいつも通り、呼吸も安定しているが、まだ回復したわけではないらしい。


「いろいろ情報交換したいところですけど、とりあえず進みましょー。こんなところにずっといたくないですし」

「それは同感だけど、大丈夫なの?」

「少し休んだので心配はいりませんよ。近接戦闘が必要にさえならなければ問題ありません。もしそーなっても今は海里さんがいますから」


 近接戦闘は海里の得意分野。それは健も知っていることだ。

 健は感情よりも理性で他人を評価する。いざというときに頼りにされるくらいには海里を評価してくれているらしい。


「頑張って健君のことを守るよ」

「別に守ってもらう必要はないんですが」


 強がりとは違う健の言葉に笑声で答える。半眼が恨めしげに返された。


「とりあえず……」


 言いながら、下ろしたばかりの健を再び抱えあげる。


「気休めにしかならないと思うけど、健君は休んでて」

「大丈夫ですって」

「まあまあ。健君の力はこの先必要だから」


 口では突っぱねながら実力行使に映らないのは、体力を温存したいからだけが理由ではないのだろう。

 なんだかんだ健は優しくて、絆されやすいところがある。頑なな部分に触れさえしなければ、流されてくれる部分もあるのだ。


 口だけの拒否すらもなくなって諦めたように身を委ねる。いつも大人びた雰囲気を忘れがちだが、こうして見ると年下らしい。


「なるべくゆっくり話せるところがいいな」


 照れとも、拗ねているとも取れる態度に語りかける海里。背けた顔から普段通りが近い素っ気ない返事が返ってくる。


 見ため相応の姿をどこか愛らしく思う海里は早々に次の部屋へ辿り着いた。今まで長く歩かされていたことを考えて、健を抱えている分、気を遣ってくれているのかもしれない。

 そんなことを考える海里の目の前を薄紅色の花弁が舞った。

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