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4-4

 太いフレームの眼鏡の奥に隠れた目に好奇心を宿らせて少女は立っていた。

 表情は快活さを表し、その手には使い古された手帳が握り、高そうなカメラを首から下げている。


「久しぶりだね、岡山君。相変わらず、小さいねぇ」

「小さいは余計ですよ、澪さん」


 かつて健を怖れる一般生徒の一人だった彼女はいつしかこんな冗談を言えるまでに近い距離感となっている。


 その鋭い観察眼ならば、為人を見抜くのに数度の協力で事足りる。

 優秀な人材だ。この冗談だって、健が許される範囲を的確に狙っている。


「そちらは初めまして、ですね。私は新聞部の村越澪と言います。よろしくです!」


 明るさを前面に押し出した自己紹介の中で差し出された手を優雅は取る。

 浮かべられた微笑は、社交界で培われた癖のようなものだ。


「鳳優雅です」

「王子様みたいで、かっこいいですね」


 にこっと笑い、流れるように褒め言葉を口にする。

 妙なテンションの高さは相手の懐に入り込むためのもので、澪は自然な流れで手帳を開いた。


 使い古された手帳はこれで何冊目になるのか澪ですら把握していない。新しくしても、常に持ち歩いているからすぐにボロボロになってしまうのだ。


「みんなが噂してたから気になって来ちゃった、てへっ。中口君から話も聞いたしねー」


 噂があれば、その大小に関係なく真相を掴むために動く。それが澪という少女の本質だ。

 野次馬根性とも違う好奇心の強さが健が彼女を評価する一番の理由だ。


「盗撮事件について調べてるんだよね? 私でよければ、いくらでも情報提供するよ!」

「助かります。取り敢えず、場所を変えましょうか」

「そだね。部室まで案内するよ。内緒話をするには持って来いだからね」


 どこか自信ありげに澪はウインクをする。

 部室棟の一室に居を構える新聞部の部室はその特性もあって機密性が高い。

 小等部から在籍している澪もいろいろと口出ししたらしい。


「カメラ、買ったんですか」


 中等部の頃はなかったカメラを指して問いかける。


「んーん、お父さんのお下がり。高校の入学祝いだって」


 散々、快活そうな表情ばかりを見せていた澪は恥ずかしそうに笑う。


 澪の父親はカメラマンをしている。生粋の仕事人であり、その筋ではそれなりに有名な人らしい。

 お下がりとは言うが、澪の持つカメラはかなり値が張るものだと一目で分かるような代物だ。


「私が一人前の記者になったら、もっといい奴を買ってくれるんだって。それまではこれで……健君も撮ってあげようか?」

「事務所NGなんで」


 裏社会に生きる人間としてなるべく写真は残さないようにしている。学校行事にもまともに参加していなければ、家族とも距離のある健の写真はかなり少ない。


「星とも写真撮ってないんだって? ツーショットないって泣いてたよ」

「泣いてはないでしょ」

「あはは、やっぱばれるかー。全然気にしてなかったよ。健君の寝顔写真まで見せてもらっちゃった」

「なにそれ知らない」


 付け加えられた一言に健は素で驚いた声をあげる。あまり変わらない表情すら驚きに満ちている。

 ここまで分かりやすい反応を見せる健は初めてで、優雅もまた驚く。

 星と親しい間柄である分、何度か見たことがある澪だけは驚くこともなく、笑い声をあげる。


「知らないなら言わない方がよかったかな」

「別に怒るつもりはないから大丈夫ですよ。どーせ勝てない」

「健君の隠し撮りできるのも、敗北宣言させられるのも星くらいだよね」


 強い言葉を使うわけではない。説得するために言葉を重ねるわけではない。

 ただ健のすべてを理解していて、ただ自分の思いを言葉をしているだけ。それが敵わないと思わせるだけ。


 一生かけても星には勝てないと思っている。それでもいいと思わされることが一番の敗因かもしれない。

 そんなことを考えていた健はとある人を見つけ、優雅の後ろに隠れる。


「オヤ、澪サン。取材中デースカ」

「あー、そんなところです。村中先生」


 最初に気付かれた澪が話しかけられ、健のことを気にしている素振りで答える。

 健は小柄な身体をさらに小さくして、二人のやり取りを聞く優雅は「この人が村中先生なのか」と心中で考える。

 片言の日本語で話しているが、顔立ちは純日本人である。


「oh、初めまして。村中と言いマース。ナイストゥミートユー」

「は、初めまして。鳳優雅です」

「進学先でも健サンはスバラシイ友人を得られたようデスネ」


 優雅と固く握手を交わしながら村中は笑顔でそう言った。


「気付いてたんですか」

「その程度ではシノビのシュギョーをした私は誤魔化されません」

「修行って言っても体験とかしただけでしょ」


 観念した健は優雅の後ろに隠れるのをやめて、村中を対面する。


「健サンのツッコミはやはり切れ味が違いマスネ」


 小学六年生から四年間、ずっと健の担任をしてきた村中は柔らかく目を細める。


「元気そうで安心しました。今日は会えてヨカッタデス」


 心からの言葉を表情にも映し出した村中を健はただ静かに見つめる。

 無機質な目に宿る感情を誰にも読ませてくれはくれない。


「では、私は仕事があるので失礼シマース」


 その言葉を最後に短い間でもインパクトは大きい人物は去っていった。その後ろ姿を最後まで見届け、健は小さく息を吐き出した。


「愛されてるね」

「ノーコメント」


 短く優雅に答え、健は一人先を歩いていく。置いていかれた二人は顔を見合わせて、そっと笑みを浮かべて追いかける。


「ここが我が新聞部の部室だよ。ほら、入って入って」


 急かされるように足を踏み入れたそこは閑散としていた。何かの書類が散らばった部屋には人がいた形跡が残された無人の部屋だけが残されている。


 二人を奥のソファに座らせた澪は忙しなく、人数分のお茶を入れる。といっても、小さな冷蔵庫にストックされているペットボトルのお茶をコップに入れ替えただけだが。


「ごめんね。みんな取材で出払ってて」

「何の取材をしてるの?」

「学校の怪談特集。七不思議とかね」


 学校新聞では定番のネタといっても過言ではない。それを今更調べている理由は至極単純。


「うちの学校ってその手の話が全然ないんだよね。だからちょっと苦戦中」

「ここには専門家が多いからね。大事になる前に対処されてるんでしょ」


 妖退治屋が三人。妖界の王直属部隊の幹部たち。当代一と謳われる妖退治屋の小間使いをしている妖も出入りしている。

 その一人でも異変に気付けば、何かしらの手が打たれる。健も学園にいた頃はそれなりに気にかけていた。


「やっぱ健君ってそういうの詳しいんだね。幽霊とかも見えるの?」

「幽霊というか、人非ざるものを見ることはできますよ」

「なるほどなるほど~。詳しく聞いても?」


 まだ白紙のページを開いて、ペンを構える澪。眼鏡の奥に隠された目がネタを見つけたと語っている。


「人非ざるものを見る力は霊視力と言います。力の差はあれど、すべての人間が持っています」

「ってことは私にもあるのか」

「そーですね。澪さん、ついでにキングもそこまで強くないよーですが」


 霊視力の強さは遺伝が大きく影響する。一種の才能とも言えるだろう。

 健のように遠い血縁が所以となって強い力が目覚めることもある。まあ、健はそれ以外にも理由があるわけだが。


「霊や妖ってのは人が生きている次元とは違う存在です。次元がずれているから普通は見えない。その次元のずれをチューニングして見えるようにするのが霊視力って言ったら分かりやすいですかね」


 ずれが少なければ、弱い霊視力でも見ることができる。大きくなればその分、強い霊視力が必要になる。


「逆に強い霊なら自分でチューニングすることもできます。そうやって人の中に紛れてたり、ね」

「実は隣の人が人じゃなかったり……うん、記事のネタとしてはいい感じだね」


 実際、そうして人に紛れている妖がこの学園にはいる。

 何ならわざと次元をずらして徒人には見えないよう、潜んでいる鬼がこの場に二人もいる。


 彼らの姿も声も、今は健しか認識することができない。

 陰鬼がいるのはいつものことだが、二人もいるとなると少し窮屈感がある。


「対価はこれくらいでいーですか」

「うん。お陰でいい記事が書けそうだよ」


 盗撮事件の情報を教えてもらう対価。

 情報の対価に情報を。情報屋の間では常識だ。

 何度も繰り返してきたことなので、流れもスムーズだ。


「んじゃ、本題といこうか」


 健の話をメモにまとめ終えた澪はぱらぱらとページを捲って該当箇所を開いた。


「盗撮事件の話を聞くようになったのは二週間前くらいかな。今分かってるのは……確か、資料があったかな。ちょっと待ってて」


 立ち上がった澪は荒れた机の上を探り、すぐに見つけ出した紙の束を机の上に置いた。

 思っていたよりも分厚いそれには被害者の名前と被害の詳細が書かれている。

 調査する前に和幸から渡された資料は大違いの詳しさだ。


「被害者はみんな、いつ撮られたか心当たりがないらしい」

「だったら、どーやって発覚したの?」

「事件が分かったのは盗撮写真を販売するサイトが急速的に広まったからだね。一枚百円でポチれば、いつの間にか、家やらロッカーやらに届いてるんだってさ」


 届くまでの流れは分からないらしい。

 危険を察して踏み込むのをやめたのだろう。賢明な判断である。


「んで、これがそのサイトのアドレス。私はアクセスまではしてないんだけど」


 メモ帳がちぎられ、アルファベットが並ぶ紙が置かれる。資料を読む片手間で話を聞いていた健はただ一瞥する。

 表情一つ動かさない無反応の裏で、次の行動のことを考えている。


 被害者に話を聞くか、サイトにアクセスして犯人に繋がる情報を抜き取るか。

 効率。危険度。今回の主目的。それらを加味して、最適解を探す。


「この盗撮事件、私も結構ムカついてるからさ、健君が調査してくれて嬉しーよ」


 笑う目が笑っていないのは、被害者として名前を連ねていた彼女の親友を思ってだろう。

 資料に書かれていた名前を思い出しながら、小さく笑みを作る。


「期待は応えられる成果は出しますよ」


 どの道、授業が終われば、処刑人の仕事として任されるだろう。

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