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4-7

「健、下がっててくれ」


 一言、それだけ言って芳鬼は結界の外へと出た。

 襲い掛かる緑の物体――茨を、紅く輝かせた目で見つめる。それだけで茨は動きを止めて、芳鬼の指の動きに合わせてその身体を絡み合わせる。


「これはいばら姫かな。この茨、どかせる?」

「分かった」


 短い答えで、芳鬼は目の前に立ちはだかる茨に命令を加える。

 行く手を遮るように生えていた茨はゆっくりと人が通れる分の隙間が開かれる。


「芳鬼がいてくれて助かったよ」


 植物を操る力を持つ芳鬼といばら姫のモチーフは相性がいいようで、今回は大した労力を割かずに進めそうだ。


 いばら姫は別名、眠れる森の美女とも言う。茨に覆われた屋敷に足を踏み入れた者を待っているのは呪いで眠らされたお姫様だ。


「あれは……徹さんだね」


 天蓋付きのベッドが占拠する広い部屋で二人を待っていたのはお姫様ではなく、西園寺徹だった。

 その上、ベッドで寝かされているというより、全身を茨によって拘束されている。鋭い棘が絡みつき、突き刺さり、眠る徹の肌は小さな傷が大量に施されていた。


「大きな傷がないのは安心したけど、ちょっとまずい感じだね。芳鬼、拘束を解いて」

「無理だ。何かに妨害されていて、僕の力が届かない」

「話のルール通りに動かないとダメってことか……?」


 いばら姫でお姫様が目を覚ます方法は二つある。王子のキスで目を覚ます、もしくは呪いが解けたことで目を覚ます、の二つだ。

 前者はできることならしたくないし、芳鬼にさせるのも憚られる。ここは後者の方法に近い形を再現しよう。


 眠る徹へ近付き、触れようとしたその時、低い唸り声が耳朶を打った。


「なんだ、あれは⁉」

「キマエラ、かな。ギリシア神話に出てくる怪物だよ。最近はアニメや漫画で使われることも多いから、結構ポピュラーな怪物ではあるね」


 唸り声をあげる怪物は複数の動物を掛け合わせたような見た目をしている。

 頭はライオン。胴体は山羊。尻尾は蛇。神話通りの姿ならば、尻尾の蛇は毒を持っているはずだ。


「GA――A」


 広い室内にキマエラの咆哮が轟く。咆哮とともに放たれた炎は茨に覆われた空間で圧倒的な効力を発揮する。

 キマエラの能力を知っていた健は先手を打つように生成した水で相殺する。


「あれの相手をお願いしてもいーかな。俺は徹さんにかけられた呪いを解くことに集中するから」

「分かった」


 短い返事と同時にそれぞれ動きを始める。健は徹に手をかざし、芳鬼はキマエラに立ち向かう。

 健を背に立つ形の芳鬼は近場の茨に命令を与える。紅い目が指し示すように踊る茨はキマエラを追いかけ、その四肢を捕らえる。


「があっ」


 食い込む棘の痛みからあげられる鳴き声とともに炎があがる。

 舞う火の粉が掠めて拘束していた茨が燃え果てる。自由になったキマエラはその強靭な脚力で芳鬼へと迫った。


 火の粉を巻き散らす口が大きく開かれ、炎を放つ前に強力な蹴りがキマエラを吹き飛ばす。

 鬼の身体能力はどの種族よりも高い。女性でもそれは相変わらず、キマエラの身体は床をバウンドし、壁へと叩きつけられた。


「所詮は獣。思っていたより大したことはなくて安心した」


 起き上がり、唸り声をあげる姿に紅い目が細められる。


「ただ、その強靭さは少し面倒だな」


 独りごちる芳鬼にキマエラが突撃してくる。突き飛ばされたダメージを感じさせない勢いを避け、茨へ命令を下す。


 炎を巻き散らすキマエラに茨の拘束が役に立たないのは経験済み。今は一瞬の間があればいい。

 作り出した間の中で部屋中の茨が芳鬼の手に集まっていく。絡み合い、縒り合わさった茨は一本の槍となる。


 キマエラの突進。咆哮とともに放たれる炎を避けて、蹴りをお見舞いする。

 転がるキマエラに一瞬で迫り、炎を放とうと開かれた口へ、茨の槍を突っ込んだ。


「ごふっ」


 縒り合わされた茨は簡単には燃えない。炎は外へ放出されることなく、キマエラの喉を焼いて、身体を焼く。

 満足に断末魔もあげられない状況で、キマエラは自分の炎に飲まれていく。


「獣の終わりは呆気ないな」


 小さく呟いて、芳鬼は解呪をしている健へ目を向ける。

 眠る徹に手をかざしていた健は幾ばくして深く息を吐き出した。


「こっちも終わったよ。霊力をかなり吸い取られてるみたいだから当分は目を覚まさないだろーけど」

「霊力を集めているのか」

「盗撮もそれが目的だったみたいだからね。……何か大きな術を使おーとしてるのかもしれない」


 レミたちから聞いた話と、解いたばかりの呪いの効果を合わせた推測を口にする。

 健は未だ、犯人たちと接触していないので、これ以上のことは分からない。


「俺は調査がてら引き続き和音さんの捜索をするよ。芳鬼は徹さんを連れて先に戻って」


 言いながら、健は一つの鍵を差し出した。

 紅鬼衆のまとめ役、一鬼の力が付与された鍵。アカデミー入学祝いにもらったそれのことを芳鬼ももちろん知っている。


「僕よりも健が戻るべきだ」

「俺じゃ徹さんを運べないよ。どーせ、授業は失格になっているだろーし、処刑人の仕事に集中するよ」


 健の言葉に芳鬼の目が迷いで揺れる。


 今、芳鬼に任されているのは授業の監視役で徹と和音を守ることだ。

 けれども、芳鬼の心情は健を守りたいと思っている。使命と感情の狭間で揺れる芳鬼。


「大丈夫。こんなことで俺は死んだりしないから」


 後押しするような言葉に芳鬼はそっと瞑目する。


「分かった」


 小さく頷き、徹を抱えあげた芳鬼を見て、健は扉を生成する。形だけの扉は現時点ではどこにも通じていない。

 そこへ健はどこからともなく取り出した鍵を取り出して、鍵穴に差し込む。それだけで見掛け倒しの扉は春野家の屋敷へと繋がる。


「無茶はするな」

「分かってるよ」


 最後に言い残した言葉に信用されていない微笑で受け止める。

 徹を抱えた芳鬼の姿が飲まれていくのを見届けて扉を消した。


「さて、先へ進むとしますか」


 独りきりとなっても変わらない調子で、健は開かれた先へ続く道へ進んでいく。


 ●●●


 芳鬼が春野家についたとき、そこでは優雅、幻鬼、陰鬼の三人が和幸へ状況報告をしていた。

 授業に参加していた四人のうちの三人が犯人の拠点を思われる場所に行ったきり、消息不明。


 空気は深刻で、その中に割り込むように芳鬼は部屋へ足を踏み入れた。


「芳鬼!? 無事だったのかい?」


 生徒の他に消息不明となっていた同胞の登場に幻鬼が声をあげる。

 驚きに満ちた声だが、表情に宿る驚きは少ない。自身の感情よりも言動を大袈裟にするのは幻鬼の癖だ。


「抱えているのは徹か?」

「そうだ。霊力が奪われてかなり衰弱している。早く治療した方がいい」

「分かった。龍馬、医者の手配を――」

「僕がやりますよ」


 壁にもたれかかり、どこか距離を置くようにして立っていた悠が立候補する。

 予想外の申し出へ和幸は値踏みするような視線を送る。対する悠は変わらない無邪気さを貫く。


「傷も結構ありますね。全部軽傷のようですが……。王様、一部屋用意してもらえますか?」


 どこか不気味さすら感じさせる態度への不信感を抱いたまま、和幸は指示に従うように龍馬へ言いつける。


 性格はともかく、悠の腕は信用できる。問題は性格なわけだが、悪いようにはならないはずだと信じたい和幸である。

 わざとらしい無邪気さとは違って、今はいつも通りの悠だから余計考えが読みづらい。


「芳鬼、徹を運び終わったら戻ってきてくれ。話を聞きたい」

「分かった」


 頷く芳鬼を確認し、和幸は改めて目の前に座る面々へと向き直る。

 芳鬼の登場によって中断させられていた話を再開させよう、と。とはいえ、目の前に揃う三人は詳しいことをほとんど知らないらしく、芳鬼待ちに近い状況だ。


「授業はどうなるんでしょうか」

「とりあえず、和音、徹、健の三人は失格になるだろうな。調査の枠を越えて、勝手な行動をしたんだ。当然の結果だ」

「でも健は二人を助けに行っただけで……っ!」

「そうだな。それは俺も分かっている。だが、それを知っているのは俺たちだけだ。特別扱いはできない。あいつだってそれを理解した上で行動しているはずだ」


 周囲よりも多くのものを背負った状態で生きることは、今までずっと当たり前のように健がしてきたことだ。

 和幸と健の間には理解が通っている。けれど、優雅はまだ納得できていないようだった。


 優雅から貰った報告書。素人とは思えない出来を支えたのが健だということは想像に難くない。

 だからこそ、自分一人だけが評価される事実を受け入れがたく思っているのだろう。


 健が巻き込まれただけだから余計に。


「君が気に病む必要はない。浅はかな行動をとった彼らを助けることも健の仕事のうちだからね。彼は学業よりも仕事を優先させたということだけさ」


 厳密に言うと、処刑人の仕事は処刑することだけだ。健は少し手広くやりすぎなのである。


 幻鬼の言う「助けるのも仕事のうち」というのはある意味では嘘でもある。

 励ますため――きっと励ますためだろうからあえて突っ込むことはしない。代わりに戻ってきた芳鬼の方へ目を向けた。


「戻ってきて早々悪いが、話を聞かせてくれ」


 無言で頷く芳鬼は真紅の目で和幸を射抜く。

 そっと開かれた口は健に話した言葉をなぞるように紡いでいく。


 和音と徹の調査が上手くいっていなかったこと。そこへ派手な服装の少女が現れたこと。拠点を知っていると言われて二人がついていったこと。突っ走った徹が先に拠点に入り、和音がすぐに後を追ったこと。


「止めるべきだった。すまない」

「気にするな。言っても利くような奴らじゃないからな」

「……健にも同じことを言われたな」


 ぽつりと呟かれた言葉に芳鬼と同じ色の目が瞬きを返す。鼠色の髪に隠された真紅の目が仄かの焦燥を宿して同胞を見る。


「健様と合流していたんですね」

「ああ。敵の罠に嵌まっていたところを助けられた。西園寺を救出できたのも健の協力があってだ」

「それで健はどうしたんだい? まだ拠点とやらにいるということでいいのかな」


 同法の言葉を肯定するように頷く芳鬼。


「調査と和幸の息子の捜索をすると言っていた。処刑人として」

「健がそう言っていたのなら任せるのが一番だね。こちらが下手に動けば邪魔になりかねない」


 度々、健の作戦に協力することがある幻鬼はさすがに理解を示す。

 和幸も概ね、幻鬼の意見に賛成だ。処刑人として動くと言うのなら任せた方がいい。

 ただ、それで納得できないであろう人物がいるのも事実だ。


 自分だけが評価されることへ不服に思っている優雅に、別室で徹の治療にあたっている悠。


 後者は和幸の判断にかかわらず、好きに動くだろう。それを黙認しても問題にならないくらいの実力も実績もある。

 前者は自分の力量を理解しているからこそ、不満はあっても素直に指示に従うだろう。

 つまり結論は見えていた。


「歓談中失礼いたしします。旦那様、お客様がお見えになっております」

「客? 今は人払いをするように言ってあるはずだが……いや」


 扉越しに聞こえた使用人に声に眉を寄せる。

 春野家の使用人はみな、選りすぐりの優秀な人材だ。当主の言葉に背くなんてことするわけがない。


 それだけ重要な客か。いや、聞こえた声はどこか虚ろだった。敵が訪ねてきたと考えた方がいいかもしれない。


「分かった。通してくれ」


 警戒を募らせながら、開かれた扉の先に現れる人物を待つ。部屋全体が臨戦態勢に近い緊張感に包まれていた。


「初めまして、と言った方がいいかしら。春野家当主様?」


 闇色のスカートを裾を持ち上げた恭しく一礼する少女。暴力的なまでの美貌を持った少女がそこには立っていた。

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