4-11
黒に包まれていた視界が晴れ、星司は薄暗い部屋に立っていた。周りには誰もいない。
どうやら一人きりのようだ。不安の表れか、おもちゃのナイフを握りしめる。
実戦経験はそれなりにある。けれど、そのどれも処刑部隊の面々や流紀、桜の式など戦闘慣れしている者が一緒だった。
完全に一人きりなのは今回が初めて。最初から分かっていたこととはいえ、敵の拠点で一人きりという事実に緊張が宿る。
「毎日鍛錬してんだ。きっと大丈夫! 多分」
自分に言い聞かせるように明るい声を出す。
足手纏いになることを理解してついてきた以上、出来なかったなんて言うわけにはいかない。
海里たちに相手をしてもらった鍛錬の日々を思い出して心を落ち着ける。
楽しむこと。それが星司が強くなる一番の鍵である、という教えを刻み付けて。
「よしっ」
気合を入れ直して、緊張を振り払った星司は薄暗い部屋の先に続く廊下の床を踏んだ。
部屋と同じで薄暗い廊下。いつ敵が来るか分からないので、警戒を最大限に進んでいく。
と、星司の鼻が血の香りを嗅ぎ取った。医者の息子として馴染みのある香りは焦げた匂いと混じって不穏で、より警戒を強くする。
一歩一歩、危険がないか確かめる進み方の先で、開けた世界に長身の影が待っていた。
燃え盛る炎のような髪と、その間から覗く鋭い角が二本。離れていても、その強さが手に取るように分かる。それだけの風格を持っていた。
星司など一生かかっても勝てないような、そんな相手。
足元には匂いの根源である、焼死体がいくつか転がっていた。
「――っ」
遅れて星司の存在に気付いた真紅の目が射抜く。全身に恐怖が駆け抜け、心が竦む。
鋭すぎるその目を見ただけ委縮してしまう心を叱咤する。
握りしめたおもちゃのナイフの周囲に霊力をまとわせ、いつでも戦闘に移れるような意識だけはして近付いていく。相手の動きを見逃さないよう、慎重に。
「お前――」
不意に紡がれた声に息を呑んで、足を止めた。
「お前、健の兄貴か?」
「っは……?」
警戒に警戒を募らせていたが故に、予想だにしていなかった問いかけを聞いて思考が止まった。
一拍、いや、二拍ほど置いてようやく言葉を咀嚼し始める。
「健の知り合い……? 角があるってことは、あ! 紅鬼衆の!」
「煉鬼だ。驚かせてしまったようで悪いな。それで、お前は健の兄でいいんだな」
「あっ、はい。岡山星司です」
恐ろしい見た目とは裏腹に、気さくなタイプのようだ。一人きりだと思っていたのも束の間、消息不明だった人物と合流するとは思わなかった。
「悪いが、状況を教えてくれないか。何日経ったかすら分からなくてな」
入って間もない星司ですら体内時間が狂い始めているのだから、より長くいる煉鬼ならそうなってもおかしくない。
時間の流れ方が外と違う可能性も、拠点に行く前の話し合いでレオンが指摘していた。
「健が芳鬼さんと西園寺徹を助けてそのまま調査を続けるって消息不明で……俺らそれを助けにここへ」
星司はそれほど詳しい事情を知っているわけではない。
ついて来るなら、と海里やレオンから聞かされた内容だけだ。それもほんの概要だけ。
彼らは仕事の内容を極力、星司に話さないようにしている。巻き込まないための配慮、なのだろう。
「他に誰が来ているんだ?」
「海里とレミさん、後は悠とか、優雅と――紫苑っていう女の人とか」
「紫苑。聞き覚えのない名前だな」
「健の知り合いらしいっすけど。今回の潜入もいろいろ手引きしてくれたみたいです」
健の知らせからすぐに紫苑から連絡が来たとレオンが言っていた。協力者を名乗り、いろいろな情報を提供してくれた、と。
感謝すると同時にレオンは怪しんでいるようだった。海里が行くことを最後まで渋っていたくらいだ。
「そいつは本当に信用できるのか」
このタイミングで欲しい情報を与えてくれる人物。警戒するのは当たり前で、星司も煉鬼やレオンの考えはよく分かる。
「分からないっすけど、悠は知り合いみたいなんで嘘はないと思います」
「悠か。それなら多少信用はできるか」
考え込むような煉鬼の言葉に違和感を覚える。
多少、とはどういうことだろうか。健の交友関係を一番知っているのは悠。そのはずだ。
悠が知らない交友関係もあるということだろうか。星司は弟たちについて知らないことばかりで、心に暗い影を落とす。
「一つ確認したいんだが、今回の潜入の目的は調査ではなく捜索なんだな?」
「そうだと聞いてますけど……?」
「いや、大したことじゃない。捜索が目的にしては人数が多いと思っただけだ。他の場所はともかく、ここじゃ人数が増えた分、合流の難易度があがるだろう」
「言われてみればそうっすね」
中に入れば、ランダムで別の場所に飛ばされる、というのは事前に分かっていたことだ。
捜索のために来た人たちと合流するのも一苦労な場所なのだ。それを考えれば、紫苑一人、少なくとももう一人や二人くらいで行った方が効率的を言える。
そのことにレオンや海里が気付かないわけがないし、星司が聞かされていないだけで調査も兼ねているのかもしれない。
「まあ、考えても仕方ないか。頭を使うのは幻鬼や翁の役目だ」
息を吐くように言葉を零した煉鬼は恐ろしい顔立ちを和らげる。
「いろいろ聞いて悪かったな」
「いや……。そういや、その足元の奴って煉鬼さんがやったんですか」
元の原型が分からないほどに燃やし尽くされた焼死体。真っ黒に焼けたそれらは全身が炭化し、崩れている部分も見て取れる。
「急に襲われてな。素早くて面倒な相手だったら、少し火加減を間違えた」
言いながら、煉鬼が足で焼死体をつつけばすぐに崩れ落ちる。炭というか、灰に近い状態だったようだ。
「お前は戦えるのか」
「それなりっすね。素人に毛が生えたくらいなんで、早い段階で煉鬼さんと合流できてよかったです」
「俺も情報を得られたのは助かった。この調子で他とも合流できればいいんだが」
不安だった戦力不足も、煉鬼と合流したことで解消された。開幕は悪くないと共に先に進む。
恐ろしい見た目に反して、気さくな性格だったことも安心材料の一つだ。
いい意味でリラックスした状態の星司を、またもや人影が迎えることとなる。
「火の気配だな」
軽く話をしながら歩を進めていたところに煉鬼が呟く。
小さな呟きの先で、舞う火の粉が目の前で散った。仄かな熱風が星司を出迎える。
「これは――」
一言で言うなら、テレビで見たことがある処刑の風景。
一人の人間が木に括り付けられ、その足元から火が立ち昇っている。
火がくべられてからそれなりに時間が経っているようで、燃え盛る炎がその人物の足を呑み込んでいる。もう少し到着が遅れていれば、全身が呑み込まれていたことだろう。
にもかかわらず、表情に恐れはない。木にくくられ、身動きのとれない状態で火の中に置かれているというのに恐れはないのである。
ただ無感動に炎を見つめ、やがて星司たちの存在を見つけて目に無邪気が宿る。
「悠、だいじょ――」
「少し下がってくれ」
弟のピンチに駆け寄ろうとした星司を煉鬼が引き止める。
一歩前に出た煉鬼はその目を紅く輝かせる。美しく恐ろしいその輝きに呼応するように悠を喰らおうとしていた炎が踊り、うねり、悠を縛り付けていた縄をピンポイントで焼き去った。
炎の中にさらされ、焼け爛れた足でまともに立つこともできない悠はその場にへたり込む。
それを横目に見た煉鬼は懐から小さな水晶を取り出し、燃え盛る炎に命令を与える。
命令に応えて炎はうねり、煉鬼が掲げる水晶の中へ吸い込まれていく。あれだけ燃え盛っていた炎は透明な水晶の中に収容された。
「大丈夫か、悠」
「いやあ、助かりましたよ。さすが煉鬼さんですね」
火に呑まれ、見るに堪えない姿となった足など気にも留めず、悠は暢気にそう言った。
そこにあるのはどんな状況でも決して変わらない無邪気な笑顔だ。
「星司兄さんも一緒だったとは。こんなに早く二人と合流できるなんて僕ってばすっごく運がいいがいいみたいですね」
新年も始まったということで改めて宣伝をば
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