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4-3

 珍しく正規の手続きを経た先で健は史源町の地を踏んだ。


 同行者は全部で七人。健の目には七人全員が見えているが、ここは三人と言った方が混乱が少ないかもしれない。

 断ってくれたら、という健の淡い願いは叶わなかった。


「これからどうしますか」

「取り敢えず、聞き込みかな。俺的には春ヶ峰学園がおすすめですけど」


 チームワークがいいとはお世辞にも言えない冷え切った空気を打ち破るための優雅の声に健が乗っかる。

 距離を縮めようと歩み寄る後輩たちを徹は鼻で笑って答える。

 ただ鼻で笑っただけ。感じの悪さは超一流だ。


「どうして春ヶ峰学園なの?」

「この手の事件は学生の方が知ってることが多いからね」


 そして確実に知っているであろう人物を健は知っている。


「俺は……駅周辺で聞くべきだと思う。情報は偏りなく集めた方がいい」


 健への対抗意識を燃やしているのか、和音が反論の声をあげる。

 今回の調査に関していえば、史源町で暮らしていた健が有利なのは言うまでもない。そこを理解した上で、行動した方が建設的なのだが、健を意識しすぎて気付いていないのだ。


「さすが、和音様。庶民とは言うことが違いますね」


 健の言葉には鼻で笑うだけだった徹が和音を絶賛する。

 権力者が好き放題支配する貴族街の人間は分かりやすく権力に弱い。


「庶民は口を開かずに、大人しく従っていればいいんだ」

「……」


 実は、この面子で一番権力があるのは健だったりする。逆に一番低いのは今、目の前で偉そうにしている彼ということになるんだろうか、と無言の中で考える。


「ここは二手に分かれるのはどうでしょうか。四人もいるのならそちらの方が効率的かと」

「そうだね。俺は賛成だ」


 ただひたすらに空気を読んで提案する優雅に和音が賛同する。

 二手に分かれるのは確かに良い案だ。ただ健は素直に賛同できない部分がある。


 調査を任されたのはただの盗撮事件じゃない。本来、処刑人に回すような案件を健がいるから、という理由で特別授業の内容にされたのだ。

 危険度がかなりのもなのは言うまでもなく、目の届かない場所で調査させるのは憚られる。

 とはいえ、ここでの健の発言権はかなり低い。


「いーんじゃないですか」


 半ば投げやりに賛同しつつ、和音と徹の傍らに立つ二人の鬼たちへアイコンアクトをする。

 任せた、と。紅鬼衆随一の戦闘力を持つ煉鬼と、攻守どちらにも長けた芳鬼がついているのなら安心できる。


 本音を言えば、幻鬼や陰鬼辺りもつけたいが、今の健にその権限は与えられていないので仕方ない。


「じゃあ、俺たちは学園の方に行こうか」


 すぐに思考を切り替えた健は優雅と共に春ヶ峰学園へ向かう。

 何度も通った道を歩くのは数か月ぶりで見渡す景色が懐かしい。自宅よりも春野家から通う方が多かった健にはこの道のりが一番馴染みがある。


「健が通ってた場所だよね」

「一応。ほとんど不登校みたいなもんだったけどね」


 学園長が出した条件を免罪符に、貴族街の人間として生きることを優先してきた。

 通った道のりも、学園の生徒としてというよりも、誰かに用があってのことの方が多かった。


「知り合いも多いから頼りにしてもらっていーよ」


 冗談っぽく言葉を返しているうちに懐かしの校舎が姿を現す。

 時刻はちょうどホームルームが終った頃、調査するにはいい時間だ。


「まずは学園長に許可を取るところからかな」


 処刑人として密かに調査するのとは違う。授業の一環として来ている以上、一言挨拶をするのが礼儀だ。

 学園長を務める和道は和幸の兄にあたる人なので、理解もあるし、融通もきく。わざわざ挨拶しなくてもそれなりに取り計らってくれるだろうが、こういう細かい礼儀が大事なのだ。


「なんか……すごく目立ってるね」

「制服のままだからね。これだけ目立てば、目的の人を探す手間が省けるよ」


 噂に敏感な彼女であれば、自ら姿を現していることだろう。


「ん、騒がしいと思ったら健と優雅じゃねえか。こんなとこで何してんだ?」


 突然現れた桜稟アカデミーの生徒二人に騒然とする生徒たちの合間を縫って現れたのは日焼けした少年だ。

 勝手に友人を名乗っている健の知り合いであり、度々、桜稟アカデミーを訪れて優雅とも交友を深めている少年、中口航輝だ。


「ちょっと調査をね。この辺り頻発してる盗撮事件について何か知っていることある?」

「あー、最近よく聞くってぐらいだな。クラスの奴らも何人か被害にあってるみてぇだけど。俺に聞くよりも村越に聞いた方が早いんじゃね?」


「だよね。どこにいるか分かる?」

「どっかで取材してんじゃねぇの。ま、見かけたら声かけとくわ」

「ん、よろしく」


 遭遇する確率を少しばかりあげつつ、健は優雅を率いて当初の予定通りに学園長室へ向かう。

 職員玄関から入れば、学園長室まではそこまで遠くない。道中、二人は多くの生徒の注目を浴びていた。


 学園に通っていた頃もこうして注目を浴びることが多かったが、今日のは種類が違う。

 あの頃は恐怖や畏怖が多かった。今向けられているのは純粋な好奇心だ。


「村越さんって?」

「星や夏凛さんの友達だよ。かなりの情報通でね、噂に関していえば、俺より詳しーんじゃないかな」


 道中、優雅の問いかけにそう答えた。


 今までも何度か情報を提供してもらってきた。取捨選択のセンスもあるので、信用できる情報源だ。

 生徒の被害も出ている以上、彼女であれば、何かしらの情報は掴んでいることだろう。


「これだけ騒ぎになってたら、噂を聞きつけて彼女の方がからやってくると思うよ」


 大小関係なく、噂なら一つとして逃さないのが彼女だ。

 なんてことを話していれば、学園長室に辿り着いた。何度も訪れたことのある扉をノックすれば、すぐに穏やかな声が返ってきた。


「失礼します」

「おや、珍しい人が来ましたね」


 わずかに目を見開いただけで、ほとんど表情を変えないこの人こそ、春ヶ峰学園の長たる春野和道(はるのかずみち)だ。


 春野家長男でありながら、潔く退いて教育の道へと進んだ男。

 穏やかさに隠されたその実力は計り知れない。なんだかんだ健の知る中で一番食えない人だと思っている。


「今日はどんな用件で?」

「桜稟アカデミーの授業の一環で、学園内での調査許可をもらいにきました」

「なるほど。私の知らないうちに変わった授業をするようになったんですね」


 アカデミーの卒業生でもある和道は柔和な表情でそう言った。

 含みのある言い方だ。教え子を我が子のように大切にしている和道には、生徒を危険な目に遭わせるような真似を許せないのだ。


「上が関わっていることなので、あまり王様を責めないであげてください」

「分かっていますよ。それで、何の事件について調べているんですか」


 大人の対応で受け流す和道は徹頭徹尾変わらない態度で問いかける。

 外にいても、彼は貴族街の人間だ。お上の理不尽さを理解しているのだろう。その原因が健にあるということもきっと分かっている。


「この辺りで起こっているという盗撮事件についてです。何かご存知ありませんか」


 春野家の人間相手という丁寧さの優雅に、和道が向けるのはただひたすら穏やかな表情だけだ。


「生徒の間で噂になっているようですね。私も詳しくは知らないんです。被害も増えてきているようですし、調査をしてくれるのはこちらとしても助かります」

「本当に知らないんですか」


 そんなはずがないと疑いの目を向ける健。視界に映るのは読めない表情だ。


「生徒の被害が出ている以上、道さんが何もしていないのは信じ難い。嘘でないなら、裏事情の一つや二つくらいありますよね?」

「相変わらず、鋭いですね」

「答える気がないのは王様の根回しによるもの……いや、他に誰かが動いているわけですか」


 春ヶ峰学園にはこの手の事件に強い人が何人かいる。

 協力者である少女が妖界から持ち帰った話を思い出し、心当たりと符合させていく。他に聞くべき人が見えてきた。


 瞬き一つで健の考えを肯定した和道はそっと口を開く。


「調査を許可しましょう。危険を感じたらすぐに手を引くように」

「善処します」


 この手のことに関して、健の信用は高い。それ以上の釘差しは必要ないと判断した和道は目元に慈愛を宿らせる。


「久しぶりに会えてよかったです。今日は顔色も良いようですね」

「俺はもう生徒じゃありませんよ」

「卒業しても、生徒でなくなっても、私の大切な教え子には変わりませんよ」


 笑って伸ばされた手から逃れるように距離を取る。

 それを見てさらに笑う和道と生暖かい視線を送って来る優雅。


 世の中には健の手に転がされない者が複数が存在する。その筆頭とも言える人物に敵うわけがなかった。


「時間があるなら村中先生にも顔を見せてあげてください。会いたがっていたので」

「嫌です」


 珍しくはっきりと拒否した健はそのまま扉の前へ立つ。


「それでは失礼します。キングも行くよ」


 許可を得られたなら長居する必要はない。苦手な人物から逃げるようにも見える姿を否定せず、学園長室を後にした。


「あっ、やっと出てきた」


 学園長室から出た二人を待ち構えていた少女が立ち塞ぐ。

仕事が終わりが見えない繁忙期に突入したので、更新が遅くなると思います。。。

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