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4-6

 また何か、分かったら教えるようにお願いして、海里たちと別れた。

 合流地点まで戻ってきた二人であるが、和音と徹の姿はない。


「まだ調査しているのかもしれないね」


 優雅の声を聞きながら、健は考え込むように目を細める。

 嫌な予感がする。こんなことならGPSなり何なりをつけておくべきだった。


 学生の枠におさまるために遠慮したことを密かに後悔する。

 一先ず、近付いたらすぐに気付けるように周囲の気配を探ることに集中し――。


「幻鬼、キングをつれてアカデミーに戻ってて」

「健?」


 怪訝そうにこちらを見る優雅を横目に軽く身体をほぐす。言葉で語らず、次に陰鬼に目だけで意思疎通を図り、地面を蹴った。


 一蹴りで常人を軽く超える速さを作り出しながら、感じた気配を追いかける。

 身体強化の術が施された身体は、その華奢な身体付きからは想像できないスピードで、屋根の上を駆ける。


 刹那だけ残る気配の軌跡をその目で辿る。意識を少しでも逸らせば、見失ってしまうほどの微弱な気配。

 確かにこれでは海里やレミでも気付けないだろう。健が気付けたのは運がよかったからだ。


「健様、失礼します」


 仄かにあがった息を見て取った陰鬼が健を抱えあげる。

 体力がないことで有名な健を気遣ってくれたのだろう。温存できるのは素直にありがたいので、素直に受け入れて気配を追うことにだけ集中する。


「あの赤い屋根の家の前」

「分かりました」


 微弱な気配との鬼ごっこはこれで終わりだ。

 玄関前で着地した陰鬼に降ろしてもらい、見上げた先に立つ家を対峙する。


 意識すれば、感じ取れる白い気配。ここで間違いなさそうだ。

 静かに確信した健はその手に生み出した霊力の鳥を二羽、空に放った。


「陰鬼はここで待機してて。十分経って出て来なかったら――」

「それは出来ません。私は健様の監視役です。お傍を離れるわけにはいきません」

「ここで押し問答をするつもりはないよ」


 冷たく言い放つ健は息を吐くようにして陰鬼に向き直った。


「心配しなくても大丈夫だよ。俺の強さは知ってるでしょ。そう簡単に死んだりしないよ」


 口癖のようになっている言葉を吐く声。


 死なない。死にさえしなければ、問題ないとでも言うような態度に鼠色の前髪に隠された目が物言いたげに見つめている。

 それに気付いてもなお、健は気付かないふりを貫いた。


「ここはきっと和音さんたちもいる。最悪なことになる前に手を打たないと」

煉鬼(れんき)芳鬼(ほうき)もついています。一度態勢を立て直してからでも問題はないのでは?」

「そーだね。これはただの勘。ただの勘でも俺の勘だ」


 それだけ言って健は家の方へ歩いていく。

 押し問答するつもりはない、という言葉を体現するように。


「十分経って戻って来なかったら、王様のところに戻って。それと――」


 玄関の扉に手をかけ、一度振り返る。


「今回の授業は棄権する。そー伝えて」


 暗にこれから処刑人として動くと告げて、家の中へ足を踏み入れた。

 陰鬼は役目を放棄しない。分かっているからただ前だけに進む。


 普通の古民家の様相を保っていた家の中は暗闇に覆われていた。

 一拍置いて灯った明かりが仄かに部屋の中を照らし出す。


 シンプルな作りの部屋だ。中央にテーブルが置かれ、その先に三つの扉がある。

 大、中、小。サイズの違う三つの扉だ。大はともかく、中と小を通るのは難しそうだ。


「私を食べて、か」


 テーブルに歩み寄り、「Eat me」とアイシングで描かれたクッキーを一つ手に取る。


「食べたら身体のサイズが変わる奴だよね、これ」


 呟いて、クッキーを置いた健は扉の前を順繰りに立つ。あのクッキーが「不思議のアリス」と同じであれば、食べたら身体が縮んで小さな扉も通れるようになるはず。

 ただ敵の陣地に置かれた食べ物を積極的に食べようとは思えない。


「一番小さいのは無理だけど、こっちはギリギリ通れるかな」


 小柄でよかった。と、普段なら考えないことを考えつつ、真ん中の扉を開く。

 その先は真っ暗で何も見えない。逡巡し、一歩踏み出した健の足が地面を踏むことはなかった。


 あると思っていた地面がないことに驚き、空を切った足のまま、狭い空間を滑り落ちる。

 すべり台を滑る要領で暗闇の中を落ちていく。どんどん加速していく中、放り出されてもダメージを負わないように術を展開させる準備だけはしていく。


 一分近く闇の中を滑った頃だった。光が見え始め、そろそろ終わると思った先で弾む何かに着地した。


「キノコ?」


 健が着地してのは大きなキノコの上だった。

 薄明りの照らされた部屋から森の中へと景色が一変している。


 キノコの上から降りた健はふと近付いてくる足音に耳をすませる。気配は感じない。けれど、足音が近付いてくるのは確かで、そっと臨戦態勢を取る。


「トランプ兵……やっぱり、不思議の国のアリスをモチーフにしてるみたいだね」


 現れたのは童話やアニメで見たことがあるようなトランプ兵三人。いや、この場合は三枚と言うべきなのだろうか。


「曲者! 曲者!!」


 健の姿を見るや否や、そう騒ぎ立て、槍のような武器をかき鳴らす。

 音に反応して、奥の道から新たに七枚のトランプ兵が現れた。


 ハートのトランプ兵が計十枚。一から十まで数字が並んでいるのを見ながら健はその手に剣を生成する。


 細い剣身が踊る。襲いかかる槍を受け、払い、トランプ兵を舞うように切り裂いていく。

 所要時間をおよそ十五秒。メルヘンな森の中にはトランプ兵の死体が重なっている。

 それを一瞥だけして息を吐き、持っていた剣を霊力に戻した。


「このまま進めばいーのかな」


 戻ろうにも、かなりの距離を滑り落ちたので難しい。示されたのは進むことだけ。

 迷いも、躊躇も宿らせない足取りで次の部屋に踏み込んだ。


「変わらず森の中だけど雰囲気が随分違うなあ」


 メルヘンチックな装いの森から、どこかおどろおどろしい雰囲気をまとう森へ。

 急に薄暗くなった空間、無造作に生えた草木が長年手入れされていないことを教えてくれる。

 この空間に長年なんて言葉は不釣り合いだろうが。


 鬱蒼とした森の中を歩いていれば、やがて古い壁が見えてきた。

 ひび割れて、一部崩れた壁に沿うようにして歩を進める。そして、やがて古城が現れた。

 薄暗い森に突然現れる古城。その異様な佇まいを前にした健はおぞましい気配を感じて振り返る。


「フクロウ……?」


 健の周囲を一羽のフクロウが飛んでいる。

 しばらくしてフクロウは茂みの中に姿を消し、すぐに同じ茂みから老婆が現れた。瞬間、健の身体は金縛りにあったように動かなくなる。


 腰の曲がった老婆はその大きな目でじっと見つめ、手に持つ鳥かごを少し持ち上げてみせた。

 鳥かごの中には真紅の目が印象的な鳥が入れられている。鳥は健の姿を認めるとピチチ、と何かを訴えかけるように鳴き声をあげた。


「今晩は、ザキエル。月の光が鳥かごにさしたら、ザキエルよ、すぐに放しておやり」


 しわがれた声が紡ぐ呪文により、金縛りにあっていた身体が解放される。

 弛緩する健に一瞥くれ、老婆は城の方へと戻っていく。遠ざかる背中を見ながら、健は静かに考え込んでいた。


 この世界は先程までいた不思議の国のアリスではない。もっと他の物語。

 頭の中で該当するものを探し――。


「こんにちは、お婆さん」


 そっと話しかけて、老婆の後を追うように城の中を歩いていく。


「その鳥は俺の知り合いなんです。元に戻していただけませんか」

「それはできないね」

「そーですか。残念です」


 目を伏せる健はその手に生成された花を老婆に見せつける。真ん中に真珠がある血のように赤い赤い花を。


 一目見ただけでも老婆の反応は劇的だ。鳥かごを持ったまま逃げようとする姿を許さず、健は老婆へ詰め寄った。

 避ける間を与えず、ただ一度触れただけで老婆の姿は掻き消える。


「思わぬ効果……まあ、いーか」


 健の知る話では、魔力を失ってただの老婆に戻るだけだった。

 掻き消えたのなら、それはそれでいいと結論付けて今度は赤い花で鳥かごの中の鳥に触れる。

 鳥は見る間に姿を変え、鬼が現れた。天鵞絨の蓬髪を無造作にまとめた女性の鬼。


「すまない。助かった」

「あの魔女の力は近付いただけで効果があるものだったから仕方ないよ」


 万物を操る力を持つ出来損ない神。その眷属たる鬼の名は芳鬼。

 木を操る力を持つその鬼は健以上に感情を映さない目でこちら見つめている。


「思っていたよりも早く合流できてよかったよ。何があったか教えてくれる?」

「健たちと別れた後、駅周辺で調査をしていた。が、結果はあまり芳しくなかった。あんな傲慢な聞き方では無理もない」

「西園寺さんは典型的な貴族街の人だから……。和音さんはああ見えて箱入りだし」

「和幸の息子か……」


 和音、と名前ではなく、和幸の息子と呼ぶ。それだけの価値しか、和音に見ていないことだ。

 芳鬼だけではない。紅鬼衆にとって縦の繫がりは意味を持たない。


「あれも難儀なことになっているね。久しぶりに見たけれど」


 他者への興味が薄い芳鬼にも分かるくらいの状態なのだ、彼は。

 ここに来るまでの経緯にもおそらく彼の難儀な部分が関わっているだろう。


「調査が上手くいかなくて焦っているようだった。そこを付け込まれたんだろう」


 和音も、徹も、健のことを敵視している部分がある。負けたくないという一心で突っ走ってしまったことは想像に難くない。


「派手な服を着た女が近付いてきて、犯人の拠点を知ってると言ってきた」

「それでここに、か」

「止めるべきだった。すまない」


 深々と下げられたお辞儀で、蓬髪が揺れる。髪の間から覗く、鬼の象徴たる白い角を見つめて笑んだ。


 淡白で感情が薄いようで、義理堅さは人一倍あるのが芳鬼だ。

 芳鬼たちに任されていたのは試験官役。なるべく口出ししないようにとも言われているだろう。


「仕方ないよ。止めたってちゃんと聞くようには思えないし、今は合流することを考えよ」

「そうだな。やるべきことはきちんと果たす」


 頷き合い、先に続く扉を見つめる。健が歩いてきた道はいつの間にか消えている。


「ここは童話を参考に作られているみたいだね」

「健はそういうの詳しいのか」

「それなりにね。さすがにマイナーなものを出されると分からないけど」


 知識の蓄える上で読書は非常に効率がいい。

 学術書だけではなく、文学、ライトノベル、果ては絵本まで。ジャンルに捕らわれず、ありとあらゆる本を手当たり次第に読み漁ってきた。


 その中には当然童話なんかもあり、今回はその知識が役に立った。

 今のところ、知っている話がモチーフになっていらが、次もそうだとは限らない。


 そう思いながら、一歩踏み出してすぐに結界を張る。と同時に緑のものがぶち当たった。

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