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4-5

「手慣れてるね」


 澪と別れた後、優雅はぽつりとそう言った。


 春ヶ峰学園に来るまでの流れ、和道との話、澪との話。そのすべてが健主導で、頭の回転の早さがだけが理由だけではないスムーズさは慣れだった。


「十年以上も処刑人やってたらそーなるよ」


 何気ない返答に優雅は驚きを隠せない。


 十年前といえば、まだ六歳くらいだ。両親や兄の考えなど知らず、期待に応えるため純真に努力をしていた頃。

 裏社会のことなんて存在すら知らなかったのに、健はすでに処刑人だったのだ。


「どうしてそんな前から……っ?」


 踏み込んでいいのか分からない。けれども、聞かずにはいられなかった。


「四歳になる年だったかな、迎えに来たんだよ。それからずっとこんな感じ?」


 特に気にした風もない健は平坦な声で答える。


「俺はほら、ちょっと特別な立ち位置だから、早く手綱を握っておかないとね」

「でも親とか、何も言わなかったの?」


 向けられた目を見て、失言だったと気付いた。表情は変わらないのに、無機質と称されることの多い目が複雑な感情を映し出している。


 思えば、健の口から両親や家族の話を聞いたことはない。知っているのは悠のことと、良から聞いた一つ上の兄の話くらいだ。


「自分からついていったんだよ。処刑人になったのも自分から……他人が入る余地はないよ」


 他人と言い切った健は表情も声も調子も変えない。だからこそ、形容できない歪さを感じた。

 感情だけを切り捨てて、自分を納得させているような――。

 一人きりで不安定な場所を歩いているように見えて優雅は口を開く。


「次はどうするんだい。教えてもらったサイトにアクセスするとか」

「ついでにハッキングでもすれば、楽に情報を得られるだろーね。でも危険度が高いから地道な聞き込みかな」


 言葉で何か伝えても、きっとあしらわれて終わりだから、優雅は今の目的を優先させる。

 言葉がダメなら行動で。健が教えてくれた諦めの悪さでいつか届くことを願う。


「被害者の中にちょーどいー名前があったからね」


 そう言う健に従って辿り着いたのは春ヶ峰学園の中にある武道場。中では剣道部や柔道部などがそれぞれ練習しているらしい。そして用があるのは剣道部の部員だという。


「あれ、健君だ、珍しいね」


 いち早く二人に気付いたのは、部員の応援に来ているらしい女生徒だ。

 金に近い琥珀色の髪を肩の辺りで切り揃えた少女。優雅も見覚えがある。


「春野月さん」

「そちらはえと……鳳家の方ですよね。パーティで何度か」

「はい。鳳優雅です」


 どこか気品をまとった空気につられるように思わず、身を正して答える。


「うん、よろしくね」


 すぐに破顔した月の表情は妹二人とよく似ていた。アカデミーに入学して以来、見慣れた顔立ちに自然と緊張もほぐれる。


「それでどうしてここに? 星司に用かな」

「そんな感じですね。授業の一環で盗撮事件について調べていまして。月さんも被害に遭われたとか」

「そうだけど……あんまり参考にならないよ? 知らないうちに撮られてて、後でサイトに載ってたって教えてもらったの」


 月の話はこれまで話を聞いてきた通りのものだ。新しい情報のない言葉の先を健は待っている。


「あ、でも、レミちゃんたちがいろいろ調べてるみたいだよ」


 “レミちゃん”が誰なのか優雅には分からないが、健は求めていたものを見つけたように目を細める。

 健の言っていた他に調査している人がその“レミちゃん”なのかもしれない。そこまで考えながら結局ここに来た理由を見つけられなくて瞬きをする。


「そろそろ休憩に入る頃だと思うから……あ、おーい」


 練習に一区切りついたのを見計らって、月が剣道部員たちへ呼びかける。

 可憐なその声に気付いて近付いてくるのは二人の人物だ。


 寝起きのまま手を付けていない髪は、運動をして後でさらに乱れている。どことなく似た顔立ちから彼が健の兄である岡山星司だろうと辺りをつける。その気怠げな雰囲気は良や悠から聞いた通りだ。


 そして星司の傍らに立つのは、不思議な雰囲気の少年――おそらく少年だろう。髪が長く、中世的な顔立ちをしているので、少女と言われても頷いてしまいそうだ。


「健君、久しぶりだね。彼は友達?」

「ただの同期です。キング、この人は武藤海里さん。で、あっちは俺の兄の岡山星司。どっちも良から話を聞いたことがあると思うけど」

「初めまして、鳳優雅です。よろしくお願いします」


 名前を聞いて、長髪の人物の正体にも合点がいく。彼は良の従兄にあたる人物だ。


 とても強い人だと言っていたのを思い出す。見た目からは想像できない、と一度健の方を見る。

 目が合い、不思議そうに首を傾げる健の姿を見ながら、見た目と強さは比例しないと半ば失礼なことを考える。


「それで、どうしてここに?」


 どこか気まずそうな星司との間に立つように海里が問いかける。


「アカデミーの授業の一環で、盗撮事件について調べていまして。お話を聞かせてもらえますか」

「うん、分かった。レオンにも連絡を入れておくよ」


 詳しい話を聞かない物分かりのよさで頷く海里は少し後ろに立つ星司へ視線を移す。


「少し席を外すから先輩に伝えておいて」

「俺も……いや、分かった」


 言いかけた言葉を呑み込んだ星司の目は健を物言いたげに見つめている。気になることはあるけれど、踏み出せずにいるといった感じだ。

 健が気付いていないはずがないが、何のアクションも起こさない。


 代わりに動くのは、先程物分かりのよさを見せた海里だ。


「星司も一緒に来る? 健君もいいよね」

「問題ありませんよ。ただ話を聞くだけですし、あれでしたら部活が終るまで待ちます」

「今日は先生がいないから大丈夫だよ。大会が近いわけでもないし」


 わざわざ部活で練習しなくても、海里も星司も練習しているらしい。練習熱心という話ではなくて、本当に剣道が好きな人たちなのだろう。


 後から合流した教師二人の取り計らいによって用意された空き部屋で話は行われる。

 月だけは参加を辞退し、六人のメンバーが一つの部屋に集まっている。教室なのでそれほどの窮屈さはない。


「盗撮事件について調べているそうで」

「授業の一環ですよ」


 口火を切るのは白衣をまとった男性だ。どこかシンパシーが感じるほどに真面目な印象の彼はその目に警戒を宿している。対する健の慣れた様子を見るにいつも通りなのだろう。

 意味深な態度ばかり取る健を警戒したくなる気持ちは分からなくもない。


「俺やレミも盗撮の被害にあったけど、出回った写真で知った感じだったかな」

「海里さんたちでも気付けなかったんですね」

「多少の違和感は感じてたがな。それも言われて思い出すくらいのものだ」


 ウェーブのかかった蜂蜜色の髪をハーフアップにしてまとめた少女は、愛らしい見た目には似合わない口調でそう言った。


 同い年くらいにしか見えないが、春ヶ峰学園で教師をしているらしい。レオンも含め、海里を敬うような素振りを見せているのを見る限り、何か複雑な事情があるのだろう。

 貴族街の人間である優雅は気付いていても、深く探ることはしない。


「隠蔽系の術を使ってたのか……」

「ドローンか何かを使って撮ったのかな」


 気付かなかった理由の見解を各々述べる健と優雅。生きてきた場所が違うから、思いつく理由も違う。


「ほかに何か気付いたことはありませんか」

「気付いたこと、か」

「違和感を感じたと言っていましたけど、具体的にどーいうものだったか聞かせていただいても?」


 優雅の問いかけに被せる形で健がさらに踏み込む。


「そうだな。何かを吸い取られる感覚といえばいいだろうか。本当に微かなものだったが」


 答えるレミに健は口を開きかけるが、虚空を見てすぐに閉じた。あそこに優雅には見えない、この授業の監視役がいるのだろう。


 ただ授業に専念すればいい優雅とは違い、健は処刑人の立場にはみ出ないように動かなければならない。

 いつもと違う状況で、いつもと違うことをする苦労を優雅は想像するしかできない。


「サイトからの情報も大したものは得られませんでした。我々はネット方面には疎いので」


 苦笑に近い表情を見せるレオンがスマートフォンを操作して、開かれたサイトを二人に見せる。

 シンプルなデザインのサイトで、盗撮されたものと思われる写真が並んでいる。


「すべて同じ値段なんですね」


 澪から聞いていたサイトに軽く目を通した健がぽつりと呟く。


「金銭目的ではないのでしょう。サイトはあくまでカモフラージュかと」


 金銭目的であれば、写真ごとに価格を変えた方が有効だ。月や海里くらいに顔が整っている者であれば、多少値が張っていても買い手はつくだろう。

 安く設定して多く捌くよりも、断然稼げる。


「だったら、何が……」

「霊力を集めるため、の可能性が高いかな。その先で何をしようとしているのか判断するにはまだ情報が少ない」

「これだけの写真が撮られていたら少量ずつでもかなり集まってそーですね」


 考え込むような健の頭の中には、調査が終わって処刑人として動く未来のことがあるのだろう。


「この件は俺たちも妖華様から一任されてる。必要があれば、いくらでも手を貸すよ」

「助かります」


 海里の申し出を受ける健の表情はどこか素っ気ない。


 健が誰かを遠ざける素振りを見せるのは珍しくない。元々、人と距離を取りたがる性質だ。

 けれど、海里に対する態度はいつもと少し違うような気がする。


「もしかして、海里さんのこと苦手?」


 違和感すら覚える態度への問いかけは無意識に零れた。

 思いついた答えがあまりにも、優雅が知る健という人間と不釣り合いだったから。


 本人がいる前で、失礼だと怒られても文句は言えない問いを、海里は笑い声で受け入れた。


「苦手なんだ?」

「何でちょっと嬉しそーなんですか」


 半眼で海里を見る健は特に否定を口にしない。代わりに出された海里への文句は肯定と判断するには十分なものだった。


「いい友達を持ったね」

「ただの同級生ですよ。友達じゃありません」


 吐き捨てられる言葉。数か月前の優雅ならきっとショックを受けていたことだろう。

 今の優雅は健のその言葉を聞いて乱れる心はない。むしろ、笑みが溢れていく。

 そして、海里がそうしたように声をあげて笑った。


「俺は友達だと思ってるよ」


 そう言ったら、文句ありげな目で見られてしまったけれど。

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